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女になった魔王さま  作者: 樹(いつき)
第十話 魔王さまたちと七つの大罪 後編
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人は死ぬ

アークたちがフェルガウに帰って十日が経った。

屋敷の庭には遺体のないものの、立派なブルーパール色の墓がひとつ作られ、周囲にはたくさんの花が植えられた。


アークは毎日墓へ祈り、謝罪を繰り返した。

自分に助けられる力があれば、こんなことにはならなかった。

力足らずによって手の平から零れ落ちた命を、悔やまずにいられるものか。


アークが墓の前で下げた頭を上げると、となりにゴートが屈んでいた。


「ゴートさん……」

「なんつーか、残念だったな」

「いえ……」


アークは素っ気なく返事をして、膝についた土を払いながら立ち上がった。


「何か用ですか」

「そうツンケンするな。復讐、するつもりか?」

「……直接的な聞き方ですね」

「その気があるなら手伝ってやれるぞ」


ゴートは周りをよく見ている。

それに、荒事に関してこの屋敷の人間はエキスパートばっかりだ。

おそらく誰を頼っても同じようにやり方を教えてくれるだろう。

しかし、それはアークのやりたいこととは違う。


「復讐したくないと言えば嘘になりますけど、今はそれよりも、二度とこんなことを起こしたくないって気持ちの方が強いです」


そう言うと、ゴートは真っ黒な瞳でアークの目を見つめた。

まるで心の底を見透かしているかのようだった。


「……我慢しなくていいんだぞ」

「我慢……」

「怒りや恨みを持つのは人間として当たり前のことだ。あの氷野郎をぶっ殺したいって言っても誰もお前を責めねえよ」


後ろめたいからそう言えない、と思っているのだろう。


「お前みたいな極端なやつってのは一番厄介な復讐者になりやすい。振れ幅が大きいからな。場合によって怒りを発散できるやつの方が安心して見ていられるもんだ」

「僕は、ダメなんでしょうか」

「危ういんだよ。ここにいるのはお前よりも悪い方に振れてるやつばっかりだが、お前はそれを軽く超える可能性がある」


ゴートの目は真剣で、冗談を言っている様子ではなかった。


「……とにかく、おれは心配してんだよ。お前ストレスの発散が下手そうだから」

「大丈夫ですよ。僕もそれは分かっています」


自分が負の感情を持つことが苦手なことはよくわかっている。

怒り、恐れ、悲しみ、そのような感情に対して、薄布越しのように感じてしまうくらいに少し鈍い。


ミスカが死んだ時だって、本当に腹の底から怒り狂っていたなら、剣の力であの魔族を殺していたはずだ。

それが咄嗟にできなかったということは、やはりどこか理性的で、心に従って物事を判断することができなかったということだ。


「それでも僕は僕のやり方を貫きたいんです」


アークはゴートから目をそらさず答えた。


「甘いな。甘ったるくて胸焼けしそうな理想だ」

「ゴートさんは、やっぱり誰も殺さないなんて理想は嫌いですか?」

「好きも嫌いもねえよ。人の信条に口出すのは野暮だぜ。ただ、ひとつアドバイスしてやるが、相手の生死を決めることってのは、勝者の特権だ。その中でも相手を生かして負けを認めさせるのは、相手より数段上の実力がないと無理。つまり、お前はその理想を叶えるには弱すぎる」

