任せたぞ
ルーチェとゴートの戦いは、延々と続いていた。
実力は拮抗している――否、わずかに向こうが上回っている事実を感じていた。
なんという人間だ、とルーチェは全力を出しながら打開策を探っていた。
ここなら隙をつける、という場面であっても、目の前の褐色の少女は完全に読み切って防ぐ。
どうやら、わざと攻撃を誘っているようだった。
しかし、ルーチェには咄嗟に虚実を判断するだけの技術や経験がない。
たとえそれが相手の思うつぼであったとしても、突ける穴は突くしかない。
「どうしたよ。足が止まってるぜ」
「くっ……」
ゴートは時間がかかればかかるほど、斬撃の軌跡が鋭さを増していく。
剣、槍、斧。
およそ刃物のような形状をしているものを次々と繰り出すせいで、何がいくつ視界に入っているのか判断するのがやっとだ。
加えて、こちらの光輪は、上下からの衝撃に弱い。
振るという動作を受けると、簡単に軌道を変えられてしまう。
実戦というものは、今まで気がつかなかった自身の弱点を教えてくれる。
これを戦いながら修正できるのなら、そうしたいところだが、猛攻を防ぐだけで精いっぱいだ。
(光の力はまだ使えない……。どうすれば勝てる……!)
思考に回すだけの余力がない。
少し集中を乱すと、途端に敵の姿が視界から消えた。
「しまっ――」
背に衝撃を感じ、振り向くと剣を手にしたゴートがいた。
ゴートは、襲い来る光輪を避けながら後退する。
敵がカーレッジのように不死身なら逃げようと考えていたのだが、背中の傷が治らないところを見るに、どうやらそうではないらしい。
しかし、あれだけの数の武器を使えるなんて大した才能だ。
判断の甘さや技量から自分と同じだけの努力をしたとは思えないが、それでもついてこられるのは称賛されるべきだろう。
「おいおい、どうした。手傷を負うのは初めてか? 良いこと教えてやるよ。背中を刺されたくらいじゃ死なねえ」
「何という痛みだ……! 傷が、焼けるように熱い……」
「怖いなら降参してもいいんだぜ。おれは別に戦いたいわけじゃねえからよ」
ルーチェは膝をついてうな垂れた。
ひと思いに首をはねてやるか、とゴートは剣を彼に向ける。
その瞬間、彼がニヤリと笑った。
光輪が周囲に浮かぶ。
まだやる気か、と半ば呆れながらもゴートは戦闘態勢をとる。
「もうやめとけ。お前じゃ勝てねえよ」
「私はいつでもお前に勝てた。だが、勝つ形にこだわりすぎた」
「何?」
「ここからが本番だ。私の能力は時間がかかるのだ。意識と身体を分離させるためにな」
何をしようとしているかはわからないが、何かしようとしていることはわかる。
ゴートは素早く彼の首を切り落として、距離を取って様子を見る。
敵が死んだだけで油断するようなおめでたい性格はしていない。
彼の身体は、血を流すことなく地面に倒れ伏せている。
――何も起きない。
静寂が耳に痛い。
「……ハッタリか?」
剣は出したまま、周囲を警戒しながら後ずさる。
緊張のせいで気配を読み違える可能性もある。
勝っていたとしても、まだ終わっていないとしても、逃げた方が良さそうだ。
ゴートが走り出そうとすると、突然目の前にレンガ造りの壁が現れた。
慌てて止まり、そこから離れる。
気がつくと、足元には緑の草花が広がっていた。
青臭い香りが鼻をつき、ゴートは顔をしかめた。
