表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女になった魔王さま  作者: 上辻樹
第十五話 貴族と勇者の町
80/103

人の役に立っていますよ

「ごめんください」


ルフレオは、フェルガウの一番高い場所に立つ大きな屋敷の前にいた。

背よりも高い、鉄の門は開け放たれているが、入るのに躊躇して、門の外から声をかけた。


「はーい!」


間を置かず、何やら元気のいい返事が庭から聞こえた。

黒いドレスのようなメイド服を見にまとった、文字通り透き通るような肌をした白い生き物が、笑顔で駆けてくる。


(魔族のメイド……? プライドの高い魔族が……?)


奉仕する仕事をやっている魔族は、王都ではあまり見かけない。

どちらかと言うと、力仕事をしている方が多いイメージがある。


「どちらさまですか?」

「あの、私はルフレオと申します。昨日、アークさまにお世話になったので、そのお礼を、と」

「ふんふん、なるほど。少々お待ちください!」


彼女は屋敷へ駆けていく。

大雑把なところは魔族らしいが、大きな屋敷のメイドとは思えない所作だ。


しばらくして彼女はアークを連れてきた。


「ルフレオさん、こんにちは。中へどうぞ」

「はっ! それ私の仕事ですよね!?」

「ああ、そうですね。ラメールさん、彼女を客間に案内してもらえますか?」

「承知しました! では、どうぞ!」


ラメール、と呼ばれた彼女は、大げさにルフレオの手を引いて行く。

あまりにも困惑して何も言えなかったが、彼女はメイドと言うよりは、メイドごっこと言う方がしっくり来る。


しかし、アークがその様子を咎める様子はない。

つまり、基本的にこうなのだろう、と予想はつく。


客間に通されると、さすが、絢爛豪華な調度品の数々が並んでおり、これぞ首長の屋敷という雰囲気が漂っている。

長机を挟んで、ルフレオはアークと向かい合って座った。

ラメールが紅茶を準備して、ようやく雰囲気だけはルフレオの知っているものと一致した。


「アークさま、昨日はお世話になりました」

「顔を上げてください。僕は何もしていませんよ。それに、『さま』はやめてください。そんなに偉い人じゃありませんから」

「いえ、礼儀ですから」


アークは困ったように笑って、頬を指先で掻く。


「私、昨日早速お菓子を焼いてみたのです。お口に合うかわかりませんが、よろしければお受け取りください」


私の取り出した布の包みを、ラメールが開く。

その中からスコーンが現れたのを見て、彼女の黒い瞳が輝いた。


「これ、何ですか!?」

「スコーンという焼き菓子です」

「おおおお、スコーン……!」


子供のような反応をする彼女に、アークはまた何も言わず笑っている。

皿に取り分けるため、彼女が部屋から出て行くと、ルフレオは耳打ちするように、そっとアークに聞いた。


「アークさま。ずっと気になっていたのですが、この屋敷には、彼女とふたりで暮らしているのですか?」


屋敷の中にも外にも、他のメイドは見かけなかった。


「いえ、みんな今、王都に行っていて留守なだけですよ。さすがにこの広い屋敷にふたりでは寂しいですから」

「王都に?」

「ええ。会議に出席するため、ですね」

「アークさまは欠席なのですか?」

「あはは、僕はまだ子供ですから、連れて行ってはもらえないんです」

「そんな、だってもうすぐ成人でしょう? 成人した途端にやれって言われたって、できるわけ……」


ルフレオはそう言って気がついてしまった。

多分、彼はこの先も政治に関わらせてはもらえない。

そしてアークも、わかっているのだろう。


過保護な義母は、この屋敷の中で大切に育てられた彼を、貴族たちの小競り合いに晒したくないのだ。

彼のような良い人であれば、利用されることだってあるだろうし、情に訴えれば頼みごとを容易く引き受けてしまうだろう。

それはあまりにも、政治的な駆け引きに向いていない気質だ。


「スコーン用意できましたよ!」


ラメールが勢いよく登場する。

両手に乗った平皿に、ルフレオの焼いたオートミールのスコーンが綺麗に並べられていた。


「美味しそうですね。ジャイジルさんにはもう届けたのですか?」

「このあと向かおうと思っていたところです」

「そうですか。喜んでもらえるといいですね」


彼はそう言ってスコーンを手に取った。

取り皿の上で小さく割り、口へ運ぶ。


「ん、美味しいです!」

「身に余る光栄です」


隣で、ラメールが目を輝かせてスコーンをじっと見ている。

その子供のような顔に、ルフレオはフッと笑って言った。


「あなたもよろしければ頂いてください」

「い、いいんですか!?」


アークへ伺うように顔を向けると、彼も頷いた。


「ありがとうございます! いただきます!」


ラメールは喜んでひとつ手に取ると、大口を開けて丸呑みにした。

ルフレオが驚いて固まっていると、アークが小さな声で言った。


「ラメールさんはイカなんですよ」


ルフレオはさらに困惑する。

魔族ではなくイカだと言われても、全く意味不明だ。


