少し乱暴じゃないですか
「ええ、では続きまして……」
彼が演目を続けようとしたその時だ。
会場の扉が勢いよく開く。
「兄貴、大変だ!」
船員が血相を変えて飛び込んで来た。
「プロムナードのやつらが来ている!」
「……なんだと?」
「だから、うわっ!」
突如、彼は後ろから蹴り飛ばされた。
その背後には顔が傷だらけの、恐ろしい風貌の男がいた。
「よお、ダナン。いい船だな」
「プロムナード……」
「貸した金、返せるようになったみたいじゃねえか」
彼の部下が続々と入ってきて、あっという間にダナンを捕まえた。
「ま、待て。まだショーの途中なんだ。話なら後で聞く。だから……」
「てめえ、前もそうやって逃げただろ」
「くっ……」
アークはわけのわからない状況に戸惑っていたが、ある程度把握できたところで、立ち上がってプロムナードへ言った。
「あの、少し乱暴じゃないですか?」
「なんだ、てめえ」
「客です。こんなに荒っぽくやる必要ないじゃないですか」
プロムナードは笑った。
「お前さん、知らねえんだろ。こいつはな、うちから大金を借りてんだよ。人生三回やり直したって返せない額だ。うちだって金が自然に降ってくるわけじゃねえ。取り立てしなきゃ食いっぱぐれる。だがこいつは返す意思も見せず、逃げ回ってんのさ」
アークがダナンを見ると、バツが悪そうに顔を伏せた。
「返さねえってんじゃ、無理にでも取り立てるしかねえだろ。お前さん、俺にビビらず意見を言う気概があるみたいだがよ。こいつを助けることはできやしねえよ」
「……僕が代わりに払います」
「駄目だ。クズを甘やかすな」
プロムナードが顎をしゃくって部下へ指示を出す。
ダナンは船外へ連れていかれそうになったところで、アークはさらに一歩踏み出した。
「待って、待ってください。少し、時間をください」
「時間はもう十分に与えた」
「僕がスポンサーになります。甘やかすなということであれば、ビジネスにさせていただきます。それならいいでしょう?」
プロムナードはため息をついた。
「さっきも言ったが、こいつの借りた金は大金だ。お前がママからもらってるお小遣いじゃ払えねえんだよ」
「でも、その人を連れて行っても回収できる見込みはないのでしょう? 少し待っていてください。連絡をとります。ダナンさん、この船に連絡機は?」
「あ、ある。そこのステージ裏のスタッフルームだ」
アークは連絡機でフェルガウへかけた。
こういうことに詳しいのはおそらくゴートだ。
彼女を呼び出すまで少し待った。
『おう、またなんかやったのか』
「ゴートさん、プロムナードさんって知ってますよね?」
『金貸しだな。なんだ、あいつと揉め事か?」
「いえ、揉めてはいないんですが……」
アークが事の経緯を話すと、ゴートは少し考えて言った。
『貧乏旅団のスポンサーなんか正気じゃねえぞ。まあでも、それならお前がやるよりおれの方に任せてくれ。借金はどうにかしてやる。プロムナードもおれの名前を出せばこの場は引くはずだ』
「わかりました。では、お任せします」
通話が終わるのを待っていたプロムナードは、椅子に座って葉巻を吸っていた。
「で、ママのお許しは出たか?」
「この件はゴートさんの預かりになりました」
「……ゴート?」
プロムナードの葉巻を吸う手が止まる。
「ゴートがこのクズの借金を引き受けるって?」
「正気じゃないとは言っていましたが……」
「そりゃそうだ。だが、やつがそう言うなら金は返ってくるな」
プロムナードはダナンを蹴って、部屋に転がした。
「てめえ、この小僧に感謝して二度とその面見せるんじゃねえぞ」
「は、はい。ありがとうございます」
ダナンは額を床に擦り付けるようにして頭を下げた。
プロムナードたちがぞろぞろと引き上げていこうとしたところで、アークは声をかけた。
「あの、たったそれだけでいいんですか?」
「あ?」
「だって、僕がゴートさんと知り合いである証拠はないんですよ?」
「お前、面白いことを言うやつだな。ふたつ、理由はある。ひとつは、あいつの名前を騙るなんてことは、あいつを少しでも知っていたらやらないことだ。報復が怖いからな。それともうひとつ。俺は金貸しだ。人を信用するのが仕事だ。まあ、お前が嘘をついていたら、その情けねえオヤジが魚のエサになるだけのことだが」
プロムナードが目線を向けると、ダナンは小さく悲鳴をあげた。
「俺も忙しい。利益にならないことに時間をかけている暇はない。質問は終わりか?」
「え、あっ、はい。すみません、引き止めてしまって」
彼の後姿を見送り、扉が閉められてから、アークは床に座ったままだったダナンを抱え起こした。
「……大丈夫でしたか、ダナンさん」
「すまない。助かった……」
涙を流しながら礼を言うダナンの上に、ゼオルが乗る。
変化させられたまま、放っておかれたことを講義しているのだろう。
「ニャー」
「ゼオルさん、乗っちゃダメですよ!」
アークが慌てて抱え上げて床におろす。
「……お客さま、大変申し上げにくいのですが、今日は戻せないかもしれません。というのも、この魔法はすごく繊細で神経を使います。現在の状態で行うのは難しいのです」
「ニャー!」
ゼオルが爪を立てて彼を威嚇する。
「ゼオルさん、仕方ありませんよ。明日までおとなしくしておきましょう」
「ニャー……」
「宿に戻りましょう。僕らはまだ時間もありますから」
アークはダナンへ宿の場所を伝えると、ゼオルを抱き上げて船を出た。
まだ日は高く、眠るには早いが、万が一を考えると、室内にいる方が安全だ。
「猫になって何か変化ありますか?」
「ニャー」
「そうですか。それにしても、柔らかいですね」
アークが喉を撫でるとごろごろとゼオルは音を鳴らす。
白い体は毛並みもよく、触り心地はまるでミンクだ。
宿へ着き、カウンターで事情を説明して部屋へ連れ込む許可をもらった。
「体洗いましょうか? せっかく良いって言ってもらえたので」
「ニャー、ニャー」
「え?恥ずかしい?」
「ニャー……」
「ダメですよ。砂埃ついてますから、洗わないと部屋が汚れます」
アークは力なく緩やかに抵抗するゼオルを連れて、湯場へ向かった。