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女になった魔王さま  作者: 樹(いつき)
第十二話 強欲と迷宮亀
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私にくれないかしら

通路の先へ出ると、中心に月光の降りそそぐ洞のような場所になっており、そこにはきらきらと輝く美しいドラゴンが鎮座していた。


「ダイヤモンドドラゴン……。さすが五層の迷宮ね。大物だわ」

「あ、あそこにいるのって……」

「やっぱりグーラですね」


目には包帯が巻かれているものの、その視線はまっすぐにドラゴンを見据えている。

仕込み杖を構えて、次の動きに備えているようであった。


「おーいグーラ!」

「バカ! 声出したら――――」


アワリティアがドラゴンの目を見ると、瞳のない真っ黒な眼球がまっすぐにこちらを見据えていた。

口に光が集まり、あの光線を放つために、力を溜めている。


いつもなら水を薄く張り、鏡を作り出して光線を弾くのだが、準備が間に合わない。


「ヤバイヤバイヤバイ!」

「アワリティアさん、下がってください!」


アークが闇の盾を腕に持ち、アワリティアの前に立つ。


「そんな小さな盾で何をしようと言うの!?」

「まだです!」


アークが盾を足元に突き刺すと、巨大な黒い壁へと変化し、ドラゴンとアワリティアたちとの間に立ちふさがった。


「アワリティアさん!」

「え、あ、ちょっと!?」


アワリティアの上に、アークが覆いかぶさる。


「な、何、何よ!?」

「危ないです!」


キュイ、と甲高い音がして、闇の盾が震え、膨張して破裂した。

その破片が飛び散り、アークの丸めた背中にドンドンと当たる。


「ぐぅ!」


アークは苦しそうな顔をして呻く。

アワリティアは慌ててアークを押しのけようとするも、彼はびくともしない。


「怪我するわよ!?」

「大丈夫です、鍛えているので……」


土煙が晴れると、ブレインが腕の一本を構えて、ドラゴンを狙っていた。


「荷電粒子砲、発射!」


地を震わせる反動と共に、鋼鉄の腕からも一筋の光が発射され、ドラゴンの頭部へと直撃した。

しかし、砕くことはできず、大きくのけ反らせただけだった。


「くぅ! 堅いですねえ!」


ブレインは悔しそうに言うと、グーラへ合流するために歩みを進めていった。


「……あ、あはは。何これ。私何を見ているのかしら」


アワリティアの知っているダイヤモンドドラゴンの光線というものは、鋼鉄の板ですら容易く突き抜け、着弾地点から五メートルは完全に焼失する熱量を持つ魔力の塊だ。

それを、この年端のいかない少年が受け止め、さらにはそれと同じほどの力の攻撃を返す鋼鉄城の主。


本当に、夢でも見ているのだろうか。

普通なら二十人ほどの熟練した戦士と魔術師で翻弄しながら戦う相手だ。

それを、たったのふたりで。


「怪我はありませんか?」


尻餅をついたままだったアワリティアに、アークは手を伸ばす。


「あ、ありがとう」

「僕らはここにいましょう。たぶん、ドラゴンもこちらを気にする余裕はないでしょうから」


グーラと合流したブレインは、ダイヤモンドドラゴンと対峙する。

見ていると、ここまで難なくひとりで進んでこられたグーラがドラゴンに苦戦していた理由はすぐにわかった。

光の反射を利用して斬撃を飛ばすグーラの魔法は、ダイヤモンドでできているドラゴンの体では光が散らばってしまって、うまく切ることができない。


ブレインの鋼鉄の腕も、防御こそできているが、いまいち決め手に欠けていて、倒すには時間がかかりそうであった。


「グーラ、やつの目を引いてください」

「策があるか。承知した」


グーラは叩きつけられたドラゴンの尻尾を紙一重で躱し、刀で直接切る。

刃の届く範囲であれば、グーラに断てないものはない。

ドラゴンの尻尾の先端は、月光を浴びて、きらきらと光りながら宙を舞う。


怒りと憎しみに満ちた咆哮が鳴り、びりびりと大気が震える。


「これでようやく一太刀。しかして」


いつの間にかドラゴンの死角へ移動したブレインが、球状の何かをドラゴンの真上へ打ち出した。

それは、アワリティアたちがここへ入る前に説明された、物がたくさん入る機械だ。


ドラゴンの真上で割れたそれに入っていたのは、大量の灰。

わっと灰色の幕となり、ダイヤモンドドラゴンの体を覆い尽くす。


「グーラ!」


ブレインの声に、グーラは仕込み杖を構える。

すでに、ダイヤモンドドラゴンの体は透過する機能を失った。


「重畳重畳。これでは自慢の体も形無しというものだのう」


キン、と軽い金属音が響き、ドラゴンの首が二分される。

月明かりを背に、ダイヤモンドドラゴンは地に倒れ伏した。






「グーラさんはなんでこんなところにいるんですか?」


