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女になった魔王さま  作者: 樹(いつき)
第十三話 天候の竜と星の降る夜
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私の息子だ

温まったことで眠くなったアークはそれから一度横になって、夜に目を覚ました。

ラメールは起きなかったが、せっかく屋敷からも離れているし、彼女も疲れているだろうから、そっとしておくことにした。


ひとりで暖かい飲み物を作って、椅子に座って星を眺める。


夜空にはたくさんの星がある。

あのひとつひとつは、死んだ人の命であると、星導協会の学者から教えてもらった。

天を覆い尽くすほどの人の意思は、地上に降ることがある。

そういった『星降り』は、死者が新たな生を受けて、この世界に生まれ直すときに発生するものだ。


「起きていたのか」


エキドナが背後から優しい声をかける。


「ええ、大星降りは夜ですからね」

「私も楽しみだ。以前は見ることができなかったからな」


エキドナは空を見上げた。


「私は前の大星降りの日、西の古城にいた。短い間だったが、人間と共に暮らしていた」

「理由を聞いても?」

「あの時期は酷い干ばつでな。飢饉から助けるために、しばらく身を寄せていたのだ。だから、雨を降らせればそれで終わりだったのだが、大星降りの日と被ってしまい、雲に覆われた空では星を観ることは叶わなかった」


「それは残念でしたね……」

「ふっ、そうでもない。私は長い時を生きている。人間とは違って、機会は何度でも訪れる」


長寿のドラゴンは、あらゆるものに執着がなくなっていくと聞く。

少し物悲しい気もするが、長生きするということはそういうことなのかもしれない。


「どうした?」


物思いにふけるアークを見てか、エキドナが聞く。


「いえ、エキドナさんも若いころは今よりもっと活発だったのかな、と思いまして」

「私の若いころか。ふふっ、そうだな。確かに、今よりもっと活発だった。竜の女王として、一国を収めていたくらいだ」


「初めて聞きましたけど、ゼオルさんの部下になる前って、王さまだったんですか?」

「そうだ。私だけではない。ブラドもそうだ。ゼオルが生まれる前から、我々は自分の国を持っていた」


エキドナは懐かしむように、目を細めた。


「ゼオルが生まれ、ブラドを筆頭にして、魔族――――弱すぎて役に立たない人間以外の生物の統一が行われた。そして、その時地上を支配していた天界の奴らに攻撃を仕掛けたのだ」

「天界人が地上を支配していたって話はあまり詳しく知らないのですが、ゼオルさんが倒したんですか?」


「うむ。我々では魔族全てを統一することができなかった。しかし、あれはあまりにも王であり、力そのものだった。まあ、カーレッジにやられてはしまったがな。あれも時代の生んだ風穴だったのかもしれん」

「風穴……」


カーレッジは異質な力を持って突然現れた。

それと同じように、ゼオルもまた、突然に現れた。


「怖い現象ですね」

「……怖い。そうだな。今この地上を支配しているのは人間だ。次に生まれるのは、今この地上を支配していない種族の中だろう。しかし心配はいらない。ドラゴンの言葉では『エン・リ』という。世界が遣わした者。変革。それがふたつも手の内にあるのだ。何が相手であろうと敗北はない」