さて、と話をする準備を整えるためか、アークは彼女を部屋の外へと出す。

少し他愛ない話をしたあと、ルフレオは本当の目的を切り出した。


「アークさま。ひとつ、お聞きしてもよろしいですか」

「何ですか?」

「もし、私がとても困っていることがあると言ったら、助けてくださいますか」


アークは、すぐには返答しなかった。

うーん、と唸ったあと、姿勢を前屈みに変えた。


真面目な話をする時、人間は姿勢を乗り出すことが多い。

だから、ルフレオには彼が真剣に考えてくれていることがわかった。


「それは、あなた個人のことですか? それとも、ジャイジルさんやあなたの、お家のことですか?」


それだけで、質問の意図をルフレオは理解した。

個人であれば協力できるが、家のことは手伝えないと言うのだろう。


「どちらも、起こりうる話ではあります」

「……そうですか。率直に言って、僕が僕の立場であなたに加担することはできません。王家と僕らの間の密約のため、公に言えることはとても少ないのですが、端的に言えば、政略に手を貸すことはできないことになっています」


アークもあまり言いたくないことなのだろう。

終始、苦々しい顔をしていた。


「……ですよね。わかります。勇者の後ろ盾を得たなんて言ったら、王家と勇者家の派閥争いになるでしょう。無意味な争いを生むことになります」


ルフレオは息を大きく吸った。

震える手を握りしめて、言葉を続ける。


「ですが、そうでもしなければ、当家は滅んでしまいます。それが、私には耐えられないのです」

「……ルフレオさん」


アークは真っ直ぐにルフレオの目を見ていた。


「貴族でなくなることを恐れる気持ちはよくわかります。立場を失うような感覚があるでしょう。しかし、実際は、爵位を失っても何も変わりません。ルフレオさんの人生に及ぼす影響なんて、微々たるものです。自分の手に届く範囲で、幸せを探してください。僕も手伝いますから」


アークの言葉を、ルフレオは噛み締めた。

貴族でなくなったなら、いくらでも支援できることを暗に匂わせている。


「……それでも、私は戦わずに逃げる道は選びたくない」

「ルフレオさんは、もう十分に戦ったのではありませんか?」

「何を知っているんですか。私の、何を」


ルフレオは声を荒げず、消え入りそうになりながら言った。

彼には何もわからないだろう。

だから、ここで感情的になっても、どうしようもない。

諦観の入った言葉だった。


しかし、それを聞いたアークは首を振った。


「すみません。本当は、知っています」

「え?」

「家のことはジャイジルさんから聞いていました。ルフレオさんのご両親に、爵位を返還するよう言ったのもジャイジルさんです。身の丈に合わない生活をさせてしまった、と悔やんでいました」

「そ、そんなこと、私は一度も……」

「どう伝えたらいいのか、わからなかったのでしょう。ジャイジルさんはあの通り、あまりよく喋る方ではありませんから」


ルフレオは、返す言葉を考えていたが、何も浮かばない。

祖父は味方だと思っていたから、強気でいられたのだと、今改めて思う。

自分を支えていてくれた柱が、ガラガラと音を立てて崩れていく感覚がする。


「……何、それ。バカみたい」


一言呟いただけで、体中の力が抜けた。

張っていた糸が切れ、哀れにも、マリオネットは舞台の上に横たわる。

もう、自分の力では起き上がることはできない。

拠り所にしていた糸はもうなく、自分は何のために必死で踊っていたのか、わからない。


「は、ははは。おじいちゃん、言ってくれたらよかったのに。そうすれば、私は、こんなバカなことやらなくても……」

「そんなに卑下することはありません。ルフレオさんが行動しなければ、ジャイジルさんはすでに死んでいました」


祖父の周辺に密かに監視を配置したのは自分だ。

その彼らが、祖父が自宅で倒れたところを発見したため、医者を呼ばせたのだ。

彼がそれを知っているということは、祖父も知っているのだろう。


「ルフレオさんは立派なことをされたのです。人の命を救うこと、殊更、それが自分にとって大切な人であるならば、とても尊い行いです」

「……どんなに立派だったって、人の役に立てなければ、王都に居場所はない」


貴族が生活するには、領民からの税収も必要だ。

税収を得るには、人心が必要。

そのためには、人々にとって、益のある人物でなければならない。


「ルフレオさんは人の役に立っていますよ」


アークはソファに深く座ってそう言った。


「だから、なんでそんなことまであなたに……」

「そうじゃないと、これだけの人に追われたりしませんよ。きっと、ルフレオさんのやっていることが、意味のあることだから、邪魔に思う人がいるんです」

「――え?」


バタバタ、とラメールが勢いよく扉を開く。


「アークさま! 屋敷の外に五名ほどの怪しい人物を見つけました」

「は? なんで?」

「言ったじゃないですか。王都にいる貴族の誰かから、殺したいほどに邪魔だと思われているんです。こういうこともありますからね。僕が貴族を降りた方がいいと言っているのは、そういうことですよ」


