ドタキャンしてしまった。
前世の記憶を取り戻して3日の時が過ぎた。
私が突然倒れたのは、魔力の発現による体への負荷が一時的に出ただけと、診察に来た医者が言った。
誰にでもあることだが、私の場合は少し危ない状況ではあったらしい。
私ことエレノアの回復に父様と母様は泣いて喜び、苦しい時に傍にいられずにすまなかったと何度も詫びてくれた。
記憶を取り戻す前の私であれば、さぞ心細かったろうが今や中身は実年齢の2倍以上の年齢だ。
正直、そんなに心配されるものかとかえって申し訳なく感じてしまった。
だが、鏡の中を見てみれば冴えない顔をした純日本製の女子高生などもはや見る影もない。
白いお饅頭のようなぷっくり頬っぺたに紅梅のような小さい口、母似の胡桃色の髪は今にも腰に届きそうな長さだ。
私は両親に思う存分心配され尽くした後、屋敷中の使用人たちに回復の報告と看病のお礼周りに行った。
そして、私は一通り周り終えると今度はとある場所へ向かった。
屋敷の3階にある私の隠れた本のお城、父様の書斎だ。
私はいつも父様の椅子にふんぞり返り、古い本をじっくり読んでいるのが好きだ。
しかし、ここに来るのはそれだけが目的ではない。
ここからだと、隣にある屋敷がよく見える。
そして、私はよく隣の屋敷から飛んでくる伝書鳩を通してお隣の男の子と手紙のやり取りをしているのだ。
と、言っても相手とは読んだ本の感想を送り合ったり、今日は何があった何がおいしかっただのといった他愛のない話をしたりする。
3日もここに来ていなかったものだから伝書鳩さん私を探して屋敷を迷子にでもなってないかしらと少しだけ心配したが、手紙はきちんと父様の作業机に置かれていた。
「さてはメイドのリルコが窓を開けたままにしてたわね。伝書鳩さん、今回は飼い主さんに怒られなくてラッキーだったわね。ふふっ」
もし窓が開いていなくて仕事を達成できずに自分の主人の元へすごすごと帰っていく伝書鳩さんの後ろ姿を思い浮かべると思わずくすりと笑ってしまった。
届けられた手紙の封を切るとやはりお隣のペンフレンドからだった。
「誕生日の日に送ってくれたのね。じゃあもう3日も無視しちゃってる。なになに、『君が勧めてくれた推理小説おもしろかった。今度感想を聞いてほしい。4日後にリッカも誘ってサスペンス小説とアップルパイのお茶会をしようと思う。返事を待ってる。ノアン』?まぁ!ノアンったらまた楽しそうなことを…!って、明日!?」
拙い字だけれど羊皮紙の便箋に手紙の中でも子供らしくない口調を見ると、やはりノアンはわたしと年が変わらないのに年の割に大人びているというか何というか。
そんなことより、3日も返事をしていないんだから早く書いちゃわなきゃ!
