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女になった魔王さま  作者: 樹(いつき)
最終話 harmonized finale
97/103

やってみるか

どれくらい、時間が経ったころだろうか。

ゼオルたちの戦う最奥へと最初に辿りついたのはブラドだった。

それからラメールとゴート。

三人は、遠巻きにアークとゼオルの戦いを見ていた。


「もう手を出せるレベルじゃねえな、あれ」


目まぐるしく動くふたりを見ながら、ゴートが呟く。


『凄まじい……。あれが、天帝さまの力か……』


体内に収めたままのルーチェは、帰る体がなく、出られないことを理解したのかすっかりおとなしくなっていた。

どうやら、ゴートの記憶と干渉して、天界人として大切な自我が変化を起こしているようであった。


「ゆっくり観賞しましょう」

「ブラドさま!? い、いいんですか!? 助けないと!」

「どっちを?」

「え、え、それは……」

「黙ってそこに座っていなさい。この戦いに決着などつきません」

「どういう意味ですか?」


ラメールがその場に正座しながら、わからないことを隠しもせずブラドに聞く。


「……ゼオルさまは、アーク坊ちゃんが何を考えていたのか、この戦いを通じて知りたいと思っている。アーク坊ちゃんは、おそらく、ゼオルさまと対等に戦えるところを見せたいのです」

「なんで、そんなことを? そんなことしなくたって、ゼオルさまはアークさまのこと、大好きじゃないですか」

「好きという感情は、相手への理解を不鮮明にするものなのです。人間、良い部分も悪い部分もあるのが当然なのに、ゼオルさまはアーク坊ちゃん個人を見ようともしないで、決めつけで全てを考えている。アーク坊ちゃんも敏感だから、それには勘づいている。しかし、育ててもらった恩があるから、強く反発できない。こういう場ができたのは、良かったことなのでしょう。アーク坊ちゃんはゼオルさまの得意な戦いを通じて、ひとりの人間であることを認めさせたいのです。いつだって、右にならえとやっているだけじゃないと。思い知らせてやりたいのですよ」

「く、詳しい……」

「当たり前でしょう。私が何年間、彼らを見て来たと?」


ブラドが少しだけ自慢げに胸を張る。


「お、進展があったみたいだぜ」


胡坐をかいて肘をついているゴートが言った。






少しずつ、アークの剣がゼオルへと届いていた。

傷を負えばそれだけ動きにも影響が出る。

それは当然のことなのに、傷を負ったままでの戦闘に慣れていないため、鈍った手足の運用に難があった。


初めは余裕を見せていたゼオルも、剣を杖代わりについて、血をだらだらと流している。

アークも無傷ではないが、彼女ほどではなかった。


「どうした! その程度か、魔王!」

「やかましい……! 全力ならこの程度……」


ゼオルはふらついて膝をついた。

技術は未熟で、力任せの攻撃ばかりなのに、適切に頭を使って攻撃を仕掛けてくる。

ゼオルやカーレッジとも違う、ずっと隣で見ていたからこそ考えつくアークの戦い方だ。


天敵、というものがいるとすれば、アークのような存在なのだろう。

こちらのことを知りつくしており、それに対する手段も考えることのできる人間。


ゼオルは荒くなる息を整えるため、顔を上げて空気を吸う。


「……強くなったな!」

「ああ、今頃か!」


アークは噛みつくように言う。


「――――本当に、強くなった。我はもう手詰まりだ。その魔力の壁を撃ち抜く方法がない。火力不足だ。たとえあと数時間、アークの攻撃に耐え続けられようとも、攻めに転じることができん」


ゼオルは剣を放り出して座り込んだ。

もう立っていることすら辛くて今すぐ倒れてしまいたいくらいだ。


「アーク、楽しかったぞ。我はこういう戦いを望んでいたのだ。人の枠組みを超えたもの同士の戦いを……。子供だと思っていたお前が、満たしてくれるなど、考えもよらなかった」

「ゼオル。……何が見える」

「何がって、そんなもの――」


顔を起こしてアークを見て、フッと笑う。


「友好的なようで心の内を明かさない無口なバカ。ヘラヘラ笑っていないで、もっと自分の考えを口に出したらどうだ?」

「お前の自己中心的な思考に比べたら、調和を目指す僕の方が優れている。敵を作らずに済むからな」

「敵、敵だと? お前に敵などいないだろう。人間の支配する大地で、これ以上生存争いなど起きようもない世界の中で、お前は戦いも知らずに育ち、生活の全てを保証され、好きなことを好きなだけできる。何の不満がある? 貴様は甘えているのだ。半端に力を持て余して、何でもできると思っているのだろう! 我が守ってやっていると言うのに!」

