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女になった魔王さま  作者: 樹(いつき)
最終話 harmonized finale
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引き分けなどない

ゼオルはがむしゃらに進んでいた。

アークの魔力の気配が近い。

そろそろ月の底を抜けてしまうのではないか、と心配しなくてはならないほど深く潜っている。


天界は今日で滅ぼす。

ゼオルの決意は固かった。

昔の天界人ほど、今の天界人から恐ろしさは感じない。

危険があるとすれば、最奥にいるであろう光のロスト・ワンくらいのものだ。


天界人が光のロスト・ワン――ヘヴンズ・グリュヴルムの分身体であることは知っている。

それでも殺し損ねてしまったのは、彼女が存在を消滅させても死なないとは思わなかったからだ。

そして、死の概念を与えてしまったせいで、カーレッジが生まれてしまった。


ゼオルが何度目かの炎で通路を伸ばし、ようやく先に光が見えてきたところで、足を早める。


「アーク!!」


叫びながら飛び込むと、鈍く輝く金属片が地面に散らばっている。

その隣にはあのグリュが立っており、椅子に座ってぐったりとしているアークがいた。


「ハハハ、ゼオルだ! ゼオルだな! そちらからすれば随分と久方ぶりになるだろう。私が恋しかったか?」

「グリュヴルム! 貴様、アークに何をした!」

「これは君のか? たっぷり味あわせてもらったよ。ハハハハハ」


アークは服をはだけさせて苦しそうに息を荒くさせている。

ぷつん、と何かの糸が切れた。

ゼオルの全身を蒼い火の粉が覆う。


「殺す。確実に殺す。息の根を止めるくらいでは済まさん」

「君は本当にやるから恐ろしいな。私は少し隠れさせてもらおう。ああ、見ていないから、君も楽しんでいいぞ。もうすっからかんかもしれないが――」


グリュへ向かって炎の柱を打ち出すと、霞みのように姿を消した。


「アーク! アーク!?」


ゼオルが駆け寄ると、アークは椅子から立ち上がり、手をかざす。

床に倒れていた天空の剣がひとりでに起き上がって手の平に吸いついた。


「……それ以上、近寄るな」

「アーク……。大丈夫か? 酷いことは、されなかったか?」


ゼオルは戦うつもりだったことも忘れ、アークに手を伸ばした。

しかし、アークは剣をゼオルへ突きつける。


「何もされてはいない。頭痛が、鳴り止まないだけだ」

「し、しかし……」

「僕を信用できないのか?」


アークは眉間にシワを寄せている。

きっと、頭が割れるほどに酷い頭痛がしているのだ。

抱きしめて、安心させてやりたくて、ゼオルは両手を伸ばす。


「近寄るなと言ったのが、聞こえなかったか?」


喉元に切っ先を突きつけられ、ゼオルは足を止めた。

彼に自分を切らせたくない。


「アーク、どうしたいのだ? 我は、どうしたらいい?」


すがるようにして、ゼオルは言った。

会う前までは、覚悟ができていたはずなのに、いざ目の前にすると何も考えられない。

どうしたらアークが戻ってきてくれるか、そればかり考えてしまう。

アークは剣を構えて、睨んだ。


「僕は、あなたのそういうところが嫌いだ。譲歩しているようで、自分の意見は決まっているくせに……」

「アーク、我は……」

「口を開くな。僕の心はもう決まっている。剣を取れ、ゼオル。僕はあなたと戦う。かつて勇者カーレッジがやったように……」


お前はカーレッジとは違う、とゼオルは声を大にして言いたかった。

しかし、今のアークにその言葉は届かないだろう。


「……わかった。そうすれば、お前は満足するのだな?」

「そういう言い方を辞めろと言っているんだ!」


アークが地を蹴って、一気に距離を詰める。

どうやら、かなり身体能力を強化されている。

ブレインとやった時と同じくらいには、運動機能が拡張され、ここ最近に戦った中では、最も早い剣だ。

ゼオルは目を伏せ、その剣を片手で掴んで止めた。


「……やるからには、我は徹底的にやるぞ。泣いて謝っても、遅いからな」


蒼い火の粉が全身から噴き出る。

アークから何を求められているのか、わかった気がしていただけなのだろう。

今のアークの気持ちはわからない。

元から、何もわかっていなかったのか。


「……それでいい」


ここに来て初めて、アークの表情が和らいだ。






何度、切りかかったことだろうか。

グリュヴルムから戦うことを強いられているかのように、アークは剣を振っていると頭痛が和らぐのを感じた。


しかし、判断力を奪われているとはいえ、これは初めから決めていたことだ。

『正面からゼオルを倒す』。

意気込みだけは充分だったが、剣が彼女の体まで届くことはない。

こちらは全力で戦っているのに、かすりもしない。


「どうした、まさかそれだけしかできないのか?」


涼しい顔で、ゼオルは剣を避けてアークを蹴飛ばす。

胴につま先が入り、息が詰まって思わず体を丸めた。


「まだやるか?」


見下ろすようにしてゼオルが言う。

追撃をしないということは、まだ舐められているということだ。

アークは魔力で無理矢理呼吸を整え、顔を上げる。


「……まだだ」


強いなどということはわかっていたことだ。

グリュから渡されたものは、何も頭痛だけではない。


アークの足元に光の蓮が咲く。

それも一輪ではなく、大小無数の白蓮が光り輝いて、アークを淡い光が包み込む。


「出し惜しみなどするべきではないぞ。死んでからでは遅いのだからな」


ゼオルは余裕を持ってその様子を見ている。

『百蓮』は、体をグリュと同質のものへと変える魔法だ。

体のほとんどを魔力へと変えて、物理的な事象と魔法との壁を取り除く。


「ほう。存在を変化させたか。昔は見られなかった魔法だが、天界も進歩しているのだな」


百蓮による魔力の上昇率を五千倍ほどに上げると、アークは自分の体がまるで羽根のように軽くなったのを感じた。

加えて、景色の全てが細かく、広く見える。

先程の痛みも、もはや感じない。


「……これを最初に使わなかったのは、制御が難しいからだ。僕自身の力にできないのなら、使うべきじゃないと思っていた。だが、あまりにも差がありすぎる。運に期待したとて、覆せないほどの戦力差だ。ゼオルの言う通り、負けてから悔やんでも遅い。使うならここしかない」