アークは焦る様子もなく、紅茶を飲んだ。


「ちょ、ちょっと!? 五人もいるんでしょ!? 早く衛兵に連絡を!」

「大丈夫ですよ。普通の人でしょう?」


アークは笑顔を崩さない。

自信とも、不敵とも違う。

彼にとって、まるで何でもないことであるかのように。


そうこうしているうちに、玄関の方で物音がした。


「は、入ってきた!?」

「落ち着いてください。ラメールさん、ここまで全員案内してください」

「はい!」


ラメールが意気揚々と出て行く。

もしかして、と嫌な予感がルフレオの脳裏をよぎる。


「裏切ったな!?」

「違いますよ。暴れて家を壊されたら嫌でしょう?」

「だから、私を無償で引き渡そうってことなの!? ふざけないで!」


立ち上がろうとしたルフレオは、体が動かないことに気がついた。

ソファと体が、まるで密着してしまったかのように、動けない。


「落ち着いてください。絶対、無事で帰しますから」

「こ、こんな状況で落ち着けるわけないでしょ!?」


開け放たれた客間の扉から、ラメールが入って来る。

その後ろから、五人の怪しげな男たちがぞろぞろとついてきた。


「ご案なーい!」

「ほ、本当にいやがった……!」

「ルフレオ、覚悟!」


男のうちのひとりが、ナイフを構えてルフレオに突撃しようとする。

しかしすかさず、太い触手が彼の腕を掴んだ。


「ダメですよー」

「な、てめえ! 裏切ったのか!?」

「私、味方だと言った覚えありませんよ」


その一言を皮切りに、乱戦が行われるのだと察して、ルフレオは身構えた。


「だから、ダメですって。あなたたちを屋敷にいれたのは、暴れさせないためですよ」

「う、動けねえ! なんだ!?」

「ガキ! 何しやがった!」


何が起こったのか、とルフレオが目を凝らすと、それに気がついた。

アークの背後に立てかけてあった白い剣の鞘から黒い影が伸びて、彼らの足元を繋いでいた。


「闇魔法……」

「ルフレオさん、よく気がつきましたね。その通り、闇の魔法です。だから、これは力でどうにかできるものではありませんよ。身体に流れる魔力を縛っているので」


闇の魔法は魔力を吸い、捕え続ける。

様々にある属性の中でも、唯一『負の属性』を持つのが、闇魔法だ。


祖父から聞いたことがあるのは、これを使える人間は限られているということだ。

その希少な人間がここにいたなんて。


「魔力を縛るってんなら! 魔力の流れが整理されてねえ混血の俺にはきかねえな! 死ね!」


男の中のひとりが、バッと飛び上がり、鋭い爪をルフレオに向ける。

次の瞬間、彼の姿が消え、まるで光景に対して、音が遅れて聞こえてくるような感覚がした。


「あっ! あっ! ご、ごめんなさい! つい!」


床に、大穴が開いていた。

ラメールの背から伸びた、白くて太い触手の一本が、穴の奥から混血の男を拾い上げる。

気絶しているらしく、ぴくりとも動かない。


それを見て、男たちが引いているのを見たのか、アークは動けない彼らにゆっくりと顔を向けて微笑んだ。


「今の叩きつけ、見えた人いますか? 次に挑戦したい方がいたら、挙手をお願いします」


客間は、静寂に包まれた。

ひとり、床に大穴を開けてしまったラメールを除いては。






「……では、今日のことはよく覚えておいてください」


ひと通り、襲撃した彼らをこの町の自警団へと引き渡す準備を終わらせて、アークは言った。

リンが言うには、彼らはよく訓練された暗殺者部隊のようだった。

あまりにもラメールの触手が衝撃的だったせいで、彼らの力量など考えることができなかった。


屋敷の前で、アークはスコーンのお礼と、貴族でさえなければ支援は可能だということを、念押しするように言った。

ルフレオには、もう彼に文句を言うこともできなかった。

それくらいに、彼の下にいれば、安心できることがわかったからだ。


祖父や、大導師含む星読みたちが、彼に入れ込むのもわかる。

何か、そういう魅力や包容力があるのだ。


勇者の血筋というものの魔力なのかはわからないが、彼が政治に参加すると、大変な騒ぎが起こるということだけは理解できた。

恐らくは対立どころではなく、王都の八割くらいは引きつれることができるだろう。

だから、支持したいのであれば、この町に住むことが一番良いのだ。


貴族を辞めることは、そう簡単ではない。

信用できる人間に引き継ぎをする必要だってあるし、手続きは山のように必要だ。


でも、たったそれだけで、彼が王であるこの町に住むことができるのなら、いいかもしれない。


そのことを祖父に相談すると、生まれて初めて見るような、心底嬉しそうな顔をした。

今わの際になって、初めて祖父のことが少し分かった気がした。


来年、アークの成人式が行われる。

その時までには、フェルガウへ来られるように準備しておこう。


ルフレオは、王都への帰路を進みながら、そう考えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