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女になった魔王さま  作者: 樹(いつき)
第十話 魔王さまたちと七つの大罪 後編
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だからって

獣型の魔族であるイーラは、部屋の中心で、廊下を歩いてくる誰かを待ち構えていた。

漂ってくる匂いは人間のものだが、気配を消す技術は野生の獣に近い。


イーラは爪を伸ばし、牙を剥き出しにした。

今まで、敵対した組織には単身で乗り込み、幾多の傷を負っても最後に立っているのは自分ひとりだった。

強さには実績と自信がある。

だからイーラに恐れはなかった。


そうしていると突然、部屋の外からひと振りの剣が飛び込んできた。


(速いが止められないほどではない!)


イーラがそれを爪で剣を弾くと、気配が一瞬で頭上へと移動していた。

上を見る前に、イーラは正面へ飛び込んだ。

その瞬間に、立っていた場所へ四本の剣が突き刺さる。


「何だと!?」


見上げても敵の姿はすでになく、剣が次々にイーラを目掛けて飛んでくる。

身を躱し剣を弾きながら敵の姿を探すと、敵らしき少女はまだ部屋の外にいた。

どうやら両手で剣の動きを操っているらしく、糸を繰るように、滑らかに動かしている。


「魔法か! 卑怯者め!」


イーラが少女へ向かって突撃しようとすると、四本の剣が上手く連携して、行く手を遮ってくる。


「ああああ!! うぜえ!!」


剣を全て叩き折ってやろうとイーラは意識を剣へと向けた。

すると、少女が懐へ飛び込んできた。


イーラはそれを狙っていた。

剣の間合いはもう全て覚えた。

これならギリギリ躱して反撃ができる。


そう思っていたのだが、突如、右の脛を撫でられる。

少女の手には、鋼鉄の長槍が握られていた。


「槍なんてどこから……!」


気がつくと、宙を舞う剣は、全て槍へと変わっていた。

敵の目が慣れたところで間合いを変えるのが彼女の戦い方か、とイーラが気がついた時にはすでに遅かった。

槍の中に混じったナイフが太ももへ突き刺さる。

その衝撃で動きが固まり、避ける間も無く、反対の太ももには槍が突き刺さった。


イーラは舌打ちをする。

もうあと数秒も生きてはいられまい。

そう思い、身を丸めて少女へと狙いを定める。

例え肉体が死のうとも、速さと衝撃は死なない。


イーラは自身を巨大な肉弾とすることに決めて、両足に力を込めた。

そして、打ち出そうとした瞬間に、体がふっと軽くなったのを感じた。

足が切断されたことに気がついたのは、地面に叩きつけられてからだった。


足掻くイーラの眼前に、少女が座り込む。


「おれの勝ち、だな」

「まだだ、まだ、負けていない」

「その根性だけは認めてやるよ。だが、引き際はわきまえた方がいいぜ」


イーラの首筋に四本の剣の先端が当てられる。


「俺が命を惜しむとでも?」

「……だろうな」


イーラは腕の力だけで体を打ち上げ、少女へと迫った。


「死ねえええええ!!」


自慢の鋭い爪は剣に止められ、少女へ届かない。

彼女は座ったまま、一歩も動かずに剣を操り、イーラの首を貫いた。

支えを失った頭が宙を舞い、部屋の壁にぶつかった。

残った首の断面から血が吹き出して、雨のように部屋の中へと降りそそぐ。

イーラは転がった頭部でその光景を目にして、勝負が決したことを理解し、静かに目を閉じた。






「さーて、ボクらもやりますよ!」


ブレインがグーラを引き連れて狭い廊下を進む。


「ふたりでやる必要があるのか?」

「ボクはそもそも戦うのあんまり好きじゃないんですよ。痛いし。あなた相手に大きい怪我もしましたから、念には念を入れて、ですよ」

「戦うのが嫌いなら出て来なければ良い。お前の言うことは矛盾しておるぞ」

「人間とは矛盾するものなんですー」


廊下の先に開けた空間が見え、ブレインたちがそこへたどりつくと、中央で細身の男が立ったまま本を読んでいた。


「おっ、いたいけな少女がふたりも。嬉しいな」


男はそう言いながら本を閉じる。


「あなたがルッスーリアですね。お久しぶりです」


ブレインがそう言うと、ルッスーリアは思い出したようで、満面の笑みを浮かべた。


「ああ! あの時の名器か!」

「よくも気絶していたボクに好き勝手してくれましたね」

「怒ってるのか? あんなに気持ちが良かったのに!」

「気持ち良かったのはあなたひとりでしょう!?」

「一緒に気持ち良くなりたかったのか?」

「うるさい!! グーラ、やりますよ!」