「幻覚か! どこにいる!?」
まだ生きていることは間違いない。
だとすれば、どこからが幻覚だったのか。
殺したつもりが、殺せていなかったのかもしれない。
敵がどこに潜んでいるのかわからないため、置かれた状況を確認する。
赤いレンガでできた家屋が、草原の中に建っていた。
後ろには小川が流れており、小型の水車がゆっくりと回っている。
「穴倉暮らしにしては、魅力のある幻覚じゃねえか……」
隠居したら暮らしてみたいと思う人間の多い落ち着きを感じる景色とでも言おうか。
広い世界と、小さな住処。
川のせせらぎと、草の揺れる音しか聞こえない。
ゴートが身構えていると、小屋の扉が開く。
赤茶色のチュニックを着た女性が、小さな子供を背中に乗せ、衣服の入ったカゴを抱えて出て来た。
子供はすやすやと寝息を立てており、女性はその様子を見て幸せそうに笑う。
「なんだ、これ」
見たことのある風景ではないはずだ。
しかし、どことなく懐かしい香りがする。
「おれの記憶、なのか?」
ゴートが戸惑っていると、子供が目を覚まして泣き出してしまった。
「はいはい。ちょっと待って」
女性は手にしていた洗濯物の入ったカゴを置いて、子供連れて川へ向かう。
「こんなに泣いて。本当に、憎たらしい子……!」
「待て、何をしている……!?」
女性は子供を降ろすと、川の中へ沈めようとしていた。
ゴートは慌てて彼女の肩を引っ張ろうとするも、手がすり抜ける。
やはり幻覚であることは間違いない。
こちら干渉することはせず、ただ見ていろと言うのか。
子供が溺れる前に彼女は拾い上げたが、その顔に笑みはない。
許されることなら殺してしまいたい、という気持ちがにじみ出ている。
「悪趣味な野郎め! どこにいやがる!」
ゴートは剣を浮かばせて周囲を出鱈目に切りつける。
床や壁も突き抜けて、何も切ることはできない。
「なるほど。お前はこうやって育てられたのか」
ルーチェの声だけが頭の中に聞こえていた。
「あ? 知らねえよ!」
「フフフ、粗暴な人間に育つはずだ。お前のことは全てわかるぞ。結局捨てられて、孤児になることも。魔法を仕込まれることも。育ての親を殺すことも」
「てめえ、まさか……」
「そうだ。お前の中にいる」
ゴートの視界が歪み、景色が元の洞窟に戻る。
目の前には変わらずルーチェの遺体が転がっている。
「私はお前だ。お前はもうどこにもいない」
声はまだ、頭の中に響いている。
ゴートは焦りながらも左手に剣を突き刺した。
血が滴り、鋭い痛みが走る。
「……クソが!」
「無駄だ、無駄だ。痛みで目を覚まそうとしたのだろう。しかしお前が今味わっていてるのは催眠や洗脳の類ではない。私は実際にお前の中にいるのだ」
「出て行けよ! おれの体だ!」
「いや、この体は天界の物だ。なぜか、私と相性がいい。憑依は何度か試したが、これほど馴染むのは初めてだ。……そうか。わかった、わかったぞ! 天空の剣による変質とは人体を天界へ最適化することだったのか!」
「勝手に意味不明なこと言って納得してんじゃねえ!」
どうにかしてこの事態を切り抜けたいが、倒すべき相手が見えない。
見えないだけならまだしも、決して触れないところにいる。
もはや、勝負は決したようなものだ。
(……待て。乗っ取れるなら、なぜやつはすぐに乗っ取らない?)