「守られていることは否定しない。だが、僕はお前の所持品じゃない」


アークは険しい顔を崩すことなく、ゼオルの隣に立った。


「ハハ、我を殺すか? 今のお前ならば殺せるだろう」


ゼオルにはもう、立ち上がる力も残っていなかった。

回復ができない身体というものの不便さを痛感し、今までに戦った者たちもそうだったのか、と思いをはせる。


「立て、ゼオル。まだ終わらせるには早い」

「冗談はよせ。もう我には戦う力などない」


ゼオルは五体を投げ出して言った。

正真正銘、生涯二度目の敗北だ。


アークがゼオルの喉元へ剣を向けると、その背後にグリュが現れた。


「良い見世物だった。無様だな、ゼオル! 以前よりだいぶ弱くなっているではないか!」

「……やかましい」

「アハハハハハ! 私のアークが貴様を倒した。こんなに嬉しいことがあろうか。ここまで手厚く出迎えたのだ。アークがお前を愛していることは疑いようもない!」


またおかしな理屈を唱えている。

そういえばこいつはとびきり人の話を聞かないやつだった。

思い込みが激しく、自分が正しいと信じてやまない。


「……お前が羨ましいよ。悩みがひとつもなさそうだ」

「それは偏見だ。私はいつだって悩んでいるし、答えを探している。君は愛の在処を見つけられたかい? 私は見つけたよ。愛はここにあった!」


グリュは満足そうに笑う。

傷に響く不快な声だ。

痛みに顔を歪めながらも、ゼオルは起き上がった。


「何をしに来た? 我を笑いに来たのか?」

「ああ、それもある。それもあるが、私は君になりに来たのだ」


グリュと重なるようにして、光のモヤが現れる。

精神干渉系の魔法か、とゼオルはその気配から察した。


「私が君になれば、アークの愛を手に入れることができるだろう? うんうん、我ながら良い考えだ」

「ハッ。それは、お前自身が好かれているわけではないぞ」

「同じことさ。お前が愛されているということは、私が愛されているということだろう。満身創痍のお前なら、私にも乗っ取れる」


グリュの光がゼオルへかかる。


「私に任せておけ。アークと子を成し、末永く天界を治めていこうではないか」

「……やめろ。ゾッとする」


口では言っても、抵抗する力など残っていない。

せいぜい一日か、二日か。

耐えられるだけ耐えてやろう、と覚悟を決めた時だった。


「……え?」


グリュが小さく呟く。

その腹に、背後から天空の剣を突き刺されている。


「ゼオル!!」


アークの声に、びりびりと手が痺れる。

何をしろと言っているのか、瞬時に察せた。


「ウウウウウ!!」


ゼオルは五体が引きちぎれそうになりながらも、光のモヤを掴み、力任せに地面へと叩きつけた。

それと連動したように、グリュがふらつく。


「馬鹿な……」

「まだ剣は刺さっているぞ、グリュヴルム!!」


天空の剣が白く発光し、グリュの体が光の粒子となって爆散する。


「アーク、ようやく分かったぞ。お前の狙いが」

「遅い。勘が鈍ったんじゃないか?」

「早くやれ。やつはすぐに回復する」


アークがゼオルへと剣を突き刺すと、たった今グリュから奪った魔力が流れ込んでくる。

傷が瞬時に完治し、それでもなお余りある力が溢れている。

どうやら、光のロスト・ワンであるグリュの魔力の大半を奪い取ったようだ。


「ひとつ言っておくが、さっきまでのは本心だからな」

「フン、我もだ」


並び立つふたりの前に、光が集まり、少なからずショックを受けた様子のグリュが現れた。


「まさか、アークが裏切るなんて。私を愛しているのではなかったのか……」

「一度も言った覚えはない。悪いが、僕は年下が好みなんだ」

「そうだったのか?」


ゼオルが驚いてアークの顔を見ると、肩をすくめて笑った。


「グリュヴルム、悪いがお遊びはここまでだ。僕は何者にもならない。僕は死ぬまで僕のまま、ゼオルの傀儡にも、君の傀儡にもならないよ」

「……ここから帰すと思っているのか?」

「帰るよ。帰って、やらないといけないことも、まだ残っているし。だけど、君はここでやっておかないといけない。――そのための選択はもう済ませた」


剣から淡い光が放たれ、見た目は魔力は変化せずともアークの何かが変わった。


「剣に感情を保存しておいた。消されることもわかっていたことだしな。精神を乗っ取られた時のために反詩も保存しておいたが、お前が簡単に騙されてくれたおかげで必要なかったな」


グリュが心底不快そうにアークを睨む。


「何もかも知っていたというのか。お前は、知っていて、殺されるかもしれないと分かっているのに、ここへ来たのか」

「それくらいのことが何だ? 殺されるかもしれない、でいちいち死んでいては僕はもうこの世にいない。それに今回のことは、全て僕の手の平の上だ。天界人が僕らに勝つ見込みは、万にひとつもなかった」

「アーク、お前……」


ゼオルの背筋が興奮でゾクゾクとする。

これが自分の知らないアークの姿なのか、と喜びに震えていた。

あの環境で、自分やブラドから何の影響も受けずに育つはずはなかった。

性格こそ正反対であったとしても、物事に対する見え方にそれほど差異はないはず。


ゼオルは初めて、アークが努めて温和に振る舞っていたことを知ったのだ。


「さあ、やろう。後腐れのないように、僕もゼオルも全力で戦う。グリュヴルム、お前もだ」

「貴様に言われずとも!」


グリュヴルムが指をパチン、と鳴らすと光の粒子が部屋の外から集まってきた。


「外に散らばっている天界人を吸収しているのだ。ひとまずはこれで他の者の心配もせずに済みそうだな」


ゼオルがその様子を呑気に見ながら言う。

相手の準備を阻害する気は、アークにもないようだ。


――本当に、よく似てくれた。

ゼオルは噛み殺すようにして笑うと、アークへ訪ねる。


「奴のことはどれくらいわかる?」

「力の正体はほとんどわかっている。天界人が使えるものと同じもの、もしくは上位の能力を持っているだろう。いくつか分からないものもあるが、予想はしている。――そんなところだ」

「ほう。開戦前にそこまでとは調べられるものだとは」

「準備こそが戦闘の本分だ。行き当たりばったりのお前にはわからないだろうが」

「……そうだな。ならば、手は貸さんぞ」

「問題ない。自分は自分で守れる」


グリュの全身に力が満ち、白い肌に亀裂が入って光が漏れている。

剣で魔力を奪う前よりも、明らかに強い。


「まるで破裂寸前の風船だな。つついてやれば爆発するんじゃないか?」

「やってみるか」


ゼオルたちは不敵な笑みを浮かべ、真っ直ぐに剣を構えた。


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