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女になった魔王さま  作者: 上辻樹
最終話 harmonized finale
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必ず戻ってきてください

アトルシャンの中には居住区がある。

おそらく、今までたくさんの人間が住んでいたのだろう。

そのうちの一室をブラドは借りて、到着までの時間を潰していた。

この中には紅茶もないということで、椅子に座ってぼうっとしている時間が多い。


「ブラドさま。ここの中は退屈ですね。早くお外が見たいですね」

「外は北の果てよりも極寒だと聞きました。冷凍イカになるつもりですか?」

「ひどい!」


ラメールはなぜか同室にきてずっと喋っている。

ブラドも時間を持て余していたため邪険にはしなかったが、よくもまあこれほど言葉が出てくるものだと感心と呆れが半々であった。


「私、天界人見るの初めてなんですよね。どういう人なんですか?」

「虫みたいな奴ら。一撃できちんと息の根止めないと反撃してきます」

「ブラドさまはそんなのと戦ってきたんですか! すごいすごい!」


ラメールは目を輝かせてピョンピョンと跳ねる。

実際は、ほとんど戦ってなどいない。

圧倒的物量差に流されて、魔族は世界の片隅に追いやられただけだ。

ゼオルを使っての意趣返しも、ほとんど彼がひとりで行った。


「あなたが思っているほど、私はすごい人じゃありません」

「そんなことありません! だって、ゼオルさまが生まれるまで魔族の王だったんでしょう!?」

「弱小集落の長と一種族の頭など、比べるに足るものでは……」

「でも、ブラドさまがいなかったら、魔族は全滅していたんですよね!?」

「それは、そう、かもしれないけれど……」

「ブラドさまが時間を稼がなかったら、ゼオルさまだって生まれていなかったはずですし、手柄を主張したっていいはずです!」


ラメールはどうしてもブラドが大したことない者であると思っていることが気に食わない様子であった。

しかし、そうは言っても、ブラドには高慢になれるほどの偉業はない。

ゼオルのように、自信に満ちた性格こそが、王には求められる。

適性とも呼ぶべきそういう性分が、ブラドにはなかった。


人を使う役職よりも、こうして執事やメイドをやっている方が向いているとすら思う。

それが顔に表れていたのか、ラメールはブラドにすがりついた。


「私は! 私はブラドさまが過去に何をしたかは関係なく、今のブラドさまが好きで、ついてきたんです! そんな顔しないでください!」


ラメールは涙ながらに言った。

どこに泣く要素があったのかわからないが、何かが彼女の心の琴線に触れたのだろう。


「私、ずっと思っていたんです。ブラドさま、掃除とか、料理とかしている時、すっごく楽しそうで、こうなりたいなって」

「あなたさっき過去の手柄がどうのって……」

「それはそれ! これはこれです!」


ラメールは服の袖で顔を拭う。

袖口に鼻水や涙がついてぐしゃぐしゃに光る。


「あー、もう。ハンカチは持っていないのですか?」

「忘れました!」


ブラドは自分のハンカチで顔を拭いてやりながら、何だかおかしくなり、吹き出してしまった。


「え、え、何ですか? 何で笑って……。私何かしましたか?」

「いいえ、何も。ただ、バカだなと思っただけです」

「ひどい!」


思えば、ゼオルは手のかからない子供だった。

魔族ということもあり、食事はいらないなら無理に食べる必要もない。

頭も良いため教えたことは一度で覚えたし、自分のやらなくてはいけないことも、言うまでもなく分かっていた。

逆に言えば、それが彼から生き物らしさを奪うことになったのかもしれない。


カーレッジから偉そうに説教された時は、それはもう腹が立ったものだが、腹が立つということは、図星だったに他ならない。

天界人を追い出したあと、自分には重荷だった魔族の王という立場を彼におしつけた。

楽しんでやっていると思っていた、というよりはそうだったと信じたかったのかもしれない。

種族をまとめる王など、誰がやろうと重荷なのだ。


それを負い目に感じ始めたのは、長い時間が経ってからのことだったが。


「あなたも後悔しないように生きなさい。取り返すことって、大変ですから」

「私は大丈夫ですよ! 後悔なんてしたことありませんし!」

「でしょうね。羨ましいことです」


日々をその場の勢いだけで暮らしている彼女はそんなにナイーブではない。

彼女に後悔させるにはどうしたらいいのか思いつかないほどだ。


「それよりブラドさま、もしアークくんが帰って来なかったら、どうしますか?」


突然、ラメールは真面目な顔になって聞く。


「ゼオルさまも言っていた通り、アークさまが自分でこっちに住むことを選んだのなら、力づくで戻すなんてことできませんよね」

「力づくで戻すつもりなのかもしれません」

「え? だってそんなことしたら、絶対仲が悪くなりますよ?」

「仲がどうなるかはあのふたりの問題ですから、私たちの関知することではありません。しかしゼオルさまとて、今は全盛期の十分の一以下。天界人の反撃にあえば楽に進むことはできません。だから、圧倒的な力で相手をねじ伏せることはできません」

