だったら死ね
ゼオルは城を見張っていた魔族から報告を受けていた。
少し前に動き出し、今はまた南西の方へと空を飛びながら進んでいると言うのだ。
「それは追いつけるくらいの速さか?」
「我々なら問題ありません。しかし――――」
部下の目線がアークへ注がれる。
「我がおぶっていく。お前たちは監視の任を解くぞ。被害の確認を終えたら、帰って町の整備を始めてくれ」
部下たちはそれを聞いてほっとしたような表情を見せた。
この戦いもここまでだと安心したのだろう。
「さて、そういうことだ。アーク、我の背にしっかり掴まれ」
「は、はい!」
「ゆくぞ」
『冥界の蒼炎』を身にまとい、視界を塞ぐ無数の木を焼き払いながら、南西へ向かって進む。
火にくべられた油脂のようにたやすく、溶けるように燃えていく。
ゼオルの通ったあとが、森の中にぽっかりと洞窟を作り出す。
森の先にある広大な草原へ抜け出た時、空飛ぶ鋼鉄の城が雲の合間に見えた。
「あそこまで高く飛べるか。少しまずいな」
雲よりも高く上がられると、こちらから見つけ出すことは困難になる。
すぐにでも追いたかったが、さすがに追跡をまくための兵を配置しているようで、隠れている気配を感じていた。
地面が大きく盛り上がり、ゼオルたちの前に赤い髪の大男と今までとは少し意匠の違う三体の土人形が姿を現した。
「そこをどけ」
「できないな」
ホスロウは当然の返答をする。
目の前にいるのは、若い美女の姿をした何かだ。
突き刺すような殺気で、指先が痺れていることから、外見からでは判断できない危険性を感じる。
「お前たちが何者であるか、我は興味がない。ただ、面倒を引き起こしてくれたからな。責を問わなくてはならなくなった」
「そうかい。おれも戦士なんでな。どうぞお通りくださいってわけにはいかな――――」
「だったら死ね」
咄嗟にホスロウの『エニグマ』が反応して身をかがめさせた。
細く蒼い火炎が、一直線にホスロウの頭上をかすめ、草原をえぐり飛ばす。
後ろを振り返ってその様子を見たホスロウは、目を丸くした。
「……マジか」
冷や汗が頬を伝う。
昔戦った光学兵器を使う連中の持っていたレーザー砲がこれに似た光景を見せた。
どちらにせよ、生身の相手に使うものではない。
「許しを乞えば、命まではとらないでおいてやるが、どうする?」
「馬鹿なことを。おれの命はすでにブレインさまに捧げている。作戦通りやらせてもらうぞ。ラルゴ、アンダンテ、アレグロ。いけ」
ホスロウの命令に従って、上級土人形の三体は散らばりながら敵を囲う。
余裕があるのか、まったく何の手も出さず、女は腕を組んでいた。
(本来なら、追手を捕える予定だったが、あいつを捕まえるのは無理だ)
予定の変更を余儀なくされた。
あの化け物でなく、後ろの少年であれば、容易く捕まえられるだろう。
三体の土人形は連携をとりながら、隙を伺っている。
やつの意識を一瞬でも引きつけられたらいい。
ホスロウは懐から転送カプセルを取り出し、左手の義手に装填した。
「ふらふらと何を遊んでいる? こちらからいっても良いのか?」
三体の土人形はそれぞれ同じ拳銃を持っている。
腰にはナイフもつけているが、あれに近接戦闘を挑むのは無謀だ。
三体は順番に敵へ向けて銃を撃った。
「ふん」
彼女は飛んできた弾を三つとも順に掴み、手の中で転がす。
「遅くはない。だが、早くもないな」
「弾を手で止めた? 信じらんねえ……」
この至近距離から放たれた弾丸を止められるのであれば、勝つ方法はないのではないだろうか。
「お前ら、やつを休ませるな!」
ホスロウの命令に従い、土人形たちは銃を構えた。
「それしかないのか? 武器に頼りすぎだ」
彼女のひとさし指から小さな蒼い火の玉が発射されてラルゴに当たると、燃えるはずのない土人形がまるで紙クズのように、ぼっと燃えた。
「その武器はだいたいこんな感じか? 効率の悪い道具だな」
「アレグロ、アンダンテ! コードエイト!」
ホスロウの声と共に、武器を捨てた。
そして前傾姿勢をとると、敵へ向かって一直線に走った。
「なるほど特攻か。やってみろ。アーク、我の後ろに隠れ――――」
声が途切れる。
銃に紛れて発射された転送カプセルは、見事に後ろの少年を捕え、アトルシャンの実験室へ転送した。
この世界の文明のレベルでは、何が起きたのか理解できないだろう。
次の瞬間、彼女はアレグロとアンダンテによる自爆で、業炎に包まれた。
(頼む、これで倒れてくれ!)
ホスロウは緊張の面持ちで、炎と白煙が晴れる瞬間を待った。
そして、煙の中に後ろを振り向いたまま立ちすくむ彼女の姿を見て、たしかに血の気が引いた。
地面ですら形を変えているというのに、彼女の受けた被害は、見た限りでは、服の端が少し破れただけだ。
(おれも逃げるか)
そっと足を動かした瞬間に、彼女はホスロウの方を見た。
そして、顔を手で覆い、笑い始めた。
「くくく、ははははははははは! よくも、よくもよくもよくも! オレを出し抜くとはいい度胸をしている! 貴様たちは自分が誰に喧嘩を売ったのか、今一度認識せよ! この魔王ゼオルが所有物に手をつけた罪、しかと償うがいい!」
ゼオルの周囲の空気が歪む。
体の節々から蒼い火の粉が散り、彼女が一歩歩くたびに、地面がひび割れる。
「くそったれ!」
ホスロウは高次予測装置である『エニグマ』がエラーを起こしている様子を感じていた。
何をしても避けられない、身を守ることもできない攻撃が、数秒後に訪れる。
ゆっくり歩いて近づいてくるゼオルが、ホスロウの『死』であることを疑う余地もない。
「装備展開!」
両腕の義手が開き、小型ミサイルポッドが顔を見せる。
両腕、両肩合わせて三十六発のミサイルを全てゼオルへ向けた。
間髪入れず、ホスロウは高笑いを続ける魔王へ向けて発射する。
どどどどど、と空気を震わせる爆発音が次々に起こった。
都市のひとつくらいであれば、これだけで焼野原にできるほどの威力がある。
しかし、ゼオルはミサイルの爆発で怯みもせず、歩みを進めてくる。
まるで装甲車に向けておもちゃの銃を撃っているような、傍目から見れば冷笑を買うほどの滑稽な戦いだった。
「ははははははは! それが全力か!」
ミサイル全てを撃ち尽くし、熱で煙をあげるホスロウを前に、ゼオルは立ち止まった。
蒼い火の粉がちりちりと、ホスロウの体を焦がす。
ゼオルの細く小さな手が伸び、ホスロウの顔に触れた。
蒼い炎がホスロウの体の表面を舐めるように走る。
一切痛みを感じることなく、その体は炭と化した。




