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女になった魔王さま  作者: 樹(いつき)
第九話 魔王さまたちと七つの大罪 前編
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私は泳げません

ゼオルとゴートは水の壁を前にして、がむしゃらに魔法を撃っていた。

魔法は物理的に形を保てなくしてしまえば消すこともできる。

しかし、ふたりの魔法よりも水の壁が高さを増す方が早いようであった。


「切っても、燃やしても全く壊れる様子がないな!」

「魔法の再生速度から考えるに、ひとりとかふたりじゃねえぞこれ……」


ふたりがそんな会話をしていると、ブラドとラメールが合流した。


「ゼオルさま。微力ながらお手伝いさせていただきます」

「ブラド、アークはどうした?」

「アーク坊ちゃんは問題ありません。眷属を護衛につかせております」


問題ない、というブラドの言葉を信用したのか、ゼオルは不満気ながらも視線を水の壁に戻す。

水の壁を前にして、ブラドは眉をひそめた。


「しかし、この壁はいったい……」

「ブラドさま! この壁、下から生えてるみたいですよ」


ラメールが水面を覗き込んで呑気にそう言う。

ブラドが同じように見ても、全くわからない。

水流でも見えているのだろうか。


「ラメール、止められるか?」


ゼオルが聞くと、ラメールは背筋をピンと伸ばした。


「はい! ブラドさまと一緒なら可能かと!」

「わかった。だったらブラド、頼んだぞ」

「えっ……」


ブラドは小さく漏らした。


「どうした?」

「……ゼオルさま、お忘れかと思いますので、私は今一度具申させていただきます。私は泳げません」

「ああ、そうだったな」


コウモリの集合体であるブラドは、水が苦手だ。

泳ぐどころか、顔を水につけるのも嫌なのだ。


「大丈夫ですよ! 私が連れて行きますから!」

「あなたに連れて行かれることが不安でなくて何だと言うのですか」

「頼んだぞ、ラメール。恐らくここの地下に敵がいるはず」

「ゼオルさま?」

「了解です! さ、行きますよ!」


ラメールの触手が素早くブラドをすくい上げる。


「ま、待って! まだ心の準備が!」


ブラドの声が届いているのかいないのか、ラメールはゼオルに手を振りながら笑顔で湖へと飛び込んだ。

直後、冷たい水が凄まじい勢いで押し寄せる。

ラメールの泳ぐスピードが速すぎて、目を開けることもできない。


何度死ぬと思ったかわからなかったが、やがてラメールが水面から飛び出た。

陸へ着地すると、ブラドを下ろして周りをキョロキョロと見回す。


「ゴホゴホ! うぇ……」

「ブラドさま、ここ水路の下の方みたいですねえ。入れるところはここだけだったんですが――――どうかしました?」

「お前……」


ブラドはラメールを睨むも、周囲の異様な気配に気がつき、息を潜めた。


「なんですか? この嫌な感じ。それに寒いし!」

「この冷気……もしや……」


ブラドは水路を走り出す。

進めば進むほど、知っている魔力を感じる。

かつて部下だった魔族の魔力だ。

たどって少し進むと、何やら声が聞こえる。


「詠唱、でしょうか?」


ラメールがそう言いながら、声のする方を探す。

何度か分帰路を曲がると、袋小路のようになっている大きな部屋で、十五人ほどの男たちが床に座り込み、一心不乱に詠唱を唱えているところに出くわした。

あまりの集中具合に、ブラドたちがいることに気がついていないようだ。


「えっと……。どうしますか?」

「とりあえず、疑わしきは罰します」


ブラドの影が彼らの下へと広がっていく。


「永劫の暗影よ、かの者らを捕える網となれ。『 暗網捕縛 ザイル・ドゥンケル』」


まるで漁網のように、影は網の目へ姿を変えると、一気に彼らを包み込み、その口を閉じた。

驚いたり、怒ったり、彼らは様々な反応を見せているが、ブラドの耳には届いていない。


「彼らは帰りに回収します。もし水の壁を出していたのが彼らなら、これで当面の危機は去ったことでしょうから。さて、先へ進みますよ」

「ええ……。大丈夫なんですか、あれ……」