あふれ出る魔力を体内にとどめておくことができず、アークの体がわずかに地面から浮く。

力に振り回されているような感覚がして、やはり、あまり心地の良いものではない。


「借り物だとしても、とめどない力を感じるぞ。それならば、我とも張り合えよう。どれ、試してみるか」


ゼオルが手の平を向けると、蒼い炎の弾が発射される。

集中すると、その火の粉のひとつひとつも、ゆっくりと回転している様子も、よく見える。


アークは指先でその中心に真逆の性質の魔力を流し込み、炎弾をかき消した。

反詩を行う理屈と同じだが、詠唱無しに行えるほど、今のアークには魔力が知覚できていた。


たかが戯れの炎にとてつもない魔力が込められており、これひとつでいったいどれだけの命を奪えることだろう。


力を得て分かる、ゼオルの強さ。

その頂きがようやく見えてきた。


――今そこに、手がかかっている。


グリュに感謝はしない。

無理矢理連れてこられ、目的も不明瞭なまま、力を与えられた。

だがしかし、これでようやく戦える。


アークを包む魔力の足が、太い爪で地を捉える。

白い光が獣のような虚像の様相を成し、アークは跳んだ。


景色が間延びしたように感じる。

ゼオルの動きが、指の一本が、髪のなびきが、視界に入る全てがよく見える。


「速いな。もしかすると、我より速いのではないか?」


粘りつくような時間の中で、はっきりとそう聞こえた。

アークは余裕ぶったゼオルに向かって、勢いのまま、剣を突き刺そうとする。

ゼオルも半身の姿勢をとって、剣を躱す。

そして彼女がすれ違いざまに放とうとした拳を、アークは咄嗟に剣を放して左手で止める。


その瞬間の、彼女の嬉しそうな表情を見て、アークは顔を歪める。

違う、彼女を喜ばせるためにやっているのではない。


腕を捻り上げようと両手で掴むと、体がふわっと浮いた。


「空中で技をかけるには、お前は軽すぎる!」


掴んだ腕ごと上げられ、落雷がごとき威力で地面へ叩きつけられる。

魔力の虚像が衝撃をやわらげ、アーク自身にはほとんどダメージはない。

すぐに跳ね起きて距離をとるために後退すると、それに合わせてぴったりとゼオルがついてきた。


「我と打ち合うのではなかったのか?」

「ッ!! ゼオル!!」


力の差は埋まっているはずなのに、子供扱いは続いている。

いや、自分以外の全てを下に見ている彼女の性分なのだろう。


流れを掴ませるな、と自分に言い聞かせて、彼女の言葉に耳を貸さないことに決める。


拳の軌道は見える。

躱して、胴に一発。

ゼオルの重心がわずかに左足へ移動する。

蹴りを察知して右腕でガードを固める。


すると、正面から頭突きが来て、アークはもろに衝撃を受けてぐらついた。


「バカ者! 自分に見えているものが、敵に見えていないなどと考えるな!」


魔力がなかったら額を割られていた。

アークは剣を手に呼び寄せ、毅然と構える。


「剣ならば、と考えているなら甘いぞアーク」

「いや、剣ならば、お前に勝てる」

「……ほう。ならば、我もそうしよう。その魔力の鎧は、想像以上に頑丈なようだ」


