大星降りを見に行ってきます
フェルガウにも落葉の季節がきた。
山は赤く燃えて、風に揺れるたびに、はらはらと葉を散らす。
アークの住む屋敷へ、いつものように郵便が届いた。
フリルのついた黒いメイド服を着たブラドが、配達人の手にした書類へ受け取りのサインを書き、一枚の封筒を受け取る。
表には星導協会と書かれており、アーク宛に届いた手紙のようだ。
裏は赤褐色の蜜蝋で止めてあり、公的な文書であることが伺えた。
星導協会といえば、かなり大きな星読みの学会だ。
天体の動きから未来を予測し、農作物などに影響があるか調べて民へ伝える。
その正答率は七割といったところだ。
しかしながら、その星導協会がうちに何の用があるのだろう。
ブラドはその封筒を手に、アークの部屋を訪れた。
「アーク坊ちゃん。お手紙です」
「ありがとうございます。あっ、星導協会からですね!」
待っていました、とばかりにアークは身を乗り出して受け取った。
「何の用なのでしょうか」
「僕がお願いしていたんですよ。大星降りの日が分かったら教えてもらえるように」
「大星降り?」
楽し気に封筒を開くアークを見て、ブラドは思わず聞き返した。
「そうです、そうです。ほら、やっぱり大星降りの話でした。十日後から十五日後くらいの間であるみたいですね。大星降りというのは、天を覆うほどの流星が見られる現象のことです。前に起こったのは五十年以上昔ですね」
そう言われて、ブラドはピンと来た。
「ああ、もしかして光の雨のことですか」
「ブラドさんのところではそう言うんですか。星導協会が制定するところでは大星降りの夜という名前で統一されているようです」
「アーク坊ちゃんも興味が?」
「生きているうちに見られるかわかりませんからね」
アークは手紙に目を通すと、おもむろに立ち上がった。
「ブラドさん、僕、大星降りを見に行ってきます」
明くる日、山を登るアークの後ろを、白く透明な肌をしたメイドのラメールが、たくさんの荷物を担いでついてきていた。
登山ということで、服装もいつものメイド服ではなく、ばっちりと旅用の通気性のいいものだ。
「ラメールさん、本当に良かったんですか?」
「何がです?」
「僕の荷物持ちなんて、やらなくても大丈夫ですよ」
アークは、顔色ひとつ変えずに大荷物を背負っているラメールを心配して言った。
しかし、ラメールは首を振る。
「いえ、ブラドさまから『体力しか能のない生き物なのだからしっかり荷物持ちをしてきなさい』と言われていますから!」
「そんな言葉の通りにとらなくても」
「いやいや! これは受け取りようによっては、私の能力を認めてくださっているということなんですよ!」
ラメールは嬉しそうに言う。
普段遠出することがないからか、心なしか楽しそうでもあり、アークはそれ以上彼女に何も言わなかった。
アークたちの向かっているのは、エキドナのいる山の頂だ。
この辺りで最も高い山で、空が近いため、星がよく見える場所なのだ。
秋の匂いのする山道を抜けて、岩肌を抜けると、陽が傾き始めていた。
頂上は平らな台地になっており、その中央では灰色の竜が身を丸めて眠っていた。
「エキドナさん、アークです」
声をかけると、エキドナは目を開き、首を上げた。
「……アークか。どうした?」
「大星降りの夜が近づいているので、ここで見させてもらおうと思いまして」
「大星降り、とは、アレか。もうそのような時期となったか」
「やっぱり、違う呼び方があるんですか?」
「うん? 違う呼び方というか、我々はドラゴンだからな。当然言語から異なる。『ズイ・ラータ』と言うが、まあ、覚える必要はない」
エキドナの視線がふと、アークの後ろへと向けられる。
ラメールがいることに気がついていなかったのだろう。
「また小さき仲間を増やしたのか」
エキドナは顔をラメールへ近づける。
「うわわわわわ」
「そう怯えるな。お前からは変わった匂いがする。これは海の匂いだ」
興味深そうに鼻を押し当てられると、ラメールは身を硬くして縮こまった。
「エキドナさん、ここにテントを張らせてもらってもいいですか?」
「もう少し中央に寄った方が良いぞ。そこは風が強い」
エキドナに連れられ、大岩の影になっているところへ、ラメールの持ってきた荷物を降ろした。
予定では十五日以内だが、食料や水はやや多めに二十日分を持ってきている。
テントを張り、焚き火の準備をして、ようやくアークは落ち着いた。
これから何日もここで待つのだから、体力と魔力はできるだけ温存しておいた方がいい。
冷たい風の吹く山頂では、とにかく体温を維持することが大切だ。
「あっ、アークさま。私、ハーブティー持ってきていますよ」
ラメールは大袋からお茶を用意するための道具一式を取り出して、焚き火に鍋をかけた。
いくつかの種類のハーブは、ラメールが屋敷の庭の一角に作った小さな菜園で育てたものだ。
「いい香りですね」
「ローズヒップです。いい匂いでしょ!」
湯に沈んだローズヒップから、赤い色と芳醇な匂いが滲み出ていく。
「ラメールさん、これはブラドさんに習ったんですか?」
「いえ、お店で作り方を聞いたんです。何度か失敗して、最近やっと作りたかったものができるようになったんですよ!」
上機嫌で真っ赤なローズヒップティーを手渡すラメールに、アークもつられて嬉しい気持ちになった。




