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女になった魔王さま  作者: 樹(いつき)
第十話 魔王さまたちと七つの大罪 後編
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一理あるな

アークはブレインの部屋をノックして開いた。


「ブレインさん、来ました」

「待ってましたよ」


本棚に囲まれた部屋の中には、椅子に座ったブレインと、その隣でマントに包まれてぐったりとした様子で床に座っているグーラがいた。


「え、死んでませんよね?」

「麻痺させてるだけですよ。あと数時間もすれば動けるようになります」


言われてよく見てみると、肩がかすかに動いており、ちゃんと呼吸はしているようであった。


「処理って聞きましたけど、何したんですか」

「記憶の読み取りと遺伝子の照合ですよ。ボクに酷いことをしたのはこいつじゃなかったのが残念でしたね。それでも、記憶から犯人の顔は覚えましたけど」


ブレインが悪い笑顔を浮かべる。


「よくわかりませんが、ええと、それで僕はどうしたらいいんですか?」

「やだなぁ。いつものですよ、アークくん。彼を彼女にしてください。彼の力は手元に置いておいて損はないと思います」


それを聞いて、アークは複雑な感情を覚えた。

使えるものを何でも使うことには異論はないのだが、それでも相手は選ぶべきではないのだろうか。


「……でも、この人殺人鬼なんですよね? たくさんの人を殺した……」

「不安ですか?でも、記憶を見た限りだと、この人はこの人なりに狂人になったきっかけがあったんです。天空の剣ならそれごと吹き飛ばせると思いますよ」

「その理由って?」

「妻子を惨殺されているんです。もう六十年も昔の話ですけど」

「え……」

「彼は犯人を見つけ出すために狂気に身を置き、やがて敵討ちを果たしたあとも、戻ることができなかった。悲しい男です。彼の目、事故や事件じゃなくて、感覚を研ぎ澄ますために自分で潰したんですよ。焼けた鉄の棒を押しつけてね」


復讐者の末路とも言うべき姿のゴートを見て、アークは少しやるせない気持ちになった。

復讐なんてしても誰も喜ばない。

それは、自分自身ですらも、そうなのではないだろうか。


「ブレインさん、この人、このままだと死刑になるんですよね」

「そうでしょうね。前科を合わせれば何度死んでも足りないくらいだと思います」

「これが、この人を救うことになる……」


悪人でも助けると誓った。

その言葉に嘘偽りはない。

アークは天空の剣を構えて、グーラへ突き刺した。


白い煙が部屋に満ち、やがて晴れると、そこには十五歳ほどの少女が倒れ込んでいた。

目は火傷の痕がひどく、開く様子はない。

マントが乱れ、露わになった白い肌を、アークは出来るだけ見ないようにして隠した。


「前から気になっていたんですけど、アークくんがこの姿を決めているんですか?」

「いえ、これ勝手にこうなるんですよ。僕が意図的に女の子に変えてるとしたら変態じゃないですか……」

「だってアークくん思春期でしょう?異性の体に興味を持つのは変じゃないですよ。むしろ正常な発達だと思いますが」

「だとしてもですよ」


そんな会話をしていると、少女がうめき声をあげた。

どうやら体の変化と共に麻痺も抜けたようだ。

額を抑えながら上半身を起こした。


「ここは、どこだ……」

「フェルガウのお屋敷の中ですよ、グーラさん」

「……グーラとは、わしの名前か」


グーラは真剣な顔でそう言う。

どうやらふざけているわけではなさそうだ。

アークがブレインを見ると、やってしまったという顔をしていた。


「ブレインさん?」

「あー、あはは、記憶のアクセス権限を書き換えるの忘れてましたね。ボクしか見られないようにしてしまっていたので」

「治せますよね?」

「…………」

「目が泳いでますよ?」

「おふたりさんが何の話をしているのかわからんのじゃが、どうやら助けてもらったようじゃのう」


グーラは自分に記憶がないことをまるで気にしていないかのように、朗らかに笑った。

助けたというと語弊があるうえ、記憶がないのであれば罪の責を問うわけにもいかなくなった。


「でもグーラさん、記憶が……」

「よいよい。何であれ、わしがわしであることには違いない。それほど気にすることでもあるまい。して、わしの剣はどこじゃ?」


ブレインが手にしていた仕込み杖を渡すと、グーラはおもむろに刃を取り出した。

指先でつつ、と刃の表面を触る。


「ふむ、ふむ。これは人を切った剣じゃの。これがわしの剣であると言うのであれば、お主らから感じる微量の緊張にも納得がいく」


グーラは杖を立てかけ、少し考える様子を見せた。


「剣のあるところにわしがいることは至極当然のことじゃが、主らはいったい何者じゃ?」


アークは迷ったが、正直に教えることにして、自分たちの立場とグーラが何をしたのかということを話した。

グーラは自分が狂人であったことを知ると、さも愉快そうに笑った。


「なるほど、なるほど。戦狂いになっておったか。して、主らはわしをどうする? すでに記憶を失い、今ここで断つことを惜しむ命であるとは思わんが――――」


グーラは杖を手に取って立ち上がった。


「ただで切られてやるわけにはいかん。戦いで死ぬことこそ剣士の意地よ。最低限の抵抗はさせてもらおうぞ」


その姿は少女へ変わっても、放つ空気は以前と何ら変わりはない。

鋭い針のような威圧感と、爆発寸前の火薬樽のような緊迫感。

アークは気圧されて、思わず一歩後退った。


「……違います、グーラさん。僕はあなたを殺す気はありません。協力してほしいんです」

「協力? ほう、わしのような悪鬼に協力せよと言うか」

「さっきも説明した通り、敵は手強い奴らです。あなたの剣の腕が必要なんです」

「強き相手とやるのは、わしも本望じゃ。しかしな、ここで主らを切り捨ててひとりで向かうこともできるぞ?」


アークは逃げ出したくなる気持ちをぐっとこらえた。

死ぬほど怖いが、剣の力で変化しているため、以前のグーラとは違う。

それは見た目だけの話じゃないはずだ。

そう信じて言葉を続けた。


「僕らを切り捨てても、グーラさんの望むものは手に入りませんよ」

「わしの望むものとはなんぞ」

「剣の力を示すこと、じゃないんですか?」


グーラは杖を立て、ほう、と返事をする。


「相手を殺してしまっては剣の力を認めさせることができませんよね。それに、あなたの剣を近くで見て知っている人は必要でしょう?」

「お主がそれをやると?」

「はい。あなたに必要なのは、あなたの腕前を知っている仲間だと思います」


グーラは見えない目で何を見たのだろう。

アークの毅然とした態度に賛同したのか、ニヤリと笑った。


「ふむ、一理あるな。その口車に乗せられてやるとしよう、小僧」

「ありがとうございます。ブレインさん、グーラさんに部屋を用意してもらうので、しばらくお願いしますね」

「了解です。グーラはボクが面倒見ましょう」


ブレインはそう言ってにこやかに笑った。

何気ないその仕草に、アークは息を飲んだ。

あれほどのことをやった人間を、こんな風に受け入れられるものだろうか。


ブレインやゴートは話の通じる人だった。

しかし、グーラの凶行を目の前で見た時は、まるで腹を空かせた獣のようだった。

話し合いなど通じない、別の生き物だとすら思った。

だから、こうしてここにいることがおかしいという気持ちを完全には拭えない。


「どうした、小僧。汗をかいているな」

「いえ……。僕、部屋をお願いしに行ってきます」


考えていたことに言及されたように感じたアークは、慌てて部屋を出て行った。


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