表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女になった魔王さま  作者: 樹(いつき)
第九話 魔王さまたちと七つの大罪 前編
46/103

私を呼んだか?

アケディアは暗い通路を真っ直ぐ進んでいく。

水路の所々に侵入者を感知する魔法を仕掛けておいた。

それに引っかかっている人影が三つ、迷わず真っ直ぐにこちらへ向かってくる。


(探知系の魔法でも使ってるのかな。面倒くさいな……)


探知魔法であれば、今アケディアが向かっていることも気がついているはずだ。

しかし、進む速さを変えることなく、こちらへ来ている。

よほど強さに自信があるのだろう。


(曲がり角をあとふたつ……。先に仕掛けるか)


アケディアが両手の指を使って印を組む。

詠唱の代わりができるように編み出した技だ。


この迷路のような水路では、気がつかれないように同じところを歩かせることは難しくない。

アケディアは別の通路へと繋がる見えない壁を作ろうとした。


しかし、その瞬間、ふたつの影が、一瞬で距離を詰めて、アケディアの前に現れる。

白髪ですらっとした女性と、黒髪の少女だ。

可憐で華奢な外見とは裏腹に、ふたりとも邪悪な笑みを浮かべ、言葉を発することなく、アケディアへ攻撃を仕掛けてきた。


「ちぃっ!」


宙を舞う剣と蒼い炎を、アケディアはギリギリのところで躱す。

そして反射的に、外へと飛ばす魔法をふたりにかけた。

油断していたのか、ふたりは避けられずに姿を消す。


「な、なんだあいつらは……」


あまりにも恐ろしく躊躇のない動きに、アケディアは冷や汗が止まらなかった。

この町にあんなやつらがいるなんて、聞いていない。

詠唱のないアケディアの、不意打ちで発せられた魔法でなければやられていただろう。


「見たことねえ魔法だな。あいつらどこ行った?」


もうひとりいたんだ、とアケディアは気を張り直して、金髪の少女を見る。

背中には、その身に不釣り合いなほど大きな斧を持ち、攻撃を加える様子もなく、こちらへ歩み寄ってくる。


「お前たちは何者だ?」

「お前に関係ねえだろ。次はオレさまだ。さあ、やろうぜ」


どうやらこいつだけは、さっきのふたりとは違うようだ。

ゆっくりと歩いてくるのなら対処もしやすい。

アケディアは素早く印を組み、ふたつの箱で彼女の上半身と下半身を包む。


「お?」

「ねじ切る!」


抵抗されることもなく、簡単に彼女の体は二分された。


「なんだ、弱いじゃないか」


さっきのやつらはまた来るのだろうか。

迎撃の準備がいる。

敵の正体を調べようと思って死体へ近づくと、光となって空間に散る。

何が起きたのか、と警戒していると、何もない空間から殺したはずの女が現れ、斧を振り下ろしてきた。


「なんで生きてんだ!」

「躱したか!」


斧を躱しながら、彼女の足元に箱を作り出し、転ばせる。


「うわっ!」

「理屈はわかんないけど、まだやりようはある……!」


アケディアは得体の知れない彼女を、捕らえることに決めた。






転んで手をつき、慌てて顔を上げると、さっきまで前にいた少年の姿がない。

景色は水路のまま、彼だけがいなくなっていた。


「オレさまも飛ばされたか?」


特に何も考えずカーレッジは前に進んだ。

しかし、いつまで経っても直線が終わらない。

ここに来るまで、これほど真っ直ぐ歩く場所はなかった。


「……なるほどな。同じところを歩かされてるか」


カーレッジが斧を正面に放り投げると、背後から戻ってきて、地面に突き刺さる。

だいたい十五メートルほどの空間に閉じ込められたらしい。


「出られそうにねえな……」


空間の繋ぎ目には触ることが出来ず、後ろへ回ってしまう。

カーレッジはため息をついて言った。


「……おい、見てんだろ。なんとかしろ」


すると、カーレッジの頭上から一枚の木の葉がひらひらと落ちた。

木の葉と地面の合間から、ガラス質の髪が見えたかと思うと、そこから浮き出て来るようにして、黒いローブに身を包んだキテラが現れた。


「やあやあ、私を呼んだか?」


キテラがやけに嬉しそうに言う。


「ふふふ、君が私に頼るなんて、夢のようだよ。ああ、嬉しいねえ。こんな体になった甲斐があったものだ。頬が緩む!」

「うるせえ……」

「それにしてもこの魔法、よくぞこのような発想をしたものだとは思わないか。空間を輪の形に閉じて君を閉じ込めるなんて、私は感心しているよ。魔族にも彼のような秀才がいれば、君に勝てたかもしれないな」