「どういうことですか? それでどうやってアークさまを力づくで取り戻すんですか?」


察しの悪いラメールに、ブラドはため息をついた。


「何のために我々が来ているのですか? 今回、我々は如何にゼオルさまに近づく敵を蹴散らすかが重要になります。アークさまの元へゼオルさまを送り出すこと。そのためには――」

「命をも投げ出す覚悟で、ですよね? わかりました! 不肖ながらこのラメール、尽力させてもらいます!」

「……そんな言葉どこで覚えたのですか?」

「王都にあった劇場です!」


皆が天界のことを考えている間、ひとりで劇を見に行っていたのか。

緊張感の欠片もないその答えに、ブラドはまた、小さくため息をついた。






『皆さん、そろそろ準備をしてアトルシャン最上階の広間に集まってください』


個室に響いたブレインの声に、ゼオルは目を覚ました。

あまりに退屈で、ほとんどの時間を眠って過ごしていた。

おかげで頭はすっきりとしている。


伸びをすると、肩がポキポキと音を立てる。

ベッドの上で一通りストレッチをして、のそりと起き上がった。


椅子に掛けていた服を着て、アトルシャンの最上階へ向かう。

その途中、ブラドとラメールのふたりと合流した。

相変わらず、このふたりはよく似ている。

どんな状況にあっても自分というものを見失わない。

自分の性分をよくわきまえているのだろう。

これから大きな戦いがあるというのに、恐れている様子はおくびにも出さず、普段通りにゼオルへ挨拶をした。


「調子はどうだ?」

「この環境のおかげで上々とは言い難いですが、全力を尽くさせていただきます」

「あれあれー? ブラドさま自己管理がなっていないんじゃないですかー?」


調子に乗るラメールに、ブラドは舌打ちをして足の甲を踏む。

廊下に耳を塞ぎたくなるような絶叫が響き渡る。


「ゼオルさまはどうですか? アーク坊ちゃんと、戦えますか?」

「ああ。心の準備はできている。我は我のやらなくてはならないことをやる。我のためにも、アークのためにもな」


覚悟というほど立派なものではないが、それでもきちんとやり遂げるつもりだ。

ゼオルは、アークと戦う。

対等に正面からぶつかる。

アークが何を考えているのか、今は考えない。


広間に着くと、すでに他の全員揃っていた。

半円状の天井は、まるで壁を透過したかのように暗い空間が広がっている。


「これで皆揃いましたね。ホスロウ、変形シークエンスお願いします」


ブレインが言うと、外の景色が鉄板に覆われていく。


「さて! これより月に接近します! 三時間後には突撃、強襲開始となります。恐らく、大量の敵がなだれ込んでくるでしょう。すぐに動けるように戦闘準備は整えておいてくださいね」

「おい、そういえば帰りはどうするんだ?」


ゴートが腕を組んで聞く。


「アトルシャンは皆さんが降りたあと、一時的に月面へと避難します。そこで天界人を蹴散らしながら皆さんの帰りを待ちます。……ですが、先に言っておきますが、もしも負けた時は、ボクはこの月ごと破壊します」

「破壊!? いくらなんでもそれは……」


ゴートの驚いた顔に、ブレインはいたって真剣に返す。


「不可能なことではありませんよ。ボクの世界では普遍的な技術です。惑星の中心に自走する爆弾を送り込み、一気に爆発させます。たとえ皆さんが死んだとしても、天界人のようなものを野放しにしておけませんからね」

