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女になった魔王さま  作者: 樹(いつき)
第十六話 魔王さまと天帝
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ここでお別れだ

ゼオルは大雨の降り注ぐ中を、一陣の風となって駆けていた。

護衛隊のドルジからアークを見つけたと聞いて、誰も供に連れず、慌てて飛び出した。


(アーク、アーク! 無事でいてくれ!)


ゼオルは今までにしたことないような、悲愴な顔をしていた。

ただの人間にさらわれたのなら、これほど心を痛めることもなかった。


しかし、天界人となれば話は別だ。

バラバラに分解して自分たちの奴隷にしていてもおかしくない。

大怪我くらいならすぐに治せるが、体を組み替えられてしまっては、もう戻すことはできない。


雨の幕の中、遠くに光の柱が見え始めた。

二度と見ることはないだろうと思った、忌々しい天界の柱だ。


自分の体がこれ以上早く動かないことがもどかしい。


「我が忠実なる蒼き炎よ! 混沌より生まれし灰の器、金の杯、黒の小刀を捧げん! 回れ、回れ、回れ!」


走りながら、最大火力を出すための詠唱を続ける。

射程はおよそ五キロメートル。

もう少し近づかなければならない。


「汝の身を焼き焦がす七つの燐光! その命を鍵とせよ! 天地に捧ぐは我の腕!」


蒼い炎をその手に宿し、ゼオルは跳んだ。

ここからなら、山ごと吹き飛ばせる。


「不浄なる者よ! 灰塵すら残さず消え去れ! 『冥界の蒼炎プロクス』!!」


ゼオルの両腕から発せられた蒼炎の渦は、何もかもを一瞬にして蒸発させ、跡には何も残らない。

込められるだけの魔力を込めた特大の炎は、まるで子供が砂で遊ぶように、簡単に山へ大穴を開けた。


アークがいるかもしれないと思うと、光の柱へ直撃させることはできなかったが、そこをぎりぎりかすめる形で何もかもを吹き飛ばした。


露出した山肌には蟻のようにわらわらと、光り輝く天界人共が散っていく。

ゼオルは蒼炎を纏いながら、その群の中を燃やしながら突っ切っていく。


洞窟の中をまっすぐ進んでいくと、爆発の音が聞こえ始めた。

先行しているリンとハルワタートだろう。

ひとまずは合流して状況の確認をしたい。


広く大きな洞窟の空間で、天界人たちを相手に戦うハルワタートを見つけ、リンの姿を探すもここにはいない。


「邪魔だ貴様ら!!」


ハルワタートの周辺にいる天界人を純粋な魔力の波動で壁まで吹き飛ばす。


「おい白いの! リンはどこだ!」


ハルワタートは肩を大きく上下させて呼吸をしながら、首を振った。


「わからん。気がついたら消えていた」

「アークは!?」

「それもまだだ。この先にいるのだろうが、敵が多過ぎる」


まるで湧き出る水のように、洞窟から伸びるいくつもの通路から天界人たちは入ってくる。

この中を進むのは不可能だろう。


「奴らは柱から出てくる。末端の個体を潰しても無駄だ。ついてこい」


光の柱の方向は覚えている。

蒼炎を壁へ向かって放ち新しい穴を開けた。

通路が詰まって通れないのなら、新しく作ればいいのだ。


その先は、大きな縦穴になっていた。

暗い空の中へと続く光の柱からは、無尽蔵に輝く人形が生まれている。


「なんだ、これは……」

「天界人とはああいうものだ。放っておけば増え続ける」


ハルワタートが面を食らうのも無理はないだろう。

根本的に生物としての形が異なるのだから。


ゼオルは彼らの集まりへ向かってつかつかと歩み寄った。


「おい! 貴様らの頭は誰だ!」


彼らは口では答えず視線を一点に向ける。

光の柱の前にグローリアが立っていた。

何か魔法を使っているのか、雨は彼を避けて降っている。


「グローリア、アークを返せ。今なら楽に死なせてやる」

「返すも何も。アークは自ら選んだのだ」


ゼオルとグローリアの間に、光り輝く階段が現れる。

その最上段に扉が浮かび上がり、ゆっくりと開いた。


「アーク!」


アークは見たことのない濃紺のマントを着ていた。

付き従うようにして、三人の天界人が並んでいる。


「来たぞ、天帝さまだ」

「天帝……?」