「……早く開けろ。あんまり悠長にしてる暇ねえんだよ」

「はいはい。君はせっかちだな」


キテラは手のひらを何もない空間へ向け、詠唱を始めた。


「月の影、黄金の道、星の砂。捻れ交わる暗夜の波」


指先で空間に線を引く。


「それっ」


まるで薄布でも切るかのように、はら、と空間が落ちて、魔法を使った少年が目を丸くして立っていた。


「僕の無限回廊が、こんなに簡単に……」

「君は才能がある。詠唱を指の形に変えるなんて私には思いつかなかった。どうだい? うちに来ないか?」

「おいバカやめろ」


少年は空中に浮いてキテラから少し離れた。

そして、また素早く指を結ぶ。


「死ね!」


空間が捻れながら、水路を破壊しつつキテラを狙う。

しかしキテラは薄く微笑を浮かべると、閉じていた右目を開き、指先だけでそれをかき消した。


「君は発想がいい。どれ、もっと見せてくれ。君の全てを私に!」

「お前何なんだよ!」


少年はほとんど半狂乱になりながら、さまざまな魔法を次々にキテラへと放つ。

しかしそのどれもが、黄金の瞳孔を開いたキテラの前では形を保てず、効力を失う。

根源に触れた魔女というのはこれほどまでか、とカーレッジすら驚きを隠せなかった。


そもそもキテラは詠唱によって魔法を打ち消す『反詩』というものが得意だった。

しかし今はその詠唱すら必要とせず、魔法を直感的に理解し、効力を失わせることができている。

この世に存在するありとあらゆる魔法は、彼女の前では無力となるのだ。

少年は疲れ果て、浮遊する力さえもなくなり、地面へへたり込んだ。


「おや、もうお終いかい?」

「ば、化け物め!」


少年は吐き捨てるように言う。

キテラはふふふ、と笑い、指先を動かす。


「では、次はこちらの番だね」

「……え?」


少年は信じられないという顔をする。

こちらの攻撃がいかに無意味であるか分からせるため、倒すことを諦めさせるために彼女は攻撃をしなかった、と思っているのだろう。


カーレッジは知っている。

彼女はそれほど人の心の動きを計算できる人間ではない。

先程から本心しか喋っていないのだ。

少年に使える魔法を全て見たかった。

ただ、それだけだ。


キテラの指先に、小さな黒いモヤが浮かぶ。


「君の精一杯に答えるため、私も私の精一杯で返そう」


モヤはゆっくりと空中を飛ぶ。

目的などないように、ふわふわと天井へ浮かんでいき、そして、ぶつかった瞬間、その衝突した地点から半径百メートルほどが、一瞬にして消失した。


少年も、カーレッジも、カルディナの水路も、何もかもが暗黒の闇に飲まれ、虚ろな穴へと変わる。

ただひとり、闇の中心に立っていたキテラが手を叩くと、そんな魔法などなかったかのように、全てが元に戻った。


「え、は、はあ!?」

「これが私の魔法『荒城の新月フェンガリ・ニュクス』。全てを闇に飲み込むことも、吐き出すことも自在。物の硬さも速さも関係なく、私は消し去ることができる」


カーレッジは自分すらも一度完全に消滅したことを感じた。

圧倒的な質量の闇は、光すらも飲み込むのだ。


「こういうこともできるぞ」


少年の腕だけを、闇が飲み込んで消えた。

断面は黒く、血は出ていない。


「う、腕! 僕の腕が!」

「大丈夫、ちゃんと返すから」


少年の周囲に無数の黒い闇の塊が浮かび、消えたかと思うと、いくつもの腕が体中から生えていた。