ダイヤモンドドラゴンのいた洞から奥へ続く道が出現したことにより、アワリティアたちは歩みを止めることなく進めていた。


「庭で何やら面白い亀を見つけたものでな。いじくりまわしているうちに、わけのわからぬ通路に放り出されていたのじゃ」

「なんでそれでここまで辿りつけるのよ……」

「はて。獲物を食らい、真っ直ぐ進んでいけばそれほど難しいことでもあるまい。わしからしてみれば、普段の生活とそう相違ない」

「全然違うでしょ」


アワリティアはもはや考えることをやめていた。

自分の常識に彼女たちを当て嵌めるのは、不可能だ。

あまりにも規格外、常識の外だ。


「この先が最奥よ。宝の匂いがするわね」

「わしにはそのような匂いはせんが」

「鼻が悪いんじゃないの!?」


苛つきながら言う。

通路の先に黄金の光が見え、やがて開けた土地には――――。


「…………」


言葉を失った。

自ら光を放つ金色の地面。

天まで届きそうな、宝珠を生み出す銀色の大樹。


しかしその他には、何もない。


「まあ、その、なんでしょうか。ボク、隠し部屋に入ったじゃないですか。あの中の宝箱、空だったんですよ。なので、もしかしたら、と思ったのですが……」

「……あー、もう!」


アワリティアは地団太を踏んだ。

そして、しばらくすると、腹の底から笑いがこみ上げてきた。

アークたちが、アワリティアの様子を心配してか、周囲でおろおろとしている。


「ああ、もう。ほんと、清々しいくらい、無意味な探索だったわ。何よ、あんたたち。私いらないじゃない」

「そんなことありませんよ。アワリティアさんがいなければ、僕はブレインさんとはぐれたままだったでしょうし」


「そうかもね。でも、どうせそこの賢い人はいくらでも合流する手段があったはずよ。いいのよ、別に。私の中の常識を軽々とぶち破ってくれてどうもありがとうって気持ちで一杯だわ」

「皮肉ですか?」


アワリティアは肩をすくめた。

こんなに緊張感のない迷宮探索などあったものだろうか。


楽しい、と思えるくらいには気持ちに余裕があったことも自覚できている。

命の危機もなく、競争相手の心配もなければ、心情としては穏やかなものだ。


「まあ、これくらいのことはよくあることなのよ。宝の蓄えにも五十年から百年かかるの」

「そうだったんですか。すみません、これじゃお礼が……」

「ああ、いいの。私だって、必ず宝が残っているとは思っていなかったし。その代わり……」

「その代わり?」

「ブレインの使っていた物がたくさん入る機械、私にくれないかしら?」


アワリティアが両手をブレインに差し出すと、露骨に嫌そうな顔をした。


「何よ、その顔は」

「えぇ……。ボクの物って、あんまり人にあげたりするものじゃないんですよ……」

「じゃあ何? 私はただ働きで我慢しろって言うの?」

「いや、そういうわけじゃないんですけど……」


ブレインは言い淀み、困ったような顔をする。


「じゃあ、分かったわ。貸してちょうだい」

「それ無期限に借りるってことですよね?」

「いいじゃないの。どうせすぐ作れるんでしょ?」

「うーん、それはそうなんですけど。うーん……」


ブレインはしばらく悩んだあと、上着のポケットから銀色の球を取り出す。


「わかりましたよ。案内してくれたお礼です。でも、安全装置をつけさせてもらいますからね。決して、分解しようとはしないでください。中を調べようとしたら、この機械は爆発しますよ」

「物騒な装置ね。でも、いいわ。私も私以外の人間に触らせる気はないし。ありがと」


機械を受け取り、アワリティアは懐にしまう。

亀の天珠などよりもよっぽどいいものを手に入れて、アワリティアは満足気に笑う。


「さあ、帰りましょう。あとはあの扉の向こうに出るだけよ」

「アワリティアさん、ありがとうございました」

「お礼は言葉じゃなくて物でちょうだい」


そう言うも、礼を言われてあまり悪い気はしない。


「ああ、そうだ。亀は殺したりしないでほしいの。探索が終わると殺す人が多くて、個体数が減っていてね。どうせなら、屋敷で飼ってあげて」

「わかりました。名前は、アワリティアさんが決めてもらえますか?」

「なんで私が」

「様子を見に来てほしいので」


アークがいたずらっぽく笑う。

人の縁を繋ぐのが上手そうなやつだ、とアワリティアは思い、やれやれと額に手をやる。


「出てから考えるわ」

「ありがとうございます」


洞の奥に出現した大扉に手をかける。

軽い感触がして、扉の隙間から白い光が漏れ出した。






それから、迷宮亀はアークの屋敷で飼われることとなった。

名前はグゥイとつけられ、玄関先の小さな小屋で、大切に育てられている。

その小屋の送り主はアワリティア。

小屋を作る柱の一本に、その名前の刻印が刻まれていた。

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