未だ、体の支配権はゴート自身が有している。
敵は喋りこそすれ、何一つこちらに害を与えられていない。
支配権を得るための条件があるのか、とゴートは考えた。
幸い、こちらの思考も読まれてはいない。
状況は停滞していた。
一度戻るか、それとも進むか。
カーレッジやキテラなら何かわかるかもしれない。
しかし、この状態で他の者に接触することの危険性は理解している。
どこかの部分で意識を挿げ替えられ、壊滅的な被害をもたらさないとも限らない。
「――うううう!」
唸りながら、頭をくしゃくしゃと掻く。
やはり、戻るわけにはいかない。
そして、進むこともできない。
「どうした? もう、諦めたか?」
「黙ってろ。諦めるってのは、弱いやつのやることだ。おれは諦めねえ」
「強がっても、お前の剣はもう私には届かないぞ」
「お前の剣もな」
どうやら、口はあまり達者ではないらしく、彼は言い返さずに黙った。
「――ところで、お前の目的は何だ? おれの体なんて乗っ取っても仕方ねえだろ」
「話すと思っているのか?」
「ここでずっとおれと暮らす気か? そうしたいなら構わねえが、お前さては体に入ったあとのこと考えてなかったろ」
「バカにしているのか? 貴様、地上の獣の分際で、私をバカにしているのか?」
それを聞いてゴートは笑った。
プライドばかりが一人前で、本当に戦う時のことなど想像できていなかったのだろう。
「してるさ。実際バカだろ、お前。他人の体を乗っ取るような魔法を習練する暇があったら、自分の体をもっと自在に扱えるようになった方がいいだろ。それとも他人の体を自分の体よりも上手く扱えるとでも思っているのか?」
「ふざけるな。そんなことは考えていない。憑依の利点は相手の記憶を覗けるところにある。貴様の体など臭くて耐えられん!」
「ちゃんと風呂入ってんだけどな……」
自分の体を匂いながら、ゴートは笑った。
少し挑発してやるだけで、ルーチェは簡単に喋った。
つまり、彼の役割は未知数なこちらの情報を自陣へ持って帰ることだ。
それに、彼は今、この魔法をこれ以上前に進めることができない。
「いいぜ、わかった。おれもお前を追い出す方法が思いつかない。だから、一緒に行ってやるよ」
「……何だと?」
「お前の家まで一緒に帰ってやるって言ってんだ。どうせここにいたって飢え死にするだけだろ」
「飢え……。そうか、地上の獣は、餌が必要だったな」
「おれが死ぬと困るだろ?」
彼はまた、黙った。
どうすべきか考えているのだろう。
その沈黙で、ゴートはまたひとつ答えを得た。
この体が死ねば、彼も死ぬ、もしくは不利益を被る。
彼の意識には帰るところがないため、おそらくは前者だろう。
間抜けな魔法だ。
主導権を握れるような内容でありながら、手足をもがれたようにただそこにいることだけしかできないとは。
意識が同居したら、すぐに錯乱するとでも思っていたのだろうか。
(まあ、こっちから譲歩しない限り何もできなさそうだから、このバカは事態が収まるまで適当に相手しておくか)
ゴートはため息をついて、岩壁を背にして座り込んだ。
ブラドはゼオルの後ろを追いながら、考えていた。
アークと接するようになってから、ゼオルは大きく変わった。
それを成長と呼んでいいものかわからないが、より人と接することがうまくなった。
以前までであれば、敵についた味方を助けようなどとは考えることすらなく、この巨大な穴倉ごと葬っていただろう。
あまり態度には出さないが、ゼオルもアークも失いたくない大切な家族だと思っている。
だから、何としてでもふたりを連れて帰るつもりだ。
ラメールとも、そういう約束をしている。
ブラドの感覚が敵の気配を捉える。
天界人の匂いは酷く不快な気分になる。
それは過去の経験からだろうか。
通路を抜けると、四角の部屋へ辿りつく。
中央には眼鏡をかけた男が立っていた。
「ブラド、任せたぞ」
ゼオルは一言それだけ告げると、すぐに炎を使って新しい通路を作って進んだ。
お互いにやることを分かっていれば、多くを語る必要はない。
ブラドはメイド服をはためかせ、目の前の天界人を倒すべく、足元の影を広げて十三体の黒装束の手下『真祖の眷属』を召喚する。