「うわああああああ!!」

「ふふふ、あと何本ほしい? お望み通りにしてあげよう」


彼女は心の底から楽しそうに言う。

やれやれ、とカーレッジはキテラの腕を掴んだ。


「おい、もうやめろ」

「なんだい、私の楽しみを邪魔するのか?」

「やめろ」


カーレッジが嫌悪感を剥き出しにして本気で睨むと、彼女は途端に怖気づいたような顔をして、彼を元の姿に戻した。

そして、へなへなとへたり込み、カーレッジにしがみついた。


「あ、う、ご、ごめんなさい。わ、私、そんなつもりじゃ……。だから、そんな顔しないで……」

「やめろっつったらすぐやめろ」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


彼女は涙を流しながら、ぶつぶつと謝罪の言葉を繰り返す。

情緒不安定なのは、昔からのことだ。

カーレッジは彼女を放っておき、倒れた少年のところへ行く。


「おい、生きてるか」


度重なる異常事態に心がついていっていないのか、目の焦点が合っていない。


「お前に聞きたいことがある。赤ん坊の呪いを使ったのはお前か?」

「……赤ん坊?」

「なんつったっけ。キテラ、あれ、名前なんだ?」


カーレッジが聞くと、キテラは服の袖で顔を拭って立ち上がった。


「……『家貧孝子ロストチャイルド』」

「そう、それだ」

「あれは、僕じゃない。嫉妬のインヴィディアが放った魔法だ」

「誰だよ」


カーレッジが眉をひそめる。


「今ここにはお前の他に誰がいる? つーか、お前はまず誰だ?」

「な、なんでそんなこと話さないといけないんだ?」

「お前、人の形のまんま帰りたくないのか?」

「うっ……」


先程の、無邪気に腕を増やすキテラを思い出したのだろう。

彼は青ざめて、うなだれた。


「ここには、僕、怠惰のアケディアと、傲慢のスペルビア、暴食のグーラがいる……」

「ってことは、残るはあと四人か……。グーラは知っているが、そのスペルビアってやつは、どんなやつだ?」


そう聞くと、彼は何度か目を泳がせたあと、諦めたように言った。


「スペルビアは、ドレイクに恨みを持っている」

「……人柱の件だな」


ドレイクはここに来る前、北限の民を身代わりにして自分の罪を被せ、事件を解決した手柄を得てここの首長へと就任した。

そのようなことをすれば、恨みを買うのは必然だ。

誰から刺されても仕方のない生き方をしてきた。

カーレッジはドレイクに対しては特に同情するつもりもないが、その復讐に関係のない人間を巻き込んでいることが許せなかった。


「……待てよ。そのスペルビアってやつの目的はわかった。だがお前は何のためにここにきた? 復讐の手伝いか?」

「僕は……」


少年が喋ろうとすると、途端に動きが止まる。


「あ、うああ!」


彼は胸をおさえて、苦しみ始めた。


「毒か!?」

「いや、これは……」


キテラが彼の胸を触ると、その真ん中から氷の角が飛び出した。


「なんだと……!?」

「君も見たことがあるだろう、カーレッジ。どうやら七つの大罪を裏でまとめているやつがいるみたいだ」

「バカな! あいつはオレさまが殺したはず……」

「魔王軍副将、氷の魔神ヘル。これは、奴の呪氷だね」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