「つまり、オレさまたちが死んでも最終的には負けねえってことだな」


カーレッジが愉快そうに笑う。

「何が面白いんだ」とゴートは不満そうな顔を向ける。


「他に質問のある人は?」


もう誰も他に何も言わなかった。

それから三時間、全員が緊張に満ちた、ピリピリとした空気に変わっていた。

ゼオルは戦闘面に関しては彼らを完全に信頼している。

魔族の軍隊とも違う、鋭く尖った手練れの空気だ。

それぞれが個人で動くため連携はとりにくいが、場を任せることができるのは大きい。


これなら上手くいく。

ゼオルはそっと笑みを浮かべた。






「そろそろ行きますよ。皆さん、衝撃に備えてください」


ブレインは周りをパネルに囲まれた椅子に座って声をかける。

まずは、月面にアレを打ちこむ。

人類に作り出せた最強の兵器。

一億度にも上る超高音と超高圧により原子核融合反応を起こして大きなエネルギーを生む爆弾。

通称『水素爆弾』。

この世界における魔法でも、人類史上最強最悪のこの兵器を超える破壊魔法は見つからなかった。


「おや、向こうも気がついたみたいですね。でも、こっちの方が早いですよ」


月面を蠢く天界人たちの視線がこちらをとらえる。


「水素爆弾、発射」


中にいるブレインたちには、何の音も聞こえない。

小さな光が月へ向かって飛んで行って、しばらくしてから大きな光と衝撃が走った。

月面には大きな穴が空き、ブレインはそこへ向けてアトルシャンを突っ込ませた。


伝わる衝撃は軽減されているものの、よく皆何にも掴まらず立っているものだ。

アトルシャンのドリルのような特殊な形状は、硬い岩盤も突き進み、やがて大きな空洞に突き当たった。

地面に立っていた光る天界人たちが驚いてこちらを見る。

それと同時にアトルシャンの先端、広間の天井が花弁のように開く。


「一番乗りだ!」


ゴートが飛び出し、続いてカーレッジも行く。

キテラはアケディアが空間転移で連れ出したようだ。

ブラドは影の羽根を生やし、ラメールは触手で壁を蹴りながら降りていく。

そんな中、ゼオルはゆっくりと先端まで歩いて行って立ち止まった。


「ゼオルさん?」

「――ここまで世話になった」

「はい?」


聞きなれない言葉に、ブレインは思わず聞き返した。

なぜそんなに改まってのか理由を知りたいが、もうそんな時間はない。

ゼオルは目を伏せて不敵な笑みを浮かべる。


「あとは任せるぞ」

「あ、ちょっ、どういう意味ですか!?」


彼女はそれに答えることなく、銀色の髪をなびかせて、戦いの中へと飛び出していった。


「ああもう! ホスロウ、全員出たのでボクたちは上に行きます。反回転と後退を開始してください」


アトルシャンが回転を始め、後ろに下がっていく。

掘った穴を戻り、表面に出るとすでに多くの天界人たちが周囲に集まっていた。


ホスロウに着地の微調整を任せ、ブレインはもうひとつ必要なものをここに作り出す。

天界人たちは何やら引っ掻いたり魔法を放ったりしているようだが、生半可な攻撃ではこのアトルシャンに傷ひとつつけられない。


「人工大気圏生成」


アトルシャンから半径百メートルの範囲に、生存可能な大気を作り出す。

これで魔力のないブレインでも外に出られる。


「さて、まずはボクの試作品たちに蹴散らしてもらいましょう」


アトルシャンの下部が開き、巨体を持つチャイルドを三体排出した。

彼らは目につくものをとにかく壊して回るように行動をインプットしてある。

恐ろし気で無骨な鉄仮面をして、大きな鉄のこん棒を振り回し、天界人を紙切れのように次々と弾き飛ばしていく。


カメラでその様子を見ていると、その足元に小さな人影が見えた。


「あれ、グーラさん!?」


グーラはチャイルドたちの攻撃も躱しながら、天界人を次々に切って行く。

驚いて目をパチパチとさせていると、ホスロウの声が通信機越しに聞こえた。


「申し訳ございません。どうやら勝手に出て行ったようです」

「……仕方ありませんね。ホスロウも行ってください」

「アトルシャンは自動操縦に切り替えますか?」

「いえ、ボクが続きやるので、こっちに回しておいてください」

「了解しました」


ブレインの隣に、床から操縦桿や各種の機材がせり出してくる。

ブレインはそこについているマイクに向かって言った。


「ハルワタート、聞こえますか。手術も成功、バイタルは正常です。しかし、本来はもっと慣らし運転をしなければなりません。如何なる事故が起こるか、ボクにもわかりません。本当なら行って欲しくない。だけど――」


ブレインは息を飲み込んだ。

リンが死んだことで瞳に宿った復讐の炎は、いずれ己の身を焦がすだろう。

しかし、彼から復讐の機会を取り上げていいものだとは思わない。

ブレインには彼のやりたいことに手段を用意してあげることはできても、心のケアをしてやることはできない。

だから、成し遂げて帰って来られるように、最善を尽くした。


「しっかりやって、必ず戻ってきてください」


アトルシャンの壁面の一部が開いた。

液体金属で人の形を保つホスロウと、外見こそ変わっていないものの表面全てを柔らかい金属で覆ったハルワタートがそこから飛び降りた。


月面へ降り立つと、ハルワタートは地面に向けて手を伸ばす。

すると、そこで体が消えた。

彼は体を粒子に変えて、物質をすり抜けられるように改造を施した。

カーレッジの光子化を見て思いついた新しい技術だ。

もし元の体に戻ることができなければ、ハルワタートはそのまま霧散してしまう。

ひとまずは生命反応が続いているところを確認して、ブレインは安堵した。


チャイルドやホスロウ、グーラたちの戦いに目をやると、天界人のしぶとさはよく分かる。

上半身と下半身がちぎれても尚、魔法を唱え続けている。

グーラは途中でそれに気がついて頭を潰すようにしているが、ホスロウやチャイルドたちにその余裕はなく、回避するだけで精いっぱいだ。


アトルシャンの自動迎撃システムを、死にかけの天界人を狙うように、ごく弱い生命反応を標的に変えてブレインも立ち上がる。


「さて、ボクもみんなの手伝いに向かいますか」


ワープ装置を埋め込んである腕を掲げ、ブレインも月の表面の混沌とした戦場へと跳んだ。


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