呻く人間の塊を捨て置き、ブラドたちはさらに進む。

今は水の壁よりも、この魔力の方が気にかかる。

どれくらい走ったかわからなくなったころ、やがて曲がり角に灯りが見えた。


「ラメール、警戒しておきなさい」

「はい。誰がいるんでしょうか」

「……どうせ、ろくでもないやつです」


ドーム状になった広い空間に、大きな丸い宝石のような玉が飾られており、その隣に全身が氷でできた男がいる。


「ヘル……!!」

「お前がいることは魔力から感じていたぞ。久しぶりだな、ブラド」


氷の体が光を反射し、てらてらと光っている。

その顔は悪巧みをしている顔をしていた。


「あなたは死んだはずでは?」


ブラドの知っているヘルは、カーレッジとの戦いに敗れ、灰になって消滅したのだ。


「俺は長い年月をかけて復活を果たした。氷の体というのは便利でな。少しずつ大きくしていったのさ」

「でもまだ、全力ではなさそうですね」

「その通り。だから俺はこれを取りに来たんだが、台座の解除に時間がかかっていてな。まあ、それももうじき終わる」


ヘルは大宝玉に手をかける。

魔力の塊である大宝玉は、この都市を維持するためにここに置かれている。

魔法で作られた町であればどこでも大宝玉はあるものだが、カルディナの大宝玉は普通のものより三倍ほど大きく、表面も艶やかだ。


「これだけあれば、半分くらいは力も戻るだろう。ところで、お前はこんなところで何をやっている?」

「魔王軍が敗北したあと、私は人間につきました。なので、あなたとは敵同士ですね」


ブラドは簡潔に言った。

彼を説得しようという気はない。

ここで殺しておかなければ、必ず厄介なことになる。


「フン、影の国の王であるお前とやり合うのは賢い者の行いではない。俺は自分の目的を果たさせてもらうぞ!」


大宝玉の台座が開き、球体が剥き出しになったところを見て、ブラドは叫ぶ。


「ラメール! 私を投げなさい!」

「りょ、了解です!」


ラメールの触手に乗り、投石のようにブラドはヘル目掛けて打ち出された。

空中を飛びながら鎌を取り出して、ヘル目掛けて投げつける。

しかし当たる寸前、ヘルは腕を膨れ上がらせ、氷の大盾を左腕に作り、鎌を弾く。


「当たるか!」


ヘルが盾を戻しているうちに、ブラドは空中で一気に加速した。

彼の正面に着地すると、懐に入り込み、鳩尾に膝蹴りを叩き込んだ。


「ぐっ……!」

「ヘンカー!!」


ブラドが呼ぶと、鎌はひとりでに手元へ戻る。

そして、うずくまるヘルの首に刃をかけ、躊躇なく切り落とした。

ヘルの首が、地面を転がりながらもブラドへ言う。


「さ、さすがだ。しかし……」


頭を失った体が膨れ上がり、破裂した。

無数の氷の礫と冷気の煙が、爆発と共に一帯に広がる。


「ブラドさま!」


ラメールが駆け寄ると、白煙の中に全身血まみれのブラドがいた。


自爆するとは夢にも思わなかった。

これはおそらく氷の分身。

宝玉も、いつのまにかなくなっていた。


「だ、大丈夫ですか!? 血が、たくさん!」


わたわたと慌てるも、魔法の使えない彼女では癒すこともできない。

ブラドは途切れそうになる意識を繋ぎとめながら、彼女へ言う。


「ラメール、私は、大丈夫、です。先に、ゼオルさまへ……」

「わ、わかりました!」


駆けていくラメールの背中を見送り、ブラドは床に座り込んだ。

死ぬほどのダメージではないが、傷の多さと超低温による体温の低下でしばらく動けない。

動ける範囲で、体に刺さった氷を抜いていたが、疲れて途中でやめる。


ヘルはブラドの知る中でも、最も素行の悪い魔族だった。

そして、野心があった。

魔王ゼオルの全盛期であれば逆らうことなど微塵も考えなかっただろうが、今となっては、彼を上から抑えつけることは誰にもできないだろう。


ブラドは彼よりも上の立場ではあったが、氷を使って分身体を生み出せることは知らなかった。

情報不足からこのような逃げ方を許してしまうとは、と悔しさに歯噛みをした。


「クソ、痛え……」


天井を見上げて、ブラドは小さくそう呟いた。



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