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女になった魔王さま  作者: 樹(いつき)
第十二話 強欲と迷宮亀
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あんたたちのせいよ

翌日、アワリティアは屋敷のベッドで目を覚ました。

ここに泊まるつもりはなかったのだが、寝床の準備までしてもらって、無碍にするわけにもいかなかった。


頼んでもいないのに、朝食まで出てきた。

ゴートは普段からこんなに良い暮らしをしているのか、と思うと少し腹が立つ。


昼前に、アワリティアは食堂でアークとブレインのテストを始めた。

アワリティアの作ったリストを、上から全て覚えているか暗唱させる。

全部で十五項目あり、内容は要約していたとはいえ、一晩で覚えられたら大したものだ。


アワリティアとしては間違いもひとつくらいなら許容するつもりでいた。

そう思っていたが、アークは淀みながらも間違いなく答え、ブレインにいたってはまるで見ているかのようにすらすらと暗唱した。


「ふたりとも合格よ。それにしてもあんたたち、熱意あるわね……」

「そりゃあもう! さあ、迷宮へ行きましょう!」

「待ちなさい。まず道具の説明をするから」


屋敷の庭に、アワリティアの用意した道具の一式が並べられた。

風呂敷、縄、水袋、外套。

その他には小道具や松明がある。


「一度中へ入ったら、奥に行くまで出てこれないって話、したわよね。魔力が尽きた時のために暑さや寒さ、暗さに備えた道具はいるわ。あとは火を起こすための火打ち石。火口は中でも手に入るから、心配いらないわ」


ひとつひとつ、用途を説明しながらアワリティアが喋っていると、ブレインが口を挟んだ。


「あの、荷物もう少し減らせますよ」

「ん? どういうこと?」


ブレインが懐から拳大の鋼の球を取り出す。

それを庭に放ると、カチャカチャと展開していき、やがて大風呂敷ほどの大きさの板になった。


「物質縮小と反重力の装置を小型化したもので、五百キロくらいまでならこの中に入れて持ち歩くことができます。それに、発火装置や浄水装置も小型化したものがありますよ」

「…………」


「どうかしたんですか?」

「……ずるい」


魔法を使わないことに関して、鋼鉄城の主は二歩も三歩も先をいっているようだ。

ともかく、便利なものを持っているようで、アワリティアもそれに甘えることにした。


「……ええと、次に時間と食料の話をするわ。まず、迷宮亀の中は外とは時間の流れが違うの。具体的には十倍ほどの早さね。中で十日が経っても、外では一日。私は今回の攻略には三十日かかると踏んでいるわ」


