プロローグ ふさぐひと
空は突き抜けるように青く、広く、遠い。
確かに、朧げになった記憶の空と、似ている、かもしれない。
四角い空を切り取る、灰色の石の窓枠に頬杖をついて、ミリアンネは、はあ、と重たい息をついた。
「貴女の素顔は、家族になれないと見られないのなら、すぐにでも結婚して、毎日側で見ていたいと、そう思った……か」
恥ずかしながら、申し込みの時の言葉は、一字一句覚えている。自分の口に出すのははしたないように思ったこともあったが、誰が聞くわけでもない一人ぼっちの部屋の中で、すがるものが、もう他にはないのだ。
「嘘ばっかり」
クラークに結婚を申し込まれ、受諾して、一年。王都で正式な婚姻の申請を行い、王と王妃に認められたのち、ミリアンネは辺境の地へとやってきた。そのはずだ。ミリアンネの記憶違いでなければ。
熱が上がっているのか、ぞくぞくと背筋を寒気が伝わる。しかたなく、寝台へと戻った。咳も喉の痛みもなにもない。ただ、体が重たくて、煩わしくて、そのまま地に沈みそうだった。
広い部屋の中は質の良い麻の絨毯が敷き詰められ、石造りの部屋の硬質な雰囲気を和らげている。壁にはタベストリーがいくつもかかり、書棚と大きな鏡、衣装チェスト、どれもが一級品だ。部屋の中央には大きな寝台があり、希少な青の染め布が掛けられている。
よい部屋だ。居心地も悪くはない。
けれど、いまだにミリアンネは、この部屋の中で客人のままだ。
そっと、寝台の端に潜り込む。少し動けば汗ばむほどの気温なのに、柔らかな毛布を被ると少し力が抜けたのがわかった。やはり、体に無理がきているのだろう。
辺境にたどり着いて、ひと月。
すぐに新しい環境に馴染める性質でもない。もうすこし、長い目でやっていく他はないと思う。
思うけれども。
ひと月の間、肝心の夫にも会えず、状況の説明ももらえず、わけのわからないままに動き続けて、ミリアンネは疲れ果てていた。
けれど、こうして横になればいつも、自分の何がいけなかったのか、自問することをやめられないのだ。
「クラークさま」
ぽつりと呟いて、熱い瞼をそっと下ろした。
別シリーズ<a href=" https://ncode.syosetu.com/n1640dd/">「箱庭と精霊の欠片」</a>の続編になります。単独でも読んでわかるように書いていますが、よければそちらもご確認ください。主人公二人のなれそめは、<a href="https://ncode.syosetu.com/n1640dd/10/">「精霊の箱庭師」</a>になります。
よろしくお願いします。