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女になった魔王さま  作者: 樹(いつき)
第一話 魔王さまと異世界からの来訪者
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僕にやらせてください

アークは真っ白な部屋で目を覚ました。

鋼鉄の硬い椅子へ座らされて、手足は鋼の輪で固定されている。


(知らない魔法だ……。ゼオルさんの目を盗んで一瞬で場所を移動させるなんて)


未知の技に感心し、アークは周囲を見渡した。

継ぎ目のない真っ白な天井と壁で、すぐ近くにあるようにも見えるし、無限に続くようにも見える。

自分と自分の座っている椅子のほかには何もなく、どうやって灯りを確保しているのかもわからない。


(ゼオルさん、大丈夫なのかな。負けることはないと思うけど……)


人間との戦いを見るのは初めてではないし、ゼオルは誰が相手であっても、手加減して圧勝できるくらいには強い。

しかし、心配しないこととは別の話だ。


リンやゼオルが怪我をしないことを祈っていると、壁の一部が四角に開き、白衣を着た痩身の男が入ってきた。


「やあ、体調はどうだね?」

「ええと、元気です」

「ははっ、君は緊張感がないね」


彼はそう言って笑った。


「僕はブレイン。ここアトルシャンの主だ。君たちの言い方なら、王とでも言うべきかな」

「はじめまして。僕はアークと言います」


ブレインは肩をすくめる。


「君はなんでそう落ち着いているのかな」

「……なぜでしょうか。僕もよくわからないのですが、この状況でもあんまり怖くないんです」

「死なないと思っているということかい?」

「かもしれません」


即答したアークに、ブレインは明らかに苛ついていた。


「君はめぐまれた環境で生きてきたのだろう。コウモリからある程度の話は聞いたよ。君は勇者と呼ばれる血筋の末裔なんだって? 大事に育てられたんだろうね」


アークは何も言わなかったが、ブレインは興奮した様子で話を続ける。


「何も努力せず、与えられた平和をむさぼり、ただ安穏と暮らしてきたから、自分の命が担保されてると思っている。この世界はもう何百年も争いごとがなかったんだろう? ふざけるな! ふざけるなよ……」


言い切ったブレインは、ふらふらと床へ座り込んだ。

あまりの温度差に、どっと疲れてしまったのだろう。


「……ブレインさんは、どういう世界で生きてきたんですか?」


アークが聞くと、ブレインは顔をあげずに、ぽつりぽつりと話し始めた。


「僕の住んでいた世界は、何千年もずっと戦争を続けている。もう誰も何のために始まった戦争なのか知らない。みんな、自分の持っているものを奪われないために、ただ守るためだけに、人を殺している。文明が発達したおかげで、子供から大人まで、誰でも指先ひとつで人を殺せる世界さ。笑えるだろう?」


ブレインは力なく手を動かす。


「住む場所を失った人を集めて、僕はこの城を作った。でも、勝ったものがすべてを手に入れる世界では、強いやつはなんでも持っている。僕らが勝つには戦力が足りず、逃げるしかなかった。この世界で、また人を集めて、僕はあの世界に帰る。そして、今度こそ……」


そのあとに言葉は続かなかった。


「戦争を、続けるんですか?」


アークの質問に、ブレインはかぶりを振った。


「戦争に勝たなければ、やっと手に入れたこの城だって失うことになる」

「帰らずに、この世界で暮らしてはいけないんですか?」

「……馬鹿なことを」


「僕らも昔は種族同士の殺し合いをしていました。でも今は、仲良く暮らしています。あなたたちだって、一緒に暮らせるはずです」

「君は自分の生活の裏で、どれだけの人が支えているのかわかっていないのか?」

「……知っています。ゼオルさんやリンさんが、争いの芽を事前に摘み取っていることも。だから、言えるんです。この世界は、平和を維持するために、努力を惜しみません。ブレインさんだって、わかっているでしょう?」


自分の手でやっていない以上、詭弁でしかないのだが、平和の維持と終わりのない争いに身を投じることの、どちらがより良い選択であるか、その判断がつかない人だとは思えない。


「……君はこれから脳を解剖する。せいぜいこの世界の知識を僕らの役に立ててくれ」

「かまいません。やってください」


毅然とした態度で、アークは言う。

むしろ捕まえてすぐに殺さず、今まで生かしてもらえていることがありがたいことであるとすら思っていた。

だから、解剖すると言われても、否定する気にはならなかった。


「ッ! 君は、なぜそうやって涼しい顔でいられるんだ! 今から死ぬんだぞ!」

「……最後に、あなたの話が聞けてよかったです」


そう言って笑いかけると、ブレインは泣きそうな顔を見せた。

そうしていると、地響きがなり、部屋が大きく揺れた。


「はははははははは!」


聞き覚えのある笑い声が聞こえ、ブレインは慌て出した。


「何だ!? 何が起こっているんだ!?」

「すぐに逃げた方がいいかもしれません。あの声はゼオルさんです。それも、完全に怒っている時の……」


ああやって笑っているときのゼオルは怖い。

前に一度、アークを傷つけた悪人に対しても同じような反応を見せ、その時は山がひとつなくなった。


ブレインは走って部屋から出ていく。

逃げたのか、迎撃の準備に向かったのかわからないが、入れ替わるようにして部屋の壁が崩壊して、青い火の粉をまき散らしながら満面の笑みを浮かべるゼオルが現れた。


「ゼオルさん、僕は大丈夫ですから、落ち着いてください」

「何を言う。オレは冷静だ」

「『オレ』が出てますよ。あの、とりあえずこれを外してもらってもいいですか」

「ああ、すぐ外す」


ゼオルが拘束具を引きちぎると、アークは手首や足首に異常がないことを確認してまた笑みを浮かべた。


「さあ、あとひとり殺して終わりだ。すぐに帰ろう」

「ダメです、ゼオルさん。殺さないでください」

「殺さない? できないなー!」

「ゼオルさん!」


不気味に笑いながら、ブレインのあとを追おうとするゼオルの背中に、アークは抱きついた。


「僕にやらせてください」


そう言うと、ゼオルは笑うことをやめ、しばらく真顔でアークを見つめたあと、火の粉を収めた。


「本当に、やれるのか?」

「やります。僕がやって、あの人を説得しないといけないんです」

「……わかった。しかしお前ひとりで向かわせることはできない。我も共に行く。なに、殺しはしない。最後の一撃はお前にくれてやる」


ゼオルは手の平から天空の剣を取り出し、アークへ渡した。

アークの身長よりも大きな剣は、なぜだか空気のように軽かった。


「勇者の血筋であるお前なら、この剣の力を使える。今まで戦うことなどないだろうと思って渡さなかったが、こういう時は必要だな」

「ありがとうございます!」


アークが礼を言う間に、ゼオルはもう一本、血のように真っ赤な剣を取り出した。

天空の剣と対を為す魔族の剣『ゴウエンマ』はごつごつとしており、光沢のない紅の刃をしている。


「お前が何をどう選択しようと、我は関知しない。好きにやれ」


ゼオルは肩に剣を担ぎ、そう言った。

アークは天空の剣を両手で持ち、斜め下に構える。


剣の持つ能力『引き継がれる力アチーブメント』は、初代勇者の持っていた能力を貸してくれる。

そのうちのひとつである敵意感知が発動し、何か大きなものがこちらに向かってきていることを報せていた。





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