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女になった魔王さま  作者: 上辻樹
第十四話 最古の魔女と木の仮面
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素晴らしい

カーレッジの部下のイトラは真面目な男であった。

猿人との混血で、バカにされることの多い見た目に反して、知識欲や学習能力は高く、その辺の人間などでは比較にもならない。

学校に入ることができれば、それなりに優秀な成績を残せていただろう。


しかしこの度、カーレッジに同行したものの、商談はカーレッジともうひとりの部下である口の上手いフトレが行う。

自分はただ護衛についてきただけだ。

体格に合う大きく威圧感のある長柄の武具を持ち、カーレッジたちの商談が終わるのを、問屋の外で待っていた。


暑い日差しの中、汗を滝のようにかいているが、疲れた様子は見せられない。

カーレッジの部下である以上、求められる振る舞いがある。

そして、それができると信じられているから、同行を許可されているのだ。


「イトラ、ココナッツをあげよう」


カーレッジの生前の妻である黒魔女が、ココナッツを投げて渡した。

どうやら初日に食べて以来、妙なハマり方をしているようだ。


「かたじけないです、奥方さま」

「暑い中大変だろう。私は魔力で体温管理をしているが、君らはそうもいくまい」


イトラは乾いた笑いで返す。

魔族と人間の混血は、得てして魔力の調整が苦手だ。

魔法の施行は訓練すれば可能だが、体調管理などの細かい制御は非常に困難である。


「奥方さま、それはいったい?」

「これはな、昨日カーレッジに買ってもらったものだ」


キテラは手にした木の仮面を見せびらかすようにひらひらとはためかせた。


「怪しい仮面ではあるが、昨晩つけても何も起きなかった。つけてみるかい?」

「ははっ、お戯れを」


何か起きることを期待したのか、とはイトラは聞けなかった。


「奥方さまはこのような道具に造詣がおありで?」

「知識だけはね。しかし種類が多いせいでなかなか全て把握するまではいかない。だから実験がしたかったのだが、君が思ったよりも賢い人間だったから当てが外れたよ」

「私が被らないとわかって仰っているのでしょう?」

「それはどうだか」


キテラの行動はカーレッジに迷惑をかけない範囲と、彼女の絶対的な理念のもとで決まっている。

それを考えれば、大事になるようなことはするはずがなかった。


ふたりが立ち話をしていると、カーレッジとフトレが店から出て来た。


「宿に帰るぞ」


カーレッジはそれだけ言って歩き始めた。

結果を多くは語らないが、その姿を見る限り、どうやら上手くいったようだ。

そう思っていると、フトレがイトラへと耳打ちする。


「ボス、やっぱナメられてたみたいで、高額ふっかけられたぜ」

「どうやって相手をなだめたんだ?」


「そりゃ、ボスはそんなこと想定してる。さすがだったぜ。やつらの脱税の証拠を突きつけてな」

「でも、契約は対等で結んだんだろ?」

「そこがボスのすげえところだろ。必要以上に欲をかかないところがな」


手札をとっておいたのは、裏切りを防ぐためだろうか。

脅して金をむしり取るよりは、長く関係を続けさせる。

その方が、結果的には多くの利益を得られるのだろう。


カーレッジの先を見据えた行動に舌を巻き、感嘆する。

この人についていけば間違いないのだ。


カーレッジとキテラについていくようにして大通りを歩いていると、脇道から飛び出た少年がキテラにぶつかりかけるのが見えた。

その瞬間にキテラは陽炎のようになり、少年はキテラの体を突き抜けて、地面に倒れた。


「何だ?」


キテラが首をかしげると同時に、彼はばっと起き上がって走り始めた。

その手には、木の仮面が握られている。


「ひったくりか!」


カーレッジが叫ぶと同時に、キテラの指から黒い塊が発射され、少年の足を捕える。

その拍子に、バランスを崩して地面へと倒れ伏した。


「人のものを盗るのは感心しないね」


キテラが黒い闇の塊を使って少年を起こそうとすると、バチン、と跳ね上がった。

子供とは思えない勢いで空中を跳ね、片足で着地する。

その顔には、木の仮面がしっかりとハマっていた。


イトラとフトレはカーレッジたちを庇うようにして間に立つ。

少年は片足のつま先で立ち、もう片足を曲げて、絶妙なバランスを保ったまま、こちらをじっと見つめている。


「素晴らしい。私には何も起きなかったのは、抵抗の違いか?」


キテラの口角が上がっている。


「……失敗、した」


明らかに老人の声で、子供は不気味に呟く。


「君の名前を教えてくれないか? なんと呼んだらいい?」


キテラはマイペースに質問を続けるも、仮面は沈黙を貫いている。


「わかった。では君のことは翁と呼ぼう。仮面がお爺さんっぽいからね。翁、君は何者なんだ? いつの時代からその仮面にいる?」

「……飼い犬から手を噛まれた。あれは失敗だった。もっと、心を縛る必要があった」

「会話の成立しない人だね。まあ、いいか。それで、その子は返してくれるのかい?」

「今度は、やり方を変えよう」


上げていた片足を地面についたかと思うと、爆薬のように地面が弾け、凄まじい勢いでイトラに迫る。

しかし、イトラには決して捕らえられない速さではない。


トリアムにいる混血の仲間の中にはもっと早いものがいくらでもいる。

普段の戦闘訓練のおかげもあってか、これ以上ない完璧なタイミングで、イトラの左手が翁の面を掴む。


(とった――――!?)


突如、左手の感覚が消える。

警戒はしていた。

しかし、視覚外、それも真下から上に向けての刃物には何の反応もできなかった。


イトラは左腕を失ったが、ひるまなかった。

それはカーレッジからずっと言われていた『一発で殺さなかったことを後悔させてやれ』という精神を、愚直なまでに守っていたからだ。


刃物に視線を向けると、空中を舞う剣が見えた。

魔法の詠唱に気がつけなかったのは、仮面で顔が隠れているせいだろう。


一度通り過ぎた剣が戻ってくるまでは数秒ある。

イトラは翁が地面へ到達する前に、右足で蹴り飛ばそうと、左足を強く踏み込む。


それを察してか、翁はおもむろに仮面を外して投げた。

もう蹴りの体勢に入ってしまったイトラは止まれない。

眼前に迫る木の仮面。


(避けられん!)


仮面は顔に吸いつくようにして張りついた。

咄嗟に剥がそうとするも、まるで皮膚の一部のようになってしまい、剥がそうとすれば顔ごと失ってしまうことが予期できるほど、しっかりと組みついていた。


『重要なのは色だ』


翁の声が頭の中に響く。


『紅の華、金の葉、銀の果実。神樹を以て大義を成さん。我が命を受領せよ』


まるで奥から湧き出てくるように、鈍い頭痛がどんどん大きくなる。

視界が烟る。

天地が歪み、上下も分からなくなり、イトラは頭を抱えて丸まった。



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