大きい亀ですね
屋敷の庭に、一匹の大きな陸亀がいた。
最初に気がついたのは、自動で動く機械を使って草刈りをしていたブレインだった。
「亀……」
亀は警戒する様子もなく、のそのそと歩き、雑草を食む。
その背中に背負う甲羅は、まるで層を重ねたような模様になっており、全部で五つに分かれていた。
「危ないので避けておきましょうか」
ブレインは亀を持ち上げて屋敷の中へと帰る。
なかなかに重く、まるで石のようだ。
「アークくーん! ちょっとー!」
ブレインが呼ぶと、アークが奥の部屋から顔を覗かせた。
「うわっ、大きい亀ですね」
アークも驚きながら亀を見る。
「庭に入ってきていたんですよ。今草刈りをしていて危ないので、終わるまでどこかに匿っていてもらえませんか?」
「あっ、じゃあ玄関にいてもらいましょう。たしか倉庫に大きめの木箱があったので、ちょっと待っていてくださいね」
そう言ってアークが持ってきた箱に亀を入れて、中に野菜の切れ端と水を入れた皿を置いた。
亀はよほどお腹がすいているのか、出された野菜を懸命に食べている。
「可愛いですねえ」
「リクガメってほとんど草食らしいですよ」
ブレインはアークと一緒に座り込んで亀をじっと見ていた。
しばらく食事を続けていた亀は、そのうちに箱の隅へ移動して眠ってしまった。
眠る姿を眺めていると、そこへゼオルが通りかかって眉をひそめた。
「お前たち何を……」
「しっ! ゼオルさん、今眠ったところなんですから」
「そうですよ、話すなら向こうにしましょう」
「ん、いや、話があるわけでは……」
ゼオルをリビングへと押し込み、扉をそっと閉めた。
「どこで拾ってきたんだ?」
「庭に入っていたんですよ。どこから来たんでしょうね。アークくん、種類調べられます?」
「載っているかわかりませんけど、図鑑持って来ましょうか」
アークが部屋へ行こうとすると、ちょうどよくゴートが外から帰ってきた。
「そこにいる亀、誰のだ?」
帰ってくるなり、ゴートは三人へ聞く。
「誰、というと、ブレインさんが見つけた亀ですが……」
「そうか。この亀、どうするんだ?」
「え? 草刈りが終わったら外に放すつもりですけど」
ブレインがそう言うと、ゴートはため息をつき、バカにするような表情をした。
「お前、マジか。この亀が何なのか知らねえんだな」
「……なんだか腹の立つ言い方ですね。わかるんですか?」
「迷宮亀だぜ、こいつ。こんなところにもいるんだな」
「だんじょんたーとる?」
ブレインがアークたちの顔を見るも、ふたりとも知らない様子できょとんとしている。
「お前ら、本当に知らねえのか? 一攫千金だぞ?」
「そうは言うがな」
「僕らお金に困ったことありませんからね……」
「あーっ! 言ってはいけないことを!」
ゴートがアークに食ってかかろうとするのをゼオルが片手で止める。
「そんなことより、何がどうなって価値があるんですか? ボクにはただの亀にしか見えないんですけど」
「……迷宮亀って言ったろ。こいつの体内は迷宮になってんだよ。一番奥までたどり着けたら、天珠っていう綺麗な真球の宝石があって、それに世の中の金持ちは群がってるんだ」
「話がさっぱり読めないんですけど。体内の迷宮とか一番奥とか。割って見たらいいってことですか?」
「いや、ちげえ。説明が難しいんだよ」
「……この中に別の世界が存在すると?」
ゼオルが呟くように言うと、ゴートは指をパチンと鳴らした。
「そうそう! それだ。迷宮を攻略して天珠を手に入れたら一生遊んで暮らせるんだぜ。それなりに知識や準備もいるが、命をかけるだけの価値がある」
「へえ、面白そうですね!」
「ゴートさんはやったことあるんですか?」
アークの問いに、ゴートは頷いた。
「一度だけな。ただ、かったるいし空気も悪いから、二度と行かねえとは思ったが」
「やりましょうよ」
「えぇー……」
目をそらして嫌そうに返事をする。
そしてすぐに、何か閃いた顔をした。
「ひとり、詳しいやつを知っている。おれもそいつに連れて行かれたが、知識は専門家にも等しいレベルだったぜ。どうせお前らは天珠には興味ねえんだろ? そいつに報酬としてくれてやるなら、喜んで協力するはずだ」
「おおっ! 専門家の登場でなんだか冒険感が出てきましたね!」
ブレインはテンションを上げて鼻息を荒くする。
「いや、何度も言っているが、そんなにいいもんじゃねえぞ……」
ゴートは本当に、心の底からうんざりした様子で言った。




