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女になった魔王さま  作者: 樹(いつき)
第十二話 強欲と迷宮亀
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きますよ

「……あれ?」


ふと、ブレインが声をあげた。


「ここ、壁の色が違いますね」

「……ああ、隠し部屋でしょうね。たまにあるのよ」


「隠し部屋!? へぇー! 入れますか?」

「やめときなさいよ。罠かもしれないし」

「ボクだけ行きますから。開け方教えてくださいよ」


アワリティアは頭を抱えて、壁を触る。


そう、彼らは根本的に目的が違うことを認識しなければならない。

無事に最奥へたどり着くことが主目的ではなく、好奇心を満たすためにここにいるのだ。

だから、寄り道こそが本命、幹なのだ。


壁のわずかな凹凸を指で確認し、石の板を数カ所押し込むと、壁が左右に分かれて、薄暗い小部屋が現れた。


その中央には茶色い木目の宝箱が置かれている。


「罠は、なさそうですか?」

「今のところはね。ねえ、本当に入るの?」


アワリティアが聞くと、ブレインは頷いて、中へ入った。

すると、まるで獲物を飲み込むかのように、勢いよく壁が閉まった。


「ブレインさん!?」

「落ち着いて。隠し部屋には閉じる部屋と閉じない部屋があって、閉じる部屋の場合は別の場所に出口ができる。だいたい、迷宮の出口付近ね」


「そう、なんですか?」

「今、迷宮を短縮できるかもって思ったでしょ。そう簡単にはいかないのよ。隠し部屋って、悪性生物が湧くこともあるし」


「湧く?」

「悪性生物っていうのはね、壁と壁のつなぎ目や暗闇から突然現れるのよ。意識の外にある空間、とでも言いましょうか。そういうところから、自然発生的に湧くの。まるで煙のようにね」

