私は逃げも隠れもしない
屋敷の門の前で休んでいたリンは、何かの気配を感じて目を覚ました。
人か獣か、その判別はつかない。
正面の街道に人の影はなく、視界のどこにも敵はいない。
しかし、見られている感覚がする。
次の瞬間、左肩に衝撃が走った。
「ぐっ!」
痛みに顔を歪めながら肩を見ると、銀色の小さな弾が戦闘衣に突き刺さっている。
凍結には耐性のある衣だが、刺さった周辺が凍りついていた。
「遠くから飛ばしているんだ……!」
少なくとも、見える範囲に敵はいない。
リンは大きく息を吐き、音に集中した。
先程と同じく、弾は体に命中した。
そのあとに一瞬遅れて、破裂音のような音が聞こえる。
「いってえ……。どういう魔法? 音に乗せて飛んでるの? 見てからじゃ避けられないか」
いくら戦闘衣が頑丈だと言っても、そう何度も当たっていられない。
それに、衝撃は殺しきれておらず、骨のきしむ音も聞こえる。
しかし、ゼオルに鍛えられていたときのことを思い出すと、この弾自体に命を奪うほどの威力はないと分かる。
「氷結戦闘衣、第二段階、結晶展開」
冷気の流れに乗って、きらきらと輝く小さな結晶が空中に浮かぶ。
次の弾が撃ち出され、真っ直ぐ飛んでくるところがリンには見えた。
銀の弾丸は、氷の結晶に阻まれ、はじかれて地面へ刺さり、一帯を凍らせる。
そしてその弾の道筋と角度のおかげで、リンにも敵の居場所がわかった。
町で一番高い鐘楼の、屋根の上。
「そこか!」
リンは結晶のひとつを、拳で殴って弾の来た方へと撃ち出す。
敵と同じような精密な射撃など、リンにはできない。
凄まじい力で、町の鐘楼を貫通し、破壊したのだ。
「遠くからバカスカ撃ちやがって。これで近くに来るしかないでしょ」
遙か遠くで、噴煙をまき散らしながら、鐘楼が崩れていく。
倒壊の巻き込みで倒されてくれるとありがたいが、魔族のような相手だったとしたら、これくらい問題なく脱出しているだろう。
その証拠に、浮かぶ結晶へ銀の弾が突き刺さる。
角度が変わったことから、移動しながらこちらを狙ってきていることは明白だ。
しかし、敵もこちらにその狙撃が有効でないことは理解しているだろう。
リンは仁王立ちで敵を待った。
堂々とすべての攻撃を受け止めることで、実力差を思い知らせるためだ。
「出てこい! 私は逃げも隠れもしない!」
近くまで来ているであろう敵へ向かって言う。
すると、透明の薄膜が剥がれ落ちるようにして、街道に敵の姿が現れた。
片目を大きな眼帯で隠した銀髪の青年は、細長い武器を下へ向けた。
「化け物め……!」
「見たことない? びっくりしたでしょ。私を倒すには結晶の隙間を縫うしかないよ。さあ、かかってきな」
リンは拳を構えた。
青年も武器の形態を変え、一本だったものを小さなふたつへとわける。
「それ、なんていうの?」
喋りながらリンは氷の結晶を前面へ集める。
「銃だ。こう使う」
リンへ銀の弾が発射され、結晶がそれをはじく。
それを合図に、リンは彼へ突進した。
小型の銃は凄まじい連射速度を誇っており、それが次々に結晶へ突き刺さっていく。
はじかれない角度を計算して、結晶を割ろうとしているのだ。
リンは薄いところを察知してはすぐに別の結晶でカバーしながら、前へ進む。
もうあと数歩というところまで来たとき、不意に青年が銃を壁に向けた。
発射された銀の弾は、民家の壁に当たり、跳ね返って結晶の壁の裏にいるリンのこめかみへとまっすぐ飛ぶ。
しまった、と思った時には、弾は避けられない距離にまで迫っていた。
頭部にあたり、衝撃で大きく体勢が崩れる。
「銃を相手に正面から突っ込むなど、愚行だ」
青年が勝ち誇った顔をする。
――しかし、リンは倒れなかった。
「どうなっている!?」
青年は驚嘆の声をあげた。
リンは顔の半分が凍っているものの、目線はしっかりと青年をとらえていた。
たん、と飛び、青年へ近寄ると、手刀で片方の銃を叩き落とそうとする。
青年がそれを察知したかのように、すかさず飛びずさりながら、爆弾のようなものを取り出してリンへと投げつける。
爆発と同時に辺りが凍りつくが、リンは表面についた氷をぱきぱきと割りながら、青年へ近づいた。
「なぜ死なない! 物理限界を超えたマイナス千五百度の凍結液だぞ!?」
「そのマイナスなんとかってのはわからないけど、たいしたことないね」
リンは結晶も納め、体から噴き出す冷気量を上げる。
「第三段階」
氷の魔族と人間のハーフであるリンは、凍らない。
リンは彼の前で止まり、腰を落としてまるで弓のように拳を引いた。
「最後に言い残すことは?」
「ば、化け物め……」
リンは眉をひそめると、彼の胴へ拳を叩きこむ。
彼は吹き飛び、民家の壁へと直撃すると、そのまま周囲と共に凍りつき、氷の華を咲かせて気を失った。
「ここじゃ、これが普通なの」
リンは垂れ下がった髪をかき上げた。
ハルワタートが目を覚ました時、空は真っ赤な夕焼けに包まれていた。
「目、覚めた?」
となりには先程戦った女傑が座っており、声をかけた。
「うっ……」
起き上がろうとすると全身が痛み、ハルワタートは顔をしかめる。
「起き上がれるわけないでしょ」
「なんで、殺さなかった」
「私の好きな人がそういうのを嫌がるから、人は殺さないことにしてるの」
「甘いことを……」
「そうね。私は甘いから、相手を殺さなくてすむように、強くなったの」
彼女の透き通るような瞳は遠くの空を見ていた。
敵を殺さないという選択ができることに、ハルワタートは尊敬にも似た感情を抱いた。
「名前、聞いてもいいか?」
「私はリン。勇者家護衛隊長のリン」
「リン、僕はハルワタートだ。アトルシャンで凍将という地位についている」
「それって、上の方なの?」
ハルワタートはふっと笑うと目を閉じた。
本当ならもうひと暴れしたいところだったが、冷えのせいか、手足がうまく動かない。
殺さないとは言っても、自由にさせるとは言っていないのだから、それくらいはやるだろう。
戦争に負けた兵士がどうなるか、よく知っている。
かつての仲間たちは、はりつけにされたあと、銃殺された。
しかしそれでも、自分で命を断つことをしてはならない、とブレインから言われていた。
すべての物事は勝ちへ続く最中であり、死ぬことが最も恥ずべき敗北である。
そう信じているから、最後の瞬間まで諦められない。
「君の仲間は、アトルシャンへ向かったのか?」
「アトルシャンってあんたらの城のこと? たぶん今日中に片がつくと思うよ」
リンは疑う様子もなくそう言った。
「それは無理だ。僕はアトルシャンの中でも一番弱い。ホスロウとブレインさまはもっと強いんだよ」
「それはこっちも同じよ。あいつを前にしたら、今みたいな強さ比べすら馬鹿らしくなるわ」
一歩も引かないリンに、ハルワタートは苦笑した。