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女になった魔王さま  作者: 樹(いつき)
第一話 魔王さまと異世界からの来訪者
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あまり賢くないネズミが…


「土人形が全滅?」


ハルワタートはブレインに全滅の報告をした。

大した生き物はいないだろうと思い、土人形だけに任せたのだが、その目論見は失敗に終わった。

白衣に身を包んだ青白い顔のブレインは、データを見る手を止めて、ハルワタートに目線を向ける。


その背後には、ハルワタートの捕えたこの世界の鳥がいる。

彼の脳を解析し、平和の象徴が近くの町にあると知り、それを奪うために人形を差し向けたのだが、想定よりも強い兵隊がいるらしい。


「どうしますか?」

「そうだねえ……。この場所もたぶんバレてるでしょ?」

「はい。すでに三十名ほど処分しています」

「だったら、さっさとその天空の剣ってやつを奪って、僕らの勝ちを見せつけなければならないよね。ハルワタート、行ってくれるかい?」

「僕が出ると、ここの守りはホスロウひとりになります。よろしいのですか?」

「いいよ。身を切らずに勝とうとは思っていないし、何しろここで勝てないようなら、元の世界に戻ることなんてできないからね」


ブレインの言う通り、本当の戦場はここではない。

ここで行うのは補給のようなものだ。


「ハルワタート、僕らは少し移動するよ。もう少し南西に行く。途中でホスロウに追手を迎撃させるから、ハルワタートは彼と合流して帰ってきてくれ」

「かしこまりました」


ハルワタートはブレインの実験室から自室へ戻ると、すぐに愛銃の手入れを始めた。

冷凍弾は次元倉庫から自動的に装填されるため持ち歩く必要はないのだが、銃身は手入れをしなければすぐに歪んでしまう。


基本形はスナイパーライフルだが、二丁のハンドガンに変形させることができる、繊細な一点物だ。


油を塗り込み、綺麗に手入れを終えると、ひと息ついた。

今のところ強い相手には当たっていないが、どこかで必ず戦うことになる。

その時、全力を出して戦えるかどうかは、とても重要なことだ。


ハルワタートは眼帯にそっと手を触れた。

戦争で失った左目は、二度と光を見ることはない。

しかし、ブレインはこの目に再び光を見せてくれると約束した。

ハルワタートの彼に対する忠誠心の根幹は、その信頼にある。


たった三人になっても戦争をやめない。

やめられない。

世界のルールは、力と共にある。

奪われないためには、奪う側に居続けなければならない。

この世界において、自分たち三人は、奪う側であり続けるのだ。


ハルワタートは集中力を高める錠剤をひとつ飲み込み、銃を手に外へ出た。

するとやがて、アトルシャンは静かに浮かび、ゆっくりと南西へ進み始めた。


(周辺に、十四の生命体を感知。監視か)


姿を隠しながら、生命力を感じた方へ弾を撃つ。

何かが死ぬ音がして、すぐに自分へ何かが発射されたことを感じた。


飛来物を一瞬で察知して回避する技術は、元の世界では必須だった。

ブレインの作った『エニグマ』と呼ばれる高次予測装置は、攻撃に対する最も合理的な回避方法を、電気信号によって引き起こさせる。

ハルワタートが軽く身を屈ませると、頭のあった所を石の塊が通過し、背後にあった木を凄まじい力でへし折った。


(投石……。原始的だが、当たると死ぬな)


ハルワタートは射線上にいる敵へ冷凍弾を叩きこみながら町へ向かって進む。

実際のところ、彼らを全滅させる必要はあまり感じられない。

ずっと張りついていながらアトルシャンに何の攻撃も仕掛けてこなかったのが、その証拠だ。

おそらく、有効な攻撃手段を持っていないのだろう。


だが、無視していると背後から攻撃が飛んできてうっとうしい。

ハルワタートはマントで体を覆い、フードをすっぽりと被った。

『アルファブレンド』と名付けられた光学迷彩により、ハルワタートの姿は完全に森と一体化した。

すると隠れた途端、追手の攻撃は止んだ。


(やはり、その程度の文明の敵。熱探知はできないようだな)


ハルワタートは敵の水準を一笑し、足早に森の中を進んだ。


もう少しで町へ出るというところで、今までの敵とは違う空気をまとった者が正面から歩いてくるのを見かけた。

白く長い髪をしており、ゆったりとした服を着ている美しい女性と、金髪の少年のふたりで、どちらも戦闘要員ではなさそうだ。


ハルワタートは一瞬だけ躊躇して止まったが、向こうは気がついていなさそうであったため、脇を走り抜けることにした。


「追加の土人形は来ないのでしょうか?」

「簡素とは言ってもあの数を一気に失ったのだ。補充が間に合っていないはずだ」


そんな会話をしながら、ふたりは歩いている。


ハルワタートが女性の脇を通過した瞬間、ひりついた空気を肌に感じ、汗が噴き出た。

女性は何も反応していないし、振り返りもしていない。

しかし、言い様の無い圧迫感に動悸が激しくなり、足が止まった。


(なんだ、今の……)


まるで、敵国の軍隊と鉢合わせしたかのような、生死の選択を迫られる緊張感。

無残に殺されたくなければ自ら命を断て、と命令されているような雰囲気を感じた。

かたかたと震える拳銃が、自分の方を向いていることに気がついて、ハルワタートは慌てて手を離した。


(ぼ、僕は何を……!)


無意識に銃を変形させ、自分に向けて引き金を引こうとしていた。

何をそれほど恐れたのか、まったくわからない。


(気のせいだ、気のせいに決まってる!)


ハルワタートは気を持ち直し、町へ向かって走った。






「……むう」


ゼオルが唸ると、アークは不思議そうな顔をした。


「どうかしたんですか?」

「あまり賢くないネズミが……。まあ、いいか」


敵の姿が見えなかった。

見えていれば一瞬で殺せるが、見えない相手とはあまり戦いたくない。

アークを巻き添えにしないには、気がつかないふりをするのが一番だと判断した。


「敵がいたんですか?」

「うむ。しかし行ってもせいぜいリンのところまでだろうし、我が追って捕まえるまでもない」

「リンさん、大丈夫でしょうか」

「我はあれを信頼している。この世界の人間の中でも、一、二位を争うくらいにはしぶといやつだぞ」


ゼオルはそう言って笑った。

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