「生き物とは違うんですか?」

「いえ、生き物よ。この世界のね」


アワリティアはアークの質問に答えながら、長い迷宮を進んだ。

代わり映えのない景色では、時間の流れは早くも遅くも流れる。

訓練して体内時計を正確に感じ取れるアワリティアはまだしも、アークには永遠に感じたことだろう。


ともかく、荷物を持っているブレインが消えてしまったために、アワリティアたちも急いで出口に向かう必要があった。

魔力で体力を補填しながら、飲まず食わずで進んでいく。

三日が経ったころ、アワリティアたちはまた色の違う壁の前に立っていた。

周囲は行き止まりだが、セルヴはこの先に進めと言っている。


「隠し部屋を通らないといけないことなんてあるんですか?」

「いや、たぶん、これは隠し部屋じゃなくてフロアボスよ」


「フロアボス?」

「階層の番人かしらね。その奥が出口になっているの」


「倒せば出られるんですか?」

「そういうこと。戦闘の準備をして。言っておくけど助けは期待しないでね」

「はい、大丈夫です」


アークは白い剣を抜いて構えた。

少しは様になっているが、まだどこか頼りない雰囲気がある。


「開けるわ」


アワリティアが壁を触って開くと、その中は広いドーム状の空間になっており、中央には身長三メートルはありそうな牛頭の怪人が斧を持って立っていた。

名前はミノタウルスと言い、迷宮のフロアボスはたいていがこの悪性生物だ。


こちらを認識したと同時に、鼻息を荒くして向かってくる。

凄まじい早さだが避けられる、と思ったものの、背後にいるアークが気になり、思案する前に手が動いた。


「ちぃっ!」


アワリティアは風を操り、アークを敵の反対側まで飛ばす。

そして自分も風にのって、振り下ろされた斧の一撃を躱す。

突き刺さった地面が砕け、破片が飛び散る。


次の攻撃が来る前に大きく離れて水を練り上げる。

二元素精霊の特徴のひとつに、ふたつの属性を持つ魔法を合わせることができるというものがある。

セルヴに使える風と水を合わせていくと、液体の中に薄い風の渦ができる。

風の力を閉じ込め、圧力を上げていく。


その間、ミノタウルスはアワリティアとアークを交互に見て、どちらを襲うか決めかねている様子であった。

アワリティアはともかく、アークなどほとんど無防備だろうにと思って視線を向けてみると、彼の手には闇の盾が握られていた。


悪性生物は魔力で構成されているため、闇の魔法に触れると消滅してしまう。

本能的な恐怖を利用した攻撃の抑制、つまりは、獣に対する松明のような役目を果たしていたのだ。


「準備完了! こっちよ化け物!」


アワリティアが叫ぶと、ミノタウルスは体を向けて突っ込んできた。

そこへ合わせるようにして、アワリティアの腕に纏った魔法から、水の糸のような刃が飛び出す。

極限まで圧縮された水と風の力を、一点から解放することにより発生する刃のない斬撃。


「『留まること無き水インフゥシュイ』」


腕の先から伸びるそれは、一切の抵抗を感じることなく、ミノタウルスを肩から脇腹へかけて袈裟斬りにした。

崩れ落ちる彼の体の背後に、目を丸くするアークがいる。


「……何よ」

「すごい魔法ですね。こんな複雑な魔法が出せるのって、やっぱり精霊の力なんですか?」

「私の力よ。精霊は操る手段を貸してくれてるだけ」


ミノタウルスの腹からは小さな宝石のかけらや黄金などが溢れている。

フロアボスは血の代わりにこういったものを落とすのだ。


アワリティアはそれを手で少し触ると、拾うことなく立ち上がった。


「クズ石ばっかりね。わかっていたけど」

「クズ石なんですか? 綺麗に見えるんですけど」

「よく見てみなさい。細かい傷が入ってたり形が悪かったりするでしょ? 売れないことはないけど手間を考えると持って帰るほどの価値はないわ。黄金だって大きさの割に重たいし。それに、このまま放置しておけばだいたい半日くらいでこいつは復活するの。慣れている人はフロアボスを後続の足止めに使うってわけ」


部屋の奥の扉が開くと、そこにブレインが座り込んでいた。

どうやらこの三日間、ずっとここにいたらしい。


「待ちくたびれましたよ!」

「あなたが隠し部屋なんて入るからでしょう!?」


アワリティアが呆れながら言う。


迷宮を抜けて階段を降りた先は大きな湖だった。

水であれば魔法で道を作ることは簡単であるため、途中で魚をとって食べたりしながら、ゆっくりと進んだ。

フロアボスの巨大魚は、ブレインが捕まえてエラを抜き取るとすぐに死んだ。


湖の次は鬱蒼とした森林だった。

そこは凶暴な悪性生物の跋扈する場所だったが、ブレインの持つ姿を消すマントのおかげで見つかることもなく通過、フロアボスは巨大な虎で、これもまた、呆気なく倒されていた。


ここまで約七日で到達しており、アワリティアの想定していた日数の工程はもろくも崩れ去っていた。


とにかく、ブレインの持つ道具が優秀すぎるのだ。

荷物を運ぶ機械や、濾過装置、さらにはレーダーなる付近の生き物を感じ取る機械なども持っていた。

自分の技術や知識を必要ないと一蹴されたようで悔しさしか感じないが、同時に迷宮に対する緊張が緩和されていき、四層目である草原にたどり着いたころには、すっかりふたりと打ち解けていた。


「ここ、今までと少し違いますね」


アークが深呼吸をしてそう言う。


「日光や風のようなものもあるし、ほとんど外と代わりないのが草原階層の特徴よ」

「どういう構造なのか知りたいですねえ」


ブレインは何か小さな蜘蛛のような機械をたくさん飛ばし、周囲を調べ始めた。


「簡単よ。熱と光と風と空気が魔力によって発せられているだけ。調べるほどのことでもないわ。景色に関して言えば、基本的に迷宮亀の見たものがそのまま反映されているの。だから、だいたいの場合は草木の多い場所か水場なわけ」