「ふむ。もう少し聞いていたかったが……」


グーラが仕込み杖を手に、前へ出る。

ブレインは後方から未来予測を使って援護をする、と事前に決めていたことだ。


「グーラ? お前、グーラなのか?」

「わしには記憶がなくてのう。お前のことは知らんが、何やら強者の気配がある。さあ、斬り結ぼうぞ」

「面白いな。性別を変える手段があるのか。俺も女の子になりたいんだけど、してもらえないか?」

「わしに勝てたら考えてやろう」

「よーし勝つぞー!」


緊張感のないふたりから、ブレインは目を離せなかった。

彼らは軽口を叩きながらも、相手の出方を伺っている。

そうしていると、光と音とが同時に起こった。


それは、ブレインの強化した動体視力でやっと見える程度の速さだった。

グーラの剣が引き抜かれ、光の反射による斬撃が起こったと同時に、ルッスーリアはグーラの死角へと飛んでいた。

いつのまにか、彼の拳には鈍い鉛色のメリケンサックが握られており、グーラの胴へとアッパーを放つも、グーラは見切って躱した。


一瞬の攻防だったが、彼らが同程度の強さであるとブレインは感じた。

ルッスーリアの顔つきは真剣そのものであり、先程までのふざけた態度は一気に引っ込んでしまった。

グーラもまた、笑みは浮かべているものの、手を抜いている様子はない。


ブレインは位置を調整しながら、ルッスーリアへプレッシャーを与える。

グーラだけに集中させないようにするためだ。


隙を見て、ブレインが鋼鉄の腕で攻撃を仕掛けるも、手のひらで受け流される。

彼が防御に徹すると、グーラですら攻撃を当てられないようだ。


「ははっ、強いね」


ルッスーリアは後方へ飛んで、距離を開いた。

軽く汗はかいているものの、息は上がっていない。


一方、グーラとブレインは汗だくで、呼吸も乱れていた。


「ここまで身体能力が低い体だったとは……!」

「攻撃し続けるって、大変なんですね……!」


ルッスーリアはとんとん、と軽くステップを踏み、腕を構えた。


「ようやく温まってきたな。降参するかい? 俺は構わないよ」


ブレインは言い返さず、中指を立てた。


「そうかい。じゃあ、また気絶していてもらおうかな」


構えたルッスーリアは、先程までよりも早く、まずはブレインの懐へと入り込んだ。

未来予知により、ブレインに攻撃の軌跡は見えていたが、反応が間に合わない。

ルッスーリアの拳は、最速で最短距離を打ち抜いてくる。

ブレインの顎をかすめ、脳震盪によって、ブレインは気絶こそしなかったものの、床へと倒れ込んだ。


「ッシ!」


ルッスーリアはグーラの突きを躱し、刃を打ち上げる。

そしてそのまま右鎖骨へ、拳を振り下ろした。

もろに入ったのか、グーラが苦悶の表情を浮かべて、右手に握っていた仕込み杖を落とす。


「鎖骨を折った。もう剣は握れないよ」

「まだ左手があるわ!」

「っと、遅い遅い。右手で当てられないものを左手で当てられるものか」


ルッスーリアはグーラの左手をおさえる。

単純な筋力でも彼の方が上のようで、グーラは身動きが取れなくなった。


「じゃ、俺の勝ちってことで」

「――――っ!」


ルッスーリアはグーラにキスをした。

グーラの記憶を見たブレインは、彼の唾液に強力な媚薬のような効果があることを知っている。


「グーラ!」


ブレインが声をかけても、グーラは手をだらんと垂らして、ルッスーリアにされるがままになっている。

性欲とて、度を越せば体の自由を奪うことくらいは容易い。

それに彼の毒は体に直接作用するため、気を失っていても効果がある。

つまり、投与されたら、逃げられない。


ルッスーリアが口を離すと、粘ついた唾液が糸を引いて垂れた。

グーラをゆっくりと床に寝かせると、ビクビクと痙攣している。


「君はこれがどういう状態かわかるだろう? 抗いようのない快楽への渇望が、絶えず襲いくるんだ。このままだとグーラは壊れるぞ。負けを認めて、俺を女の子にしてくれ」

「壊れたって構いませんが、まだあなたを倒して治すことは可能です……」

「じゃあ、そのふらついた足でどれだけできるのか、試してみなよ」


ルッスーリアはグーラを背にして腕を構えた。

ブレインはまだ景色が揺らいで見えている。

かなり、厳しい状況だった。


その時、グーラが音もなく立ち上がった。

ブレインの驚いた表情で、ルッスーリアも気がついたのか、振り返ろうとした。

次の瞬間、ルッスーリアの体にいくつもの線が入る。


「――――あ?」


ルッスーリアは崩れて、ばらばらと床へ散らばった。

グーラが斬ったのだとブレインは推測したが、彼女にだってルッスーリアの毒が効いているはずだ。


