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女になった魔王さま  作者: 樹(いつき)
第十四話 最古の魔女と木の仮面
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わかってくれると信じていた

すがすがしいほどに、秋晴れの空だった。

馬車の窓枠に肘を預け、キテラは外の景色を眺めていた。


今日はいつもの真っ黒なローブは着ておらず、フード付きのワインレッドの外套と、光沢のある金のワンピースだ。

本当はあまり派手な格好はしたくないのだが、カーレッジから仕事に付いてくるなら着がえろと言われ、渋々着たものである。


そのカーレッジは、向かいの席で腕を組んで寝息をたてている。

カーレッジの組織は仲卸業もやっており、その新しい流通の開拓のためにバールという町へ向かっているところだった。

自前の馬車の後ろには、部下のふたりがそれぞれ馬でついてきている。


一昼夜をかけて、一行はバールへと到着した。


「スパイスの匂いだ」


キテラは馬車から降りながら言う。

宿の前からではわからないが、大通りでは露店が並んでいると聞く。


「バールは香辛料の生産が盛んな地域だ。水があんまり良くなくてな、安全に飲むために飲み水と香辛料を一緒に煮るんだよ」


カーレッジも馬車から降りて、馬や荷物のことを部下に指示した。


「それは、味のついた水にならないのかい?」

「なるよ。そういうもんなんだよ」


誰もか彼もが魔法で水を出せるわけではない。

貧しい地域であったなら、魔法に対する学びも足りなくて、水を得ることはさらに難しくなる。

今となっては栄えた町であり、無色透明な水も手に入るものだが、大昔から味のついた水を飲んできた彼らにとっては、飲み水とは味のついているものなのだろう。


「商談は明日だ。今日は適当にぶらつくぞ」

「彼らは待たないのかい?」


「一緒に歩いたら目立つだろ。お前忘れてるかも知れねえけど、オレさまは今子供だぞ」

「ああ、そうか。私にはどうしても君の姿は以前のままに見えてしまう」


カーレッジは肩をすくめて歩き出した。

その後ろ姿ですら、キテラには大きな背中に見えている。

実在しない、触れられない、すでにこの時間には存在しないカーレッジの姿が、キテラの目には今のカーレッジの身体と重なって見えている。


真実を見せる目は、時に残酷だ。

一度無くした大切なものを目の前でちらつかされて、離れることなどできるわけがない。

カーレッジの負担にはなりたくないし、今の自分ならなることはないと思えるが、それでも、思い通りにいかないもどかしさは感じていた。


大通りに出ると、圧倒的な熱気に、キテラは気圧された。

おそらく、ここは香辛料の聖地なのだと、その様子から悟るには十分だった。


簡易的なテントの下で、大きなカゴにいくつもの種類の香辛料が入っており、量り売りをしていた。

野菜や果物も、今朝取れたものらしく、みずみずしいものばかりであった。


しかしキテラは料理をする方ではないし、それはカーレッジも同じだ。

だから、ここで買う物はとくにないのだが、雰囲気を味わいたくて、カーレッジに頼んでココナッツのジュースを買ってもらった。

緑色の果実に穴を開けて、そこから飲む野性的なものらしく、その見た目が気に入ったのだ。


「……ん?」


キテラは少し飲んで、すぐに口を離した。

まず、果実にしては美味しくない。

甘みもほとんどなく、水を詰めたのかと思うほどだ。

店先に積まれていたから当たり前だが、果汁がぬるい。


つまるところ、これは、常温放置された水だ。


「なんて顔してんだよ」

「いや、なんというか、思ったほどではなかった」

「まあ、普段良い果物食べ慣れてると物足りないわな」


そう言って、カーレッジはキテラからココナッツを取り上げる。

そして、腰のポーチからナイフを取り出すと、ココナッツの穴を広げて、中の果肉を削いだ。


「中身の方が美味いぞ」

「……ん、なるほど。これなら分かる」

「何がだ」


シャキシャキとした食感と、仄かな甘みがある。

しかし、好んでたくさん食べるようなものでもないような気がした。


「これはアケディアにあげよう」

「食い止しじゃねえか。新しいの買ってやれよ」


ふんふん、と適当に返事をしながら、キテラは食べかけのココナッツを闇の穴の中へと放り込んだ。

この中はポケットになっており、物が無制限に入れられる。

穴より大きなものは入らないが、小物を持って歩くには便利なものだ。


ぶらぶらと歩いているうちに、ふと、キテラは一軒の土産屋が気になった。

民族的な彫り物や飾りの中に、ひっそりと並べられた木の仮面に、目を引かれた。

手に取ってみると、一本の木から掘り出したものであることがわかり、その内側にはびっしりと文字が刻まれている。

さらに、微量ながら魔力を感じた。


「何だその気持ち悪いものは」

「カーレッジ、この文字を見たことはあるかい?」


カーレッジは仮面の裏を見て顔をしかめる。


「……呪詛だな。古代語だ」

「命の定着、容器。そんな意味の言葉が書かれている。この仮面を作った人は何者なんだろうね」

「悪趣味なやつだろ。いいから置いとけよ」


キテラは面を受け取って、カーレッジへ手のひらを差し出した。


「は?」

「お金」


カーレッジは無言でキテラが手にした面を掴む。


「離せ。返してくる」

「いやだ! 買う!」

「やめろって! そんなもん買ってもろくなことにならねえから!」


キテラがあまりにも本気で掴んでいるため、カーレッジが引き剥がそうとしてもビクともしない。

やがて見物する人間が出始めたところで、カーレッジが手を離した。

大きなため息をつき、キテラへお金を渡す。


「お前、絶対ちゃんと管理しろよ。何かあったらすぐ叩き割るからな」

「ありがとう、カーレッジ。わかってくれると信じていた」

「どの口が……」


キテラはご機嫌な様子で木の面を購入し、店を後にした。

禍々しく不吉な雰囲気があるとはいえ、自分に御せられないものではないだろうと、キテラはたかをくくっていた。


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