ゼオルも手の平から赤黒い魔の剣『ゴウエンマ』を取り出す。

アークにしてみれば、まだこれは予想通りの行動だ。

彼女を待っている間、ずっと倒し方を考えていたのだ。

計画はすでに出来上がっている。


(先攻しては躱される。敵の攻撃を待つんだ……)


先程までの流れで、戦いに関する勘で彼女に打ち勝つことはできないことはわかった。

だから、確実に当てられる瞬間を待つ。


アークが剣を構えながらもじりじりと寄っていく。

ゼオルも同じく、構えはとっていないものの、互いに間合いに入るまで歩みを進める。


先に仕掛けたくなる衝動を抑えながら、アークは数瞬、あるいは数秒、剣を握る手は緩めないまま、ゼオルを見ていた。


「考えたな。後の先を取るつもりか。面白い、乗ってやろう」


ゼオルが動き、赤い閃光が走る。

アークはそれを空間を多重に固めた壁で弾く。

カーレッジのやっていた技を、あらかじめ天空の剣に仕込んでおいたのだ。


まさか弾かれるとは思っていなかったのであろう、ゼオルの体が大きくのけ反る。


「斬る!」


アークの剣が胴を薙ごうとしたところで、ゼオルは無理に体勢を戻そうとせずに地面へ倒れ込んだ。

完全に入ったと確信していたのに、剣の先端は彼女の体をかすめただけだ。


浅くても、傷をつけることはできる。

血の飛沫が地面へ飛ぶ。

ゼオルは全く隙を見せずに地面を叩いて反動で起き上がり、その勢いのままアークを切りつける。


それは、反射的な行動なのだろう。

アークが剣を躱して距離をとっても、ゼオルは驚いた顔を隠さなかった。

傷を触り、血が手の平にべっとりとつく。


「これは、あの時とは、違う……。我は、全力で治癒を施している。しかし、傷が塞がらない……」

「天空の剣には、破邪の力がある。破邪とは、魔を切り捨て、祓う力だ。お前を覆っている、洪水のような魔力の流れを、僕は断った」


回復を阻止するための力。

これも、ゼオルのことを知っているからこそ、あらかじめ準備できていたものだ。


「もはや、無敵ではないのだ。ゼオル、気分はどうだ? 切られると、痛いだろう」

「……ああ、痛い。たったこれだけのことで、皮膚が熱をもって、燃え上がるような気持ちだ」

「怒っているのか?」

「まさか。嬉しいのだ。我にここまで噛みついてこられた生き物はそう多くない。その中のひとりに、お前がいることが嬉しいのだ」

「だったら、もっとやってやる。ゼオルを最も屈服させた人間として、その顔を見下ろしてやる」

「それは叶わん。我は上、それ以外は全て下だ」


ゼオルのゴウエンマが何の前触れもなく、アークへ襲い掛かる。

咄嗟のことにアークも躱しきれず、頬に短い線が入る。


「油断するな。確実に心臓を刺し、首をはねよ。わかるか?」


勝ち誇った顔で、ゼオルはこちらの傷を指さす。


「これで引き分けだな」

「引き分けなどない!」


アークはまた、身体能力に任せて飛びかかった。

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