素人ふたりを連れての攻略となればそのくらいだ。

ペース配分というものは、経験でしか身につかない。


迷宮の大きさは亀の甲羅を見ればわかる。

今回は五層になっているため、五階建てだ。


「食料はどうするんですか?」

「現地調達! これは基本。食料の匂いで悪性生物が寄ってくるから持ち歩かない」


「現地調達できるんですね。中の様子が想像つきません」

「行けばわかるわ。他に質問は?」


アークとブレインは顔を見合わせ、もう聞くことはないことを示した。


昼食をとって、三人は迷宮亀の入っている木箱の前へ来た。

ゼオルとゴートも見送りに来ているが、あまり心配している様子はない。


「それじゃあ、中に入るわよ」


アワリティアが甲羅のふちに指を当てると、黄金色に輝く。

そして、一瞬のうちに、アークとブレインと共にその光の中へと吸い込まれていった。






冷たい空気が肌を撫でる。

薄暗い、石畳みに覆われた通路に、三人は立っていた。

壁には松明が一定の間隔で灯っており、物を見ることは難しくない。


「ここ、亀の中なんですか?」

「そうよ。だいたいの場合、一階層目はこんな感じで洞窟みたいな迷宮になってるわ」


前も後ろも等しく暗く、どこまでも通路が続いついるような錯覚を起こすのが特徴だ。


「さあ、進むわよ。ここじゃ休憩もできないし」


アワリティアの指先が光り、半透明な尾の長い金魚がするりと飛び出して浮かぶ。

名前をセルヴといい、風と水の二元素精霊アル・ロンだ。


「精霊ですね。初めて見ました……!」


アークが感動したような声色で言う。

精霊は人よりも感覚の優れた人にしか見ることはできず、そういう人が魔力を差し出すことでしか実体化できない。

そのため、普通は目にする機会もないだろう。


「セルヴ、出口へ案内して」


尾をひらひらとなびかせて、セルヴはゆっくりと先導し始めた。


「セルヴはこの迷宮の出口から流れてくる空気を敏感に捉えて、それを追っているの。ついていけば迷うことなく出口へ行けるわ」


アワリティアがふたりの方を見ると、ブレインが巨大な鋼鉄の腕で壁を触っていた。


「ところでこの壁壊せないんですか?」

「……壊せないわ。この壁、石みたいに見えるけど、超高密度の空間の塊なの。だから、物理的な衝撃じゃ無理よ」


「試してもいいですか?」

「それもやめてほしいわね。衝撃で悪性生物が集まってくるし」


ブレインは残念そうに俯いた。


この厄介な壁を壊そうという発想は誰もが思いつくことだ。

アワリティアもセルヴがいなければ、正攻法で左の壁に沿って歩いたとしても、十日は歩き通す必要があるだろう。

だから、壊したいという気持ちはよくわかる。


しかし、たくさんの人間が生き残るために必死になって壁を壊そうとした話は残っている。

その中でも、ただのひとりとして、壁を壊せた者はいないのだ。


「出られる方法は確立されているのだから、おとなしくそれに従ったらいいでしょ?」

「本音を言うと、成分を持って帰りたいのです。ダメですか?」


「…………あのね、悪性生物が寄ってくるって言ったでしょ? 音も衝撃もダメだってば」

「その、悪性生物も捕獲したいのですが」


話を聞いていないのだろうか、とアワリティアの眉がピクリと跳ねる。


「いい加減にしなさい! あのね! 一歩間違えばすぐ命を失う危険があるの! だからリスクはできるだけ排除しないと――――」


セルヴが騒ぎ始める。

悪性生物の接近を感知したのだ。


「あーっ! もうあんたたちのせいよ!」

「ボクら何も……」

「構えなさい! 早いわ!」


暗闇の中を、石灰色の物体が赤い光を携えて迫り来る。

白骨の狗スケルトンドッグだ。

骨だけの体でありながら時速六十キロを超える速さで走る迷宮階層に住む悪性生物で、躊躇いもなく人を食う。


アワリティアは風の防御を展開しようとしたが、その前にブレインが出る。


「危ない!」

「大丈夫。これくらいなら余裕です」


鋼鉄の腕へ狗の眼光が近づくと、ドン、という衝撃と共に、白骨の狗は首を抑えつけられて捕まっていた。

凄まじい力なのか、もがくこともできず、口の端からよだれを流している。


「……あれ、アトルシャンとの通信切れてますね」

「当たり前でしょ。ここ、異世界だって言ったじゃない」


「えぇ……。ショックです。じゃあ、転送もできませんね……」

「それ、ちゃんと始末してね。今は声を出せないみたいだけど、遠吠えして仲間を呼んじゃうから」


ブレインは残念そうに狗の頭を叩き割る。

それを見て、アークが怪訝そうな顔をした。


「何その顔。可哀想とでも言うの?」

「いえ、必要なことですから。僕はただ、できるだけ苦しまずにしてあげられたら、と思っただけです」

「ふーん、聖職者みたいなこと言うのね」


アワリティアは迷宮の奥へ目をやる。

どうやらここへ来たのはこの一匹だけのようだ。


「次が来ないうちに進むわよ。ついてきて」


セルヴに風を読んでもらい、迷宮を進んで行く。

悪性生物の気配は一キロ先でもわかるが、それでも先手を取れるかどうかは運が絡む。

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