「るあああああ!!」


グーラはよだれを撒き散らしながら、デタラメに剣を振り回している。

まだ女性の体になったばかりで、絶え難い興奮に対する耐性がなく、解消する方法がわからないのだ。

まるで狂犬のように暴れるグーラを見て、ブレインはほぞを噛んだ。


ルッスーリアは完全に肉塊と化しているがグーラの毒が抜けていないということは、これは魔法ではなく物理的に作用する化学物質ということになる。

血清をこの場で作れるだろうか。

ブレインは自身の体の中に装備しているナノマシンに働きかけた。


ナノマシンは体の中の栄養や酸素を細胞まで運ぶ役割を担っている。

改造を重ねた体で起こる不備を、自動で調整するようにプログラミングしてあるのだ。

前の体を分析してルッスーリアの毒のデータはとってあり、この体にはワクチンを打ち込んでいるが、抗体を血清にするにはもっと純化が必要だ。


(たしか、これくらいでしたかね……)


かつて人の血液から血清を作った時のことを思い出しながら、ブレインはナノマシンを動かしていく。

急激に血液を使ったために少しふらつくも、グーラから離れて精製を行なっていく。


「できました……。でも……」


グーラはまだ狂ったように暴れている。

どうやって血清を打ち込むか、と考える。

血清を積んだナノマシンを体内へ入れるだけのことが果てしなく難しい。


「くっ、あいつと同じ手段をとるのは癪ですが、仕方ありませんね!」


ブレインはナノマシンで体内の薬袋を破り、ドーピングで集中力と反射速度を上げた。

わずか一分だけのブーストだが、今は十分だ。


グーラに近づくと、こちらを標的としたようで、剣を振り回しながら走り寄ってくる。


「予知!」


ブレインは一撃目を完全に見切って躱す。

そしてグーラの体が伸びきり、切り返すための力を入れようとしたわずかな間に、プラヴァシの腕を使って、グーラの片足をすくい上げた。

体勢を崩したグーラの頭部を掴み、床へと叩きつける。

ブレインは彼女を完全に無力化するため、胸の上に乗って、膝で左肩を抑えた。


「ごめんなさい!」


ブレインはグーラにキスをして、口移しでナノマシンを受け渡した。

ブレインにとっても生まれて初めてのキスだったこともあり少し戸惑いもあるが、成功したようでホッと胸を撫でおろした。

グーラが暴れるのをやめたため、ブレインは彼女から降りて、様子を見守った。


(それにしても、キスって……)


そっと、自分の唇を触ってみる。

自分では柔らかいかどうかすらわからないのに、グーラの唇は、信じられないほど柔らかかった。


「って、何を考えているんですか、ボクは!」


頭をくしゃくしゃと掻いて、煩悩を払うように、ルッスーリアだったものを調べることにした。

唾液に毒が混じっているということは、彼は魔族との混血なのだろう。


「一応、どれがどれだかわかるくらいではありますね」


グーラに切り刻まれたとはいえ、粉々になったわけではなく、大きな肉の塊になっただけだ。

ブレインはその中で頭部を拾い集めて、脳の構造の違いを調べようとした。

三つに分かれた頭部をくっつけて足りないパーツはないか考えていると、突然、その頭部が動き出した。


「うわっ!」

「すまないが、何か、糸みたいなもので繋いでくれないか」


頭部だけのルッスーリアは、流暢に喋り始めた。

喋るたびに少しずれて、離れたところは動きを止める。


「ど、どどどどどうなっているんですか!?」

「俺、ゾンビとの混血なんだよ。だから、とれてもくっつければ動けるのさ」

「だからって!」


臓器もないのに喋るとはどういう仕組みなのだ。

魔力とはそれほど万能なものなのか。

ブレインはとりあえず彼の頭だけを集めて、持っていたホッチキスで止めた。


「便利な道具だね、それ」

「ボクの作ったものですからね。あげませんよ」

「あと、できれば体も直してもらえると嬉しいんだけど」

「調子に乗らないでください」


ブレインは彼の頭部を持って、グーラの元へ行く。


「グーラ、起きてください」


体を揺すると、グーラは苦しそうに呻いて起き上がった。


「……む。頭が痛む……。何が、あった?」

「ルッスーリアにやられたんですよ」

「……そうか」


状況をうまく飲み込めたのかわからないが、どうやらそれで納得したらしい。


「城の外まで歩けますか? もうみんな、終わって出てきていると思いますから」


ブレインは頭だけになったルッスーリアをぶら下げ、奥の扉を見つめた。



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