「へえ、だったら、室内で育てられた迷宮亀なら、迷宮は大屋敷になるんですかね」

「さあ、どうかしら。一階層が増えるのに百年かかるから、その間ずっと室内で飼えるなら試せるかもね」


しかし、メリットはない。

迷宮に比べると外の方が敵の場所も視認しやすく罠も少ないからだ。

これも、亀から見た世界の感覚なのだろう。


気持ちの良い風の吹く草原を進んでいると、何やら生臭いにおいが漂い始め、アワリティアたちは足を止めた。


「なんでしょうか、この匂い……」

「この世界って共食い起こるんですか?」

「ありえないわ。彼らの体は個体が違っても同じ魔力で構成されているから……。もしかしたら、誰かいるのかもしれない」


アワリティアたちが凄まじい速さで進んだため、先に入っていた人間に追いついた可能性がある。

迷宮亀で起こりうる事故で最も多いのが、欲に目が眩んだ人間同士による争いだ。

数に限りのある宝を狙って、殺し合いに発展することなど日常茶飯事と言ってもいい。


「どうしますか? 追ってみますか?」


ブレインは特に緊張する様子もなく聞いた。


「そうね。後ろから刺されても嫌だし、相手の姿を確認しておいた方がいいかも」

「わかりました。では探ってみます。すでにサーチャーは飛ばしているのですぐに見つかるでしょう」


その言葉通り、バラバラになった悪性生物たちの肉片はすぐに見つかった。

周囲には鋭い剣で切り裂かれたような痕がいたるところへついている。


「まだ血が乾いていないわ。近くにいるのかも」

「これ、足跡じゃないですか?」


地面を指差すアークの先には赤い血の跡が点々と続いており、それはまっすぐ草原の中にある大岩の方へと向かっている。


「あれはこの階層の出口よ。どうやら、下に行ったみたいね」

「え? おかしくないですか? フロアボスはどこにいるんですか?」


そんな会話をしていると、空から大きな影が降ってきて、アワリティアたちは慌てて避けた。

地響きと共に横たわっているのは、首を落とされた怪鳥だ。

その断面からは、血の代わりに宝石がゴロゴロと転がり出ている。


飛ばされた頭が近くには落ちていないところを見るに、空高いところで切り落とされたのだろう。


「なんで時間差で落ちてくるんですかね……?」

「首を落とされてもしばらく生きていられた、とか?」


ふたりは不思議そうな顔でそう述べた。


「……気をつけて進みましょう。この放置の仕方を見るに、宝目的じゃないような気がするわ」


血の跡を追っていこうとすると、凄まじい咆哮が聞こえた。


「え、な、なんですか!?」

「この下が最下層なのだから、おそらくは財宝を守るドラゴンよ」


とはいえ、この先駆者は状況から考えるとたったひとりで進んでいる。

ひとりでドラゴンと対峙するなど正気ではない。


「行きましょう! 最奥に一番乗りはボクたちですよ!」


ブレインが意気揚々と進んでいく。

彼女の好奇心に半ば呆れながらもアワリティアはそれに続いた。


大岩に空いた洞窟の下からは、耐えず咆哮が聞こえている。

先を進む人物も、ドラゴン相手では、ここの怪鳥のように一撃で屠ることは叶わなかったようだ。


下へと伸びる洞窟を進んでいくと、突然、ブレインが先頭に立って鋼鉄の巨大な腕を広げて防御の姿勢をとった。


「な、何!?」

「きますよ!」


数瞬の後、奥から一直線に光線が飛び出して、鋼鉄の腕が受け止める。

その衝撃に、アワリティアとアークは思わず身をかがめた。


「なんで!? 階層の外に攻撃してくるなんて!」

「流れ弾みたいです。でも、おかげで見えましたよ。先にいる人の姿が」


ブレインはそう言って笑みを浮かべた。


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