やたらと猫が多いな
そんな商船たちばかりかと思ったが、端の方ではやけに煌びやかな船も止まっている。
赤色の船旗が翻り、船も独特の色合いのペンキで塗られている。
良くも悪くも、かなりの存在感を放っている。
「……なんだあの船は」
「旅芸人ですかね。赤い旗って、たしかそういう意味があったような……」
なんとも目にうるさい派手な外観から、とにかく人の記憶に留まろうとする意思が見える。
その船の周囲にはまだ人だかりができていないところを見るに、停泊しているだけのようだ。
「見に行ってみるか?」
「いいですね。行きましょう」
アークは最後の一口を詰め込んだ。
港へと続く階段を降りていくと、一匹の三毛猫がゼオルにすり寄ってきた。
「ニャー、ニャー」
「なんだ?」
ブーツに頭を擦りつけて、マーキングをしているようだ。
「わぁ、可愛いですね」
アークが猫を抱えると、こんなに長かったのかというくらいに胴が伸びて、抱えているのに足は地面についている。
「この町、やたらと猫が多いな」
「エサがもらえるからですかね」
アークが猫を離しても、そこから逃げようという素振りはない。
まるで飼い猫のように人馴れしている。
ゼオルたちはついてくる猫を気にかけながら、旅芸人の船へと向かった。
船の甲板へは階段がかかっており、そこでは飾りつけが行われている。
作業をしていたうちのひとりがゼオルたちに気がついたのか、声をかけた。
「やあ、ようこそ。旅の一座、ドメニコへ」
恰幅のいい男がつやつやもした顔で、ゼオルとアークへ握手を求める。
「ドメニコとは航海士の名ではなかったのか?」
「偉大な航海士さまの名前にあやかってね。お客さんたち、観光だろう?良かったら見ていかないか?」
「まだ準備中じゃないんですか?」
「いや、これは明日の準備だよ。大々的にやるつもりなのさ。でも、君らに明日来てって言っても、君たちにも予定はあるだろう。だったらせっかく立ち寄ってもらった時に見てもらおうってことだよ」
商売魂というか、芸人魂がたくましいのだろう。
とにかくひとりでも多くの人に芸を見て欲しい、という気持ちが、その快活な態度からひしひしと伝わってくる。
「そこまで言うなら見せてもらおう。アーク、いいな?」
「僕は構いませんよ。面白そうですし!」
「かしこまりました! ようこそドメニコへ!」
男性が案内を始めると、他の船員もいっせいに接客の態度となった。
ゼオルたちは導かれるままに、階段を進み、船内へと入った。
赤と金の装飾をされたステージと、その前には二十ほどの椅子が整然と並べられている。
あまり大きなステージではないが、手入れが行き届いており、埃ひとつ落ちていない。
「さあさあ、どうぞお席にお座りください」
ゼオルたちが席につくと、旅芸人たちのショーが始まった。
剣のジャグリングや、手先を器用に使ったマジック。
こうした芸は魔法を使わず、修練によって身につけた技術で行われる。
だから、アークだけでなく、ぜオルもその巧みな技には目を奪われていた。
「さて、それではいよいよ最後の芸となります。大トリは私、ドメニコ旅団、団長のダナンが行わせていただきます」
ゼオルたちを案内してくれた体格のいい男がステージ上で言う。
「そこの綺麗なお姉さま、壇上へおあがりください」
「うむ、我か」
彼に呼ばれて、ゼオルはステージへ上がる。
「これから行うのは芸ではなく魔法です。先に説明させていただきますが、私が開発した魔法で、その名も『猫にな〜る』です。人を猫に変えることができます。聞いたことのない魔法でしょう?」
彼は自慢げに言った。
たしかに、人を変化させる魔法というのは珍しい。
自身の変化であっても、そうそう習得できるものではないのが一般的だ。
「ああ、そんなに不安な顔をなさらないで!危険なことは一切ございません。もっとも、お姉さまがお魚を召し上がらないというのであれば、猫として生きるのは大変でしょうが!」
いまいちなギャグが発せられ、アークの乾いた笑いが場内に虚しく響く。
ゼオルは腕を組んで彼の魔法が自分へどんな影響を与えるのか待っていた。
「さて、それでは参りますよ。三、二、一、はい!」
指をパチンと鳴らす。
すると、ゼオルの体が灰色の煙に覆われた。
手足が縮み、床との距離が近くなる。
「……ニャー」
全身を覆う白く艶やかな短い毛。
長い尻尾が視界の端に見える。
脱げ落ちた服の中から這い出て、自分の手足を困惑しながら見た。
どこからどう見ても猫だ。
魔力も抑えられているのか、普段の自分よりもいっそう無力になったように感じる。