まずは敵の戦力を見極めるところからだ。
準備を終えたブラドが一歩後ろへ下がると、眼鏡の男は口元を歪ませて笑みを浮かべた。
「なんという、卑怯な奴だ。こちらは一対一で戦う準備をしていたというのに。――まあ、いい。私は最上位光人三人衆のひとり、ルミエール。推して参る」
ルミエールが両手をだらりと下げ、手首を動かすと光り輝く鎖が姿を現した。
鞭のようにしならせ、ルミエールはゆっくりと歩みを進める。
『真祖の眷属』は、彼へ向かって取り囲むようにして襲い掛かった。
彼らひとりひとりでも、並の天界人を屠ることは容易に行える。
「中身のない人形風情が、どれだけできるものか」
ルミエールは囲まれても意に介さない様子で、鎖を振るった。
長い間魔族や人間を見て来たブラドからしても、その武器捌きは見事なものだった。
『真祖の眷属』は間合いに入ることすらできず、弾かれ、飛沫となった。
半分ほどが一気にやられたところで、ブラドは眷属を消し、影の大鎌である『宵闇の陽炎』を取り出す。
どうやら、油断できる相手ではないようだ。
「ふむ。佇まいが先程の奴らとは違う。かかってくるがいい」
「私は強さ比べなど興味がありません」
ブラドの姿が沈むようにして影に消え、先程眷属が残した地面のシミへと一瞬で移動する。
「――死ね」
ルミエールの視線は全く追いついていない。
鎌の刃が首へかかる。
その瞬間に、ルミエールの姿が消えた。
「――驚いたな。私と同じようなことができるのか」
背後にルミエールが立っていた。
鎖が迫る。
ブラドは反射的に鎌を投げ、その一撃を防いだ。
(転移……。いや、空間魔法は不意打ちに対応できるものではないはず……)
何にせよ、この相手に中距離での戦闘は難しい。
敵の攻撃の速さを見るに、鎌は不利だ。
舌打ちをして、メイド服のロングスカートをショートパンツへと変えて、影を足に纏わせる。
「まだ攻撃手段を持っているとは大した生き物だ」
感心しているのか、嘲笑しているのか。
ブラドはルミエールから視線を外さず、刺々しい黒い具足を作り上げた。
『漆黒の杭脚』はブラドが全盛期のころに使っていた武器だ。
最終手段、と言うほどの威力は出せないが、手馴染みは最もある。
「近接用の武器か。それならば移動の利点も薄くなる。我々にはない経験と知識の多さ、敬服する」
「その口を閉じていただけませんか。戦いながら話すのは好きではないので」
「ならば戦いで語ろう。我々にはそれが可能なはずだ」
彼の持つ鎖が、まるで鋼鉄の棒のように硬く、短くなった。
ブラドの知識にある中では、硬鞭と呼ばれる武器に似ている。
「いくぞ、地上の者よ!」
おもむろに、ルミエールが走り出した。
ブラドは片足を上げて構える。
ルミエールの姿が消える。
同時に、ブラドは反転し、回し蹴りを放つ。
甲高い金属音が辺りに響いた。
驚いた顔で防御の姿勢をとるルミエールがいた。
「こちらの動きを読んだのか!?」
「一回見ればバカでもわかります」
続いて足を降ろさず、ブラドは軸足で地面を蹴って距離を詰め、ルミエールの足の甲を踏み、トゲを打ちこんで地面へ固定する。
「ッ!?」
動けなくなった彼に、ブラドは容赦なく、蹴りの連打を浴びせた。
側頭部、胸部、鳩尾、金的。
圧倒的な速度の差に、彼の硬鞭はまるで追いついていなかった。
やがて、立っていられなくなり、膝をつく。
顔を蹴り上げて、喉へ向けて飛び後ろ蹴りをすると、彼は気を失ったのか、そのまま仰向けに倒れた。
ブラドが大きく息を吐いて足を下げる。
死んだとしても安心してはいけないのがこの世界だ。
生き返る手段を持つ種族も多くはないが存在する。
しばらくすると、彼の下に大きな光の華が咲いた。
「やはり……」
やけに手ごたえがないと思ったが、どうやら敵も様子見だったようだ。
光が強くなり、視界が白く染まる。
ブラドは目くらましに耐えるため片目を閉じた。
「……何?」
光が晴れると、ルミエールが部屋の中央に立っていた。
「ブラド、任せたぞ」
ゼオルの声が背後で聞こえる。
頭が状況に追いついた時、恐ろしい事実に気がついた。
(これは、まさか……!)
