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女になった魔王さま  作者: 上辻樹
第九話 魔王さまたちと七つの大罪 前編
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まだ子供ですから

アークはスペルビアと共にカルディナを見て回っていた。

よくよく考えてみれば、特定の施設には立ち寄ったことがあるものの、こうして目的もなくぶらぶらと歩くのは初めてだ。

水の流れに沿って、上がったり下がったりを繰り返し、露店に立ち寄ったり、噴水を眺めたり、ゆったりとした時間を過ごした。


「見て見て! 綺麗な石!」


スペルビアは水路の底に敷き詰められた透明な石を指さして言った。

彼女は本当に楽しそうに、綺麗なものを見つけてはアークへ言う。


「そういえば、スペルビアさんはどこから来たんですか?」

「気になる? 気になるかー! でも教えちゃつまんないよね! 当ててみ?」


無茶を言う、と思いながらもアークは彼女の特徴から頭を働かせた。


「もしかして、北から、ですか?」

「……あれ? 言ったっけ?」

「いえ、その瞳の色、北限の民のものと似ていますよね。それに、よく見ると、そのローブも表と裏で生地が違います。寒さを防ぐための二重構造ですよね? それも北限の民の持っているものと一致します」

「へえー。よく知ってるね」


スペルビアは自分の深緑色のローブを触りながら、感心したように言う。


「北に行ったこと、あるの?」

「まだ、ありません。いつか行きたいと思っていますけど、まだ子供ですから」

「……うん? 子供? 待って、アークは何歳なの?」

「え? 十五歳ですけど……」

「えええええええ!?」


どうやらこちらのことは大人だと思っていたらしい。

スペルビアは驚きながら後ずさった。


「見えない、見えない。ちなみに、私はいくつに見える?」

「ええと、十六歳、くらいでしょうか」

「……二十五歳よ」


あどけない顔をした彼女は、口を尖らせてそう言った。


「むー、歳の近い男性と会えたと思ったのに、子供だったか」

「あはは、すみません。でも、もうすぐ大人になりますから」

「あなたが二十歳越えるころには私もうおばさんなんですけど」


スペルビアは口を尖らせた。


「まあ、いいわ。今日楽しかったし。機会があればまた遊びましょ」

「滞在は今日までなんですか?」

「うん。明日の昼、ここを発つわ」

「そうなんですか。……そうだ、連絡先、教えてもらってもいいですか? また会えるかもしれませんし」


特に深い意味はなく、自然にアークは聞いた。

スペルビアは何度か躊躇ったあと、首を振った。


「旅の出会いは一期一会よ。不粋なことはやめなさいっ!」


彼女ははにかんで言う。


「……それも、そうですね」


それは彼女の旅の美学なのだろう。

旅先で会う人は、旅先だから良いのかもしれない。


「……それとも、私と一緒に行く?」


彼女はいたずらっぽく微笑む。


「お誘いはありがたいのですが……」

「なーんだ、つまんないの。……なんて、冗談よ。あなたは今の家族や友人を大切にしなさい。いついなくなるか、わからないんだから」

「スペルビアさん、それって……」


彼女は答えなかった。

町を吹き抜ける風が、彼女の髪をなびかせる。


「……風も出てきたことだし、帰るわね。それじゃ」


ひらひらと手を振って、スペルビアはアークの宿とは反対の方向へと歩いて行った。




翌日、アークは早朝に目覚めた。

昨晩ゼオルから早く眠るように言われ、その通りにしたのだ。

何か行動を起こすのだろうか、と慌てて寝たものだが、いざ起きると、宿にはブラドとラメールしかいなかった。


「おはようございます、アーク坊ちゃん。皆さまは昨日の晩から帰っておりません」

「何かあったんですか?」

「あれからすぐにゴートさまが商店から出る怪しい人影を発見し、ゼオルさまとカーレッジさまはその追跡と調査へ向かいました。何かあれば声をかけるそうなので、準備だけはしておいてください」

「え? 正面から戦うんですか」


ブラドは無言で深く頷く。

ゼオルたちなら問題ないだろうが、もっと作戦とかないのだろうか。


「敵の規模は、どれくらいなんですか」

「三十人ほど、でしょうか。町への危害は最小限にするつもりですが、敵が悪あがきしないとも限りません。騒ぎが起きたら我々は退避します」

「退避……」


当然といえば当然だ。

恐ろしく強い相手であることはわかっているのだから、ゼオルがこの場にアークを残すはずがない。


「あれ、でも、町の人たちは……」

「騒ぎになっては困りますから。首長の判断で事情は公表しないということになりました」

「そんな、だって、もし巻き込まれでもしたら……」

「坊ちゃん、我々はここでは部外者です。誰が何人死のうとも、気にしなければならないのは自分の身です」


アークは唇を噛み締めた。

ブラドの言っていることは正論だ。

アークには、この町の人全員を救う力などない。

それがわかっているから、どうしようもなく悔しい。


「ゼオルさまたちの作戦がうまくいくことを祈りましょう」


ブラドにそう嗜められ、アークはただ頷くしかなかった。






カルディナの中に伸びる深い水路を歩く人影があった。

スペルビアは、ローブで頭まで覆い、水の上を歩く。


何度か分かれ道を通り、奥へと進む。

自分の足音だけしかしなかった水路だったが、次第に人の声が聞こえ始める。

明かりが照らす牢の中には、たくさんの人が捕らえられてる。


みな、手足を潰されて逃げられないようにされていて、痛みに呻いている。

その牢の近くにあるベッドではひとりの少年が横になって本を読んでいた。


「スペルビアおかえりー」

「暴食は?」

「知らね。どっかいった」


怠惰のアケディアは、本から視線を外さずにそう言った。


「もう準備できてるんでしょ?」

「まあ、だいたいね」


七つの大罪の信徒である咎人たちはすでに配置についたようで、この部屋にはいない。

スペルビアは懐から白い仮面を取り出して、顔を隠した。

傲慢のスペルビアとして、仕事をするためだ。


これから、湖の水を使ってこのカルディナを沈める。

起動だけすれば、あとは咎人たちが勝手に維持と破壊を行う手筈だ。

その間に、スペルビアが首長を見つけ出し、殺す計画となっている。


ドレイクの顔を思い出すだけで、胸が熱くなり、吐気がする。

あの日、スペルビアの家族や友人を断頭台にかけた憎い役人。

自分の犯した罪を北限の民に被せ、素知らぬ顔で新たな地位についている。

許せるはずがない。

今でも頭の中では、刑の執行を告げる鐘の音が鳴り止まないのだから。


「グーラは放っておくしかなさそうね。まあ、協調性のあるやつじゃないし、仕方ないわ」

「まるで僕にはあるかのような言い方はやめろよ」

「そんなこと言ってないでしょ。さあ、始めるわよ」


魔法の詠唱を始めようとスペルビアが口を開くと、アケディアが通路の方を睨んだ。


「何か来てる」

「場所がバレたの?」

「咎人のあとでもつけたんだろ」


アケディアはふわっと浮くと、小部屋から出て通路へ向かった。


「僕が相手をする。スペルビアは計画通りに」

「……ええ、わかったわ」


アケディアに任せて、スペルビアは呪文の詠唱を始めた。


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