落ち着きなさい
「アーク!! どこだ!」
フェルガウで、ゼオルの声が響く。
緊急事態により祭りは止まり、リンたち護衛隊は慌ただしく動き回っていた。
アークは、何の前触れもなく突然消えた。
祭壇の下から見ていた者たちの証言でも、それ以外に説明のしようがない。
グローリアとアークは、同時に、唐突に、まるで最初からいなかったかのように消えたのだ。
見ていた者の中にはブラドもいる。
だから、見間違いや、早すぎて見えなかったということはない。
ゼオルが取り乱し、大広場で暴れている。
リンたちはその被害も最小限に食い止めるよう、ノーシードを町の外れまで避難させる。
そこで襲われては元も子もないため、近衛兵も含めた彼らの護衛はブレインとゴートに頼んでおいた。
「ゼオル! 落ち着きなさい!」
「ふざけるな! これが落ち着いていられるか! アークが、アークがいなくなってしまったんだぞ!」
「だから落ち着きなさいって! 連れ去ったのなら、すぐに殺される心配はないでしょ!?」
「ころ、殺される……? アークが……?」
「だーかーら! 落ち着きなさいって! 魔力の痕跡は見えないの!?」
祭壇の上まで連れてきて、意気消沈するゼオルに現場を見せる。
ゼオルはへたり込み、さらに絶望的な顔を見せた。
「ダメだ……。何も残っていない」
「そんな馬鹿な。魔力痕って消せないんでしょ?」
足跡のようなもので、そこを歩けば必ずその人物の持っている魔力の痕跡が残るものなのだ。
しかしそれを見分けられるのは一部の魔族だけで、リンにもそれを手がかりに追うことはできない。
「とにかく、何か心当たりないの?」
「わからない……」
ゼオルはうな垂れて首を振った。
どうやら今は役に立たないようだ。
リンは眷属を使って周囲を調査するブラドにも聞く。
「ブラドさんは?」
「空間魔法による転移でもなさそうでした。不可視になり移動した可能性が高いです」
「でも魔力痕ないよ?」
「そこが不思議なのです。空を飛んだとて、魔力痕が全く残らないということはありえない……」
ブラドにも思い当たる魔法はないようだ。
このふたりにわからないものがリンに分かるはずもない。
「じゃあ、とにかく周辺を探してみるから。見つかったらすぐ報せる」
リンは祭壇を飛び降りて、町の中へ駆け出した。
いなくなったのは、何か目的があってのことに違いない。
だとすれば町中にいる可能性も低く、とにかく闇雲に探し回っても仕方ないと考えていた。
護衛隊の本部として使っている屋敷に行くと、ドルジが指揮をとっていた。
「今、どれくらい探せた?」
「町の半分といったところでしょうか。何の手がかりも見つかっておりません」
「ドルジはなんでアーくんがさらわれたと思う?」
ドルジは腕を組んで唸った。
「人質、でしょうか」
「それなら王を人質にとった方がいいでしょ。それほど大金を持っている家でもないし、見つかったら絶対殺されちゃうじゃん。リスクとリターンが釣り合ってなくない?」
「……たしかに、それはそうですが」
「これは私の推測なんだけど、勇者の血筋になんらかの恨みを持っている人がいたとして、アーくんをさらったとしたら、どこかに閉じ込めるはずよね? でも、この町にそんなところはないし、あれば探されてしまう。だから、近くの山や森に、そういう場所がないか調べてほしいんだけど」
自然の牢獄のようなところがないはずはない。
この近くには洞窟や洞穴が無数に存在する。
大昔に大地が変動して、そういう空間ができたらしい。
「でしたら、この近辺の地図ですね。危険そうな洞窟などはすでに我々が調べていますので、大きなものはこれくらいでしょうか。早速人を向かわせたいのですが……」
本部にも、もう人手は残っていない。
ドルジと数人の交代要員がいるだけだ。
「私ひとりで行く。ドルジは引き続きここで指揮をお願い」
「……了解しました」
ひとりでなら、全力で走り回ることも可能だ。
アークを見つけたら、戻って来ればいい。
「……待て。僕も行こう」
本部の奥から、眼帯をした銀髪の少年が出て来た。
ブレインの部下で、リンとも戦ったハルワタートだ。
「ハルワタート、いたの」
「いたさ。これでも隊員だからね」
左目は見えないが、彼にはリンよりも遠くまで見渡す機械の力がある。
さらに夜闇となれば、彼の独壇場だろう。
「ついてこられる?」
「ブレインさまのアップグレードを舐めるな。僕の身体能力はすでに君たちと並ぶほどになっている」
彼は槍のように長い銃を背負い、薄茶色の長マントを羽織った。
「緊急事態だから、これを渡しておく」
ハルワタートが手渡した鉛色の立方体を、ドルジはそっと受け取った。
「単なる記録装置だ。僕が本命を見つけたら、その場所がここに記録される。映像は、ここを押せば出るから、あとは地図と照らし合わせて応援をよこしてくれ」
「わかった。だが、無茶はするなよ。お前はまだ新入りなんだからな」
ハルワタートは肩をすくめた。
ドルジの面倒見の良さもあってか、彼は隊に入ってから馴染むまで、そう時間はかからなかった。
魔力のない彼にとって、我々の活動についていくことは決して楽ではなかっただろうが、やはりそこは戦場帰り、出遅れを巻き返すだけの気合はあった。
リンと張り合ったほどに卓越された体術を用いて、隊員の訓練にも一役買っている。
「行くよ、ハルワタート」
「ああ」
本部を出ると、雨が降り始めていた。
魔力を込めて、地を駆る。
衝撃波で触れた雨粒が弾け飛ぶ。
本気の走りについてこられるか不安だったが、背後を見ると難なくついてきている。
機械の力とはそれほどのものなのか、と感嘆するほかない。
最初の洞窟が近づくと、ハルワタートが言う。
「ここに生命反応はない。次だ」
「……そう、便利ね」
洞窟の入り口を通り過ぎて、森の中を走っていく。
中を調べる必要がないのは、リンにとってもありがたかった。
景色が飛ぶように過ぎていく中で、いくつかの洞窟や洞穴を通り過ぎたころ、突然ハルワタートが動きを止めた。
「見つけたの!?」
ハルワタートが指さす先は洞窟ではなく、井戸のような竪穴だった。
その入り口には見張りのような男が見える。
「星導協会のローブ……」
もはや疑いようもなく、大導師が犯人だ。
それどころか、星導協会そのものが、敵対組織だと言える。
「私が行く。周囲の警戒お願い」
「了解」
リンは着ていた服を脱ぐ。
氷結戦闘衣は体の魔力腺を通して体表に現れる。
脱着する必要はないのがこの装備のいいところだ。
「……ん? 何してるの?」
顔を背けているハルワタートに聞く。
「いや、見るのも悪いだろう」
「そう? 変なの」
見張りは背中を見せたままこちらには気がついていない。
リンはトン、と一歩の跳躍で音も無く近づき、背後から首に腕を回して絞め落とす。
井戸を覗きこむも、中は真っ暗で何も見えない。
「あ、ドルジには――」
「もう伝えた。しかしここまで来るのはそう容易ではない。どうする?」
「あまり悠長にしている場合じゃないし、行くべきでしょう。どの道、この小さな穴にはそうたくさんの人間は入れないし。それより、この中見える?」
「ああ、問題ない。底から横穴になっているようだ」
リンの目には何も見えないが、彼にはしっかりとその景色も見えているようだ。
ハルワタートが先に飛び降り、その後を追って、リンも穴へと飛び込んだ。