話が読めない。

なぜ、と思ったが考えるのは後でもいい。


「何が起こっているのかわからんが、もういい。貴様らは全員抹殺だ。覚悟しろ」


ゼオルが火の粉を撒き散らしながら力を込めていると、ズン、と上から大きな力に抑えられる感覚がした。

そしてその力は次第に重く強くなっていく。


周囲にいる無数の天界人たちが、手の平を向けて呪文を唱えていた。

後ろにいたハルワタートはその一撃で地に倒れ伏せ、起き上がることもできなくなっていた。


「のうまくさんまんだばざらだん」

「ぐっ……」

「せんだまかろしゃだ」


合唱のような呪文が続くと、圧力はさらに増す。


「そわたやうんたらたかんまん」


ゼオルは立っていられず、地面に膝をついた。


――屈辱だ。

この魔法は知っている。

光の圧力で敵の動きを止めるためのものだ。

以前戦った時はまったく問題にならなかったものが、今はこうして抗い難い力となって降り注いでいる。


「アーク……!!」


視線をアークへ向けると、階段の上から無表情に見下ろしていた。

助けようとも声をかけようとも思っていないようだ。


顔を上げることすら全力を尽くさねばならないが、下を向くことは負けを認めるようで腹が立つ。


アークの隣にいる天界人が、何かをゼオルの元へ投げてよこした。

――頭を半分砕かれたリンの遺体が、ゼオルの顔を覗いている。


「貴様がやったのか……!!」


ゼオルは膝に手を当て、立ち上がる。


「アアアアアア!!」


ゼオルの理性は吹き飛んでいた。

大切な家族をこんな姿にされて、冷静でいられるはずがない。

たとえ満足に動けないとしても、今立ち上がらねば魔王としての矜持も失う。


そうしていると、アークが階段を降りてきた。


「帝さま、おさがりください。あれは下賎な地上の者。何をするかわかりません」

「いい。どいていろ」


付き人を止めると、アークは手の平を空に向けた。


「来い、天空の剣」


落雷のように雨を裂き、天空の剣がアークの手元へと飛来する。

ゼオルは体を支えるのがやっとで、アークの顔をよく見ることができない。

アークが目の前に来たのを感じて、ゼオルは顔を上げて精一杯の笑顔を見せた。


「ア、アーク。すぐ、助けてやるから」

「ゼオル、僕は天界に行く。あなたとはここでお別れだ」

「な、何を言っているんだ? 帰ろう、アーク。成人式だって、途中だっただろう。大丈夫、すぐにこいつらを皆殺しにして――ああ、殺すのは、無しだったな。わかっている。殺さない程度に懲らしめるから、だから……」


ゼオルは必死に声をかけた。

天界人のことはわかっているつもりだった。

あれだけ戦ったのだから、彼らが聞く耳を持たないことはよく知っているはずだった。


アークは雨を拭う様子もなく、ただ無表情にゼオルを見下ろしていた。

敵意ですらない、何の感情もこもっていない視線に耐えられなくなり、ゼオルは顔を伏せてしまう。


アークが近くに来たからわかってしまったが、操られている様子もない。

魔王であるゼオルには、相手が魔力に侵されているかどうか、見えてしまう。

だから、どうしようもなく、アークが正気で、自分の意思で今ここにいることがわかってしまう。


「――ゼオル」


名前を呼ばれて顔を上げると、肩口から袈裟斬りに、天空の剣が体を切り裂く。


アークは剣についた血を払い、踵を返す。

ゼオルは、呆然とその姿を見守っていた。

天界人たちから案内されるようにして、アークは柱の中へと入って行く。


彼らがすっかりいなくなっても、ゼオルはその場から動けなかった。

治癒の魔法をかける気力すらなく、雨と共に流れる血を止めることもなく。

薄れる意識に身を任せて、その場に倒れこんだ。


あのアークが、虫一匹殺すことを躊躇うアークが、リンの遺体を放り投げ、自分の体を切り裂いた。

もう二度と帰るつもりはないのだ。

だから、ああやって、ゼオルに対してきっぱりと拒絶を突きつけたのだ。


胸の中心に大きな穴が開いたかのようだ。


――もう、何もかもどうでもいい。

ゼオルは泥の中に体を沈め、目を閉じて、考えることをやめた。


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