エキドナの自信は、ゼオルやカーレッジに対する信頼なのだろう。

そう感じたアークは、強く頷いた。


「そうですね。ゼオルさんやカーレッジさんは無敵です。倒せる人なんていないでしょう。いらない心配でした」

「いや、悪いことではない。誰もが負けぬと思っている者が負ける時があるかもしれぬと考えておくことは、大切なことだ」


エキドナの言い分は、まさに、自分のことであったのかもしれない。

一国の主であったエキドナが、どのようにしてゼオルの下につくことになったのかは知らないが、大変な騒動であったに違いない。


「……それにしても、静かな夜空ですね」

「この山頂には鳥や虫がいないからな。聞こえるのはいつも風の音だけだ」


耳をすませると、たしかに、遮る物のない透明な風の音が聞こえる。


「――――む」


ふたりで黙って風を聞いていると、不意に、エキドナが唸り声をあげた。


「何か来るな」


静寂を裂いて、ゴオオ、と空を切る音が聞こえる。

夜空に浮かぶ無限の星空を背に、黒い竜が、一直線にこちらへ向かってきていた。


「ドラゴン!?」

「ふむ。あれは……」


エキドナが視線を向けていると、黒竜は少し離れたところで羽ばたきを緩めた。


「私の息子だ」

「え?」


黒竜は、金色の眼をエキドナに向けている。

その眼は怒りに燃えているように険しかった。


「ル・ドラ・エキドナ!」

「親を呼び捨てにするな」


エキドナは決して声を荒げることなく、そう言った。


「俺はこの数百年でお前を超えるだけの力を身につけた! 竜の国は俺が再建する!」

「ガンドゥ、王位は譲らんよ。竜の国は二度と再建しない。帰りな」


ガンドゥはそう言われたこともお構いなしに、空へ向けて吠えた。


「あの、いったい何が!?」

「あれは私の愚息だ。何もこんな時に来ることはないと思うのだが、タイミングが悪かった。許せ」


「一体、何をしにきたんですか?」

「竜の国に夢を抱いておるのだ。あまりにしつこいから私よりも力をつけたら王位の継承を考えてやるといって大昔に約束をしたのだが、馬鹿正直に習練を重ねていたのだろうな」


夜空はいつの間にやら、雷鳴轟く暗雲が渦巻いていた。

ゴロゴロ、と今にも落ちてきそうな雷の威嚇のような音が、辺りに鳴り響く。


「だ、大丈夫なんですか?」

「なに、この程度のことしかできんのだ。相手にするまでもない」


エキドナは本当に、何とも思っていない様子であった。

脅威であるという認識すらないのか、困ったような声を出しているものの、視線を向けることすらもしない。

空を見て、アークを見たあと、しばらく目を閉じた。


「――――しかし、アークは夜空を見に来ているのだから、奴は邪魔だな。無視しておこうかと思ったが、早めに片づけさせてもらうか」


エキドナはそう言うと、重そうな体を持ち上げ、翼を広げた。


「ガンドゥよ。どう生きようともお前の勝手だが、親に牙を向ける意味、理解していないとは言わせんぞ」

「ふん、老いぼれめ。俺の雷撃を食らうがいい!」


空の一部が白く光ったかと思うと、一瞬のうちに、白い雷がエキドナへ落ちた。


「見たか! これが俺の落雷よ!」


ガンドゥが自慢げに鼻を鳴らすと、エキドナは何事もなかったかのように、空へと羽ばたく。

まったく意に会していない様子に、ガンドゥも驚いて目を丸くした。


「なん、だと……?」

「次は私の番だな」


エキドナは吠えることなく、空を一睨みする。

すると、ガンドゥの真上の暗雲に穴が開き、そこに丸い虹のような円が現れた。


「ラキ・ガ・オグワ」


エキドナが呟くと、虹の中心から光線が放たれ、ガンドゥが避ける間もなく、その光の束に飲み込まれる。

それはまるで、太陽の光を集めて束ねたような、熱線の塊であった。


悲鳴も上げられず、気絶したのであろうガンドゥは地面へと落ちていく。

エキドナはそれを見届けて、アークの元へと帰ってきた。


「何をしたんですか?」

「光の屈折を作り出して、奴へぶつけただけだ。大したことではない」


光を屈折させること自体はガラスや鏡でもできる。

しかし、それを攻撃の手段にして発射することは、そう簡単にできることではない。

エキドナもまた旧時代の怪物である、とアークに思わせるには充分であった。


「あの、殺してしまったわけではありませんよね?」

「あれで死ぬくらいなら、私に戦いを挑んでは来ないだろう」


エキドナは、特に気にも留めていない様子でそう言った。

暗雲はいつの間にか晴れ、先程のように、静かな夜が戻ってきていた。

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