時が戦闘の始まる前まで戻っている。
現実として、ゼオルは今から壁に穴を開け、ルミエールはまだ武器を手にしていないのだが、そんな魔法は聞いたことがない。
「私は最上位光人三人衆がひとり――」
ブラドは彼が口を開くと同時に距離を詰めて、力任せに心臓を貫いた。
「ブラド、任せたぞ」
背後で声が聞こえる。
立ち位置が戻っている。
不愉快な表情を浮かべてルミエールを睨むと、彼はフッと笑った。
「今、何度目だ?」
今度は名乗らず、彼は光の鎖をその手に出現させた。
「私は時間を少しだけ戻すことができる。私自身は戻ったことを認識できないが、お前はよくわかっているだろう。力自慢だけが強さではない」
ブラドの脳裏にカーレッジが浮かぶ。
アレに比べればまだ可愛いものだが、不死というものはそれだけで厄介だ。
とはいえ、死んだ時に自動で時間が巻き戻るだけなら、至極単純な機構だ。
まだ、戦いようがないわけではない。
「次に、お前はこう考える。私を殺さずに拘束すればいい、と。そんなことは読んでいる」
ルミエールの体がまるで陽炎のように滲んで歪む。
「自分自身の時間をずらした。これでここには過去の私と現在の私が同時に存在していることになる。例えお前の方が強くても、重ねた時間はいつか追いつく。私の光の力は、スロースターターなものなのだ」
今、ルミエールに重なっている影は彼自身を含めて三人、時間を戻した回数と同じだ。
戻せば戻すほど、数が増えていくのだろう。
ただでさえ軌道の読みにくい鞭を使っているため、アレの相手は面倒だ。
「常々思っていますが、天界の魔法は嫌いです。嫌がらせのようなものが多すぎます」
ブラドはルミエールに近づいていく。
影の魔法に時間を操るようなものはなく、彼を蹴飛ばしてやりたいがまた戻されては面倒だ。
「正面から戦うその心意気や良し。私も滾ってきたぞ」
その言葉に、ブラドは大きなため息をつく。
「もう一度だけ言います。私は、強さ比べに興味はありません。最終的に立ってさえいれば、あとはどうだっていい。過程なんて無価値だと思っています」
影から『真祖の眷属』を出現させる。
時間が戻ったおかげで、眷属たちは無傷なままだ。
「伊達に長生きしていないことも、天界人と戦争をしていたことも、思い知らせてあげましょう」
指を鳴らすと、眷属たちは一斉に各々壁や天井の隅に向かって走った。
ルミエールの顔が青ざめる。
「な、なぜだ。この魔法は私が初めて使ったはず……」
「あなたの魔法の正体は、この部屋にある。時間を動かす魔法というものは、範囲を指定しなければ外とのズレのせいで空間が歪み、何もかも消滅してしまう。あなたがもし、この世界全ての時間を戻せるなら話は変わりますが、それができるならそのような武器を使うはずありません。つまり、あなたは手の内がバレた時点で、もっと必死になるべきだったのです」
眷属たちが部屋の壁や天井にヒビを入れると、何かが割れる音がした。
「空間魔法の結界ですね。先程の光の華はこの範囲内でしか発動しないものなのでしょう」
ルミエールに重なっていた虚像が消え、同時に彼の表情からも笑みが消えた。
「戦いの鉄則は『させない』こと。色々伝えたいことはありますが、ひとつだけ言うなら、訓練だけでなく実戦経験も大切です。経験により得られる視点や警戒すべきこと、自分の手札を晒すことの危険性、何より、戦いの最中、敵に自身の魔法を説明するなど愚の骨頂。意図がないのであれば、極力控えるべきです」
ルミエールが消え、ブラドは後ろを向いて回し蹴りを放つ。
鋼鉄の蹴りが、彼の頭部を捉える。
みしみし、と骨の軋む音が聞こえ、ルミエールは反回転して地面へ叩きつけられた。
「――それと、もうひとつ。時間を戻す魔法であるなら、内容を記憶できるようにすべきですね。失敗はなかったことにするのではなく、学ぶ機会にしなければ意味がありません」
ブラドは緊張を解くために、深呼吸をした。
時間を戻すとは、なんとも恐ろしい魔法だ。
敵が知識や経験のない相手で助かった。