「……わかってます。それも、充分すぎるほどに」


ヘルに一撃も与えられなかったことを思い出す。

相手の生死を決めるどころか、勝つことすら不可能な実力差があった。

あと数十年修行すれば勝てるかもしれないが、そんな時間はない。


「お前たち、何をこそこそ話してる」


屋敷の中から様子を見ていたのか、ゼオルがサンダルを履いて庭へと出てきた。

それを見て、ゴートはアークの肩を叩き、屋敷へ帰っていった。

ゼオルと話せと言うのだろう。


たしかに、あまり面と向かってゼオルに何か頼んだことはない。

しかし今回のことはしっかりと話し合わないといけないことだ。

アークは決心をして、ゼオルに言う。


「ゼオルさん、お願いがあります」

「……なんだ?」


「強くなりたいです。僕も、みなさんのように、強くなりたい……」

「我がここにいる以上、アークに強さなど不要だ」


ゼオルは不機嫌そうに言った。

彼女はアークが戦うことを喜ばない。

それもわかっていたことだ。


「アーク、強さは闘争を呼ぶ。犠牲がひとりで済んで良かったと思えなければ、お前に助けられる命はない」

「なんで、そんなこと言うんですか」

「そういうものだからだ。知らない誰かが死ぬことには耐えられても、顔や名前を知っている人間がとなりで死ぬことに耐えられるか? 強さを得て、戦いを行えば、否応無しに顔見知りの数は増えていく。敵も味方も、忘れられなくなる。新兵はそうやってノイローゼになっていくものだ」


ゼオルはきっと、たくさんそういう人を見てきたのだろう。

そしてその末路も。


「いいか? 人は死ぬ。お前はその現実から目を背けているだけではないか」

「背けてなんか……!」

「アークよ、お前は何も見る必要はない。血も闘争も、お前が関わるべきことではない。平和に生きたいのなら、それが最良。お前もわかっているだろう。今は義憤にかられているだけだと」


アークは言い返せなかった。

今の感情が一時のものであることは自覚していた。


戦いがしたくないのなら参加するなというゼオルの言い分ももっともだ。

しかし、もっと手段を持っていれば、助けられた人がいることは確かである。


血塗れの部屋、橋の上の凶刃、氷の呪い。

全ては知識不足、実力不足が招いた結果だ。


事実、あの日、敵の中で死んだのはミスカだけだ。

七つの大罪の他のふたりはそれぞれ死ぬことなく捕らえられている。

その格差も、アークの心に棘を刺していた。


「……たしかに、ゼオルさんの言う通りです。関わらなければいいだけかもしれません。僕は屋敷でみなさんの帰りを待っている方が、安全で平和的に暮らしていけるでしょう。でも、僕はもう知ってしまったんです。人が死ぬってことを知らなければ、そういう暮らしもできたのに、もう、知ってしまった。何もせずここにいて、悲劇を憂うだけの生活なんて、できるわけないじゃないですか!」


思わず声を荒げてしまう。

ゼオルは表情を変えず、静かに口を開いた。


「人を助ける行為がどれほど難しいものかわかっているのか? 敵を殺すだけの方が余程簡単だと思えるぞ」

「わかりません。これからやるんです。それに、難しいかどうかでやるかどうか決めるわけではありません。僕は全ての人を助けられる方法を探します」


ゼオルは大きなため息をついて、アークに言う。


「……頭の痛いやつだ。それは茨の道だぞ」


それがたとえ困難なことであっても頑固に曲げない。

もう決めたことだから。


「アーク、人を助けるとは言ったが、どうしたいんだ?」

「……僕も考えました。足りないものが何か。相手を倒す魔法だけはたくさんあります。でも、怪我した人を治す魔法や、避難する魔法などは天空の剣にもありませんし、僕に足りないのはそういう力だと思うんです。それに、状況判断するための知識も足りません。氷のことだって、知っていたら、違う対応をとれたはずです」

「たらればだな。だが、間違ってはいない」

「じゃあ――――」


アークの表情が明るくなる。

ゼオルはやれやれ、と頭を抱えた。


「お前と我慢比べをしても仕方がない。これも成長と思って、我の目の届く範囲であれば、許可をしよう。何をするか、何をしたか、何ができるようになったか、きちんと報告しろ。何があっても自己判断で動くことだけはするな」

「あ、ありがとうございます!」

「これからカーレッジのやつに連絡をとってやる。魔法ならキテラからも習えるからな」

「ゼオルさんが教えてくれるんじゃないんですか?」

「そうしたいのはやまやまだが、我は教えるのが上手くない。そもそも魔族と人間とでは感覚も違う。やるなら本気でやらねばな」


ゼオルは不服そうに言った。

自分でやりたいのだがその能力がないことを認めているのだろう。

それから、ゼオルは思い出したように言う。


「ああ、そうだ。ブレインが探していたぞ。あの、暴食のグーラだったか。やつの処理が終わったからアレを頼むと」

「処理ってなんですか?」

「知らん」


ゼオルはそっけなく言った。


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