コンコン
ノアンへの返事を急いで書いていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「ちょっといいかい、エレノア。」
扉のほうを見ると、父様が書斎に入ってきた。
「エレノア、明日は王宮へ食事会に連れていきたいと思うんだが体調は大丈夫か?」
「え、王宮へですか?」
「ああ、王家との食事会を一度断ったんだが…。なら別の日に仕切り直そう、ダンフェンス殿もご息女とご一緒にと殿下が言い出してな。エレノアの体調が優れなければ、断るが。」
おう…なんということだ。王様の申し出を一度ならず二度まで断ろうと今、私の父が…。
父様、エレノアは父様の心配してくれる気持ちは痛いほどありがたいです。
けど………。
「父様、エレノアは共に王宮へ向かいます!!...そして失礼ながら苦言を呈させていただきますが、少しは父様の立場も省みてくださいまし!!殿下のお心遣いをそう簡単に無下にしていいものではありません!!」
「エ、エレノア?」
父様は少し困惑した様子でポカンとしている。
「もちろん、父様の心配もわかります。しかし!父様にはそれ以前に中流貴族としての立場があるのです。もう私の熱も下がったのですから御自分の立場のために無理にでも引っ張って行って頂いて構いません。その場で一番長いものには最低限巻かれなければその先に待つのは身の破滅です。どうぞ、仕事であれ身の保全であれ一度や二度我が親を助ける為なら例え私を利用しても感謝はしても恨みこそしませんわ!」
前々から思っていたことをここではっきりと言えてスッキリした。
そう、父様のこのような言動は今に限ったことではない。
父様は少々過保護がすぎるのだ。
そして娘のためならばどんな大事な仕事だろうと喜んで放り出す困った親バカだ。
「そ、そうか。そんなに言うのなら行こうか。なんだか親として7歳の娘に叱られてしまうとは面目が立たないなぁ。」
「父様は十分に立派で頼りになる殿方ですわ!ただ私たち以外にも父様を頼りにしている方々がいることを忘れないでほしいのです。」
父様はにっこりと笑うと私の髪をくしゃくしゃになるほど撫でた。
「すっかり口は一人前だな。誰に似たんだろうなぁ〜。私はもっと末娘のわがままを聞きたいんだがなぁ。」
「わがままならまた今度、たっくさん聞いてもらいますわ!それと、口の上手さでは要人のどんなお誘いでものらりくらりできる父様には敵いませんわ。」
「はっはっは、そうかい。いや、いきなり邪魔してすまなかった。手紙を書いていたのだろう、もう私は戻るよ。」
父様は手をひらひらと振って、書斎を後にした。
そうだわ!もう三日も返事を待ってもらっているんだから早く明日行きますって…
あれ…明日?さっき父様なんて言ってたっけ…?明日、王宮、食事会…
「ああああああっ!!!!行けないいいいい!!??」
ええええやだやだ行きたい!ノアンの家のお菓子も紅茶も美味しい上にリッカもノアンも数少ない私の友達…。
でも、父様にあれだけ息巻いてしまっては今更後戻りはできませんし…。
「ううーん、背に腹は代えられん!!ごめんなさいノアン!!」
「『お返事遅くなって御免なさい。明日のお茶会どうしても参加したかったのだけれど、外せない予定ができてしまって行けなくなりました。また誘ってくれると嬉しいですわ。と言うか、絶対誘ってほしいです!今度は這ってでも行きますわ!リッカによろしくお伝えください。涙にくれながらこの手紙を書いたんだよってね。 読書友達が恋しくてたまらないエレノアより』っとこんなところかしら。」
渾身の手紙を上等な羊皮紙の便箋に入れ、朱色のリボンを用意。
私は窓を大きく開いて、高らかに口笛を吹いた。
そして、一匹の真っ白な鳩が窓辺にとまったのを見て足に手紙を括り付けた。
「お願いね。」
白い伝書鳩は任務を承ったとばかりに一度こくっと頷くと、すぐに身を翻して飛んで行ってしまった。
ノアンのお茶会に行けないのはとても残念だけれど、王宮に出向くことができるのはそうあることではない。
これでも乙女なりに王様や王子様なんかに興味くらいはある。
この世界にはないだろうけど前はゲームのファンタジー世界に憧れたりして、いつもRPGばっかやってたな。現実なんだけど夢みたいだよな。
いつだっけかな、世界観に惚れちゃって柄にもなく乙女ゲームにハマったりもしてたっけ。
ずっと前のことだけど懐かしくなるな、なんてゲームだっけ?
…まあ、いっか。
そういえば、卸したてのドレスがあったはずだわ。
王家の前だもの!おめかしして少なくとも見くびられないようにしなくちゃ。
私は気を取り直して読みかけだった本を本棚から抜き取り、まだ見ぬ絢爛な王宮と美麗な王子様に思いを馳せながらゆったり読書に耽ることにした。