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女になった魔王さま  作者: 樹(いつき)
第九話 魔王さまたちと七つの大罪 前編
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オボエテイロ

それからしばらく議論は続いたが、結局ゴートの意見に乗ることにして、あとは敵の発見を待つことになった。

宿はカルディナの中でも最高の部屋を用意してもらい、何もすることのないアークは、都市の中へと散歩に出かけた。


現段階では目に見える危険はなく、人気のない路地や水路にだけ入らなければいい、ということになったのだ。

それでも、天空の剣を背中に持たされているが、これくらいならあっても特別変ではないだろう。


カルディナはいたるところに水路があり、勾配のある街の中を、上から下へ水が流れている。

さすがは観光都市と言わざるを得ない美しさだ。


アークはひとまず雑貨屋へ向かった。

ここの雑貨屋は珍しいものが置いてあることが多い。

以前も、すでに絶滅した生き物の骨などが売っていた。


通い慣れた道を歩き、難なく雑貨屋へ到着した。

古びた扉を開いて中へ入ると、埃っぽいにおいが鼻をついた。

天井からぶら下がった獣の骨や、香草、ハーブ。

棚には色とりどりの小瓶に入った謎の液体や木の実。


この店の非日常的な風景に、アークはいつも胸が熱くなる。


「うっ、くっ……」


アークの目の先に、頭ひとつ分ほど背の低い、あどけない顔の女の子がいた。

棚の上の方に置いてある深緑色の宝石を使ったペンダントを取りたいのか、必死に手を伸ばしている。


アークは考えるまでもなく、自然にそのペンダントを取って彼女に渡した。

彼女はキョトンとした顔でアークを見る。


「ごめん、余計なことしたかな」

「ううん、ありがと。お兄さん、この町の人?」

「いや、東の方から来たんだ」


彼女は納得したように、そうなんだ、と答える。


「私も今日ここに来たばっかりなの。良かったら一緒に回らない?」


アークは少し考えた。

遊びに来ているわけではなく、いつ報せが入るかもわからない。

しかし、危険が迫っても、彼女を連れて逃げることはできるだろう。

天空の剣さえあればその程度のことは難しくない、という自信だけはあった。


「いいよ。僕はアーク。君は?」

「私はスペルビア。よろしくね」


彼女は深海のような深みのある瞳で、アークを見つめた。






襲撃からどれくらいの時間が経ったころだろうか、ブレインの意識が戻った。

まずは視覚だけを回復させ、自分の体を見る。


(あー、やっぱり、こうなりますか)


左目は腫れているのか全く見えず、右目だけをゆっくりと動かす。


薄暗い石の牢の中、鎖に手足を繋がれており、見える範囲でも無数の傷がつけられている。

股間の辺りが特に酷く、真っ赤に染められた太ももが、ぱりぱりと乾燥した血液を落とした。


何をされたのか、考えたくもない。


誰も周囲にいないことを確認して、痛覚以外の感覚を戻す。

耳がほとんど聞こえないようで、鼓膜に異常があることも認識した。


(すぐに逃げ出したいところですが……)


ここがどこなのか知りたい。

逃げること自体は容易だが、彼らを放置しておけないし、何よりやられっぱなしは嫌だ。


左手は健を切られているのか微動だにしない。

右手の鎖を揺らして壁に打ちつけ、目を覚ましたことを教える。

すると、すぐにあの盲目の老人、暴食のグーラが階段を降りて来た。


「目を覚ましたか」

「あ……が……」


声を出そうとしたが、喉を潰されているようで、息が漏れるばかりだ。


「自白や気つけの魔法すら受け付けんとは、どういう体をしている? お前は我々に協力しなければここから出られんぞ」


(出られる保証なんてないくせに。よく言いますね)


ブレインは右目でグーラを睨んだ。

牢の鉄格子を挟んで向こう側にいるが、仕込み杖を手放す様子はない。

油断はしていないようだ。


「こ、こ……」

「ここか?ここは水上都市カルディナの地下だ」


カルディナはフェルガウからはかなり離れている。

ゼオルたちもいるはずのここへ、どうやって運んだのだろう。

ワープのような魔法でもあるのか。


とにかく、方法はわからないが、場所さえ分かれば充分だ。


「……笑っている、のか?」


微かに漏れる吐息から、彼はそう判断したのだろう。

ブレインは、プラヴァシの腕を召喚し、鎖を引きちぎる。


「馬鹿な。逃げられるような体ではあるまい」


彼は様子を伺っているのか、牢を開けて駆け寄って来る様子はない。


鋼鉄の左腕が黄色の光を発する。

甲高い音が鳴り、徐々に光が増していく中で、ようやくグーラは何かを察したのか、剣を抜き、鉄格子を切り裂く。


「貴様! 何をしている!」

「お、お……」


グーラの剣をプラヴァシの腕で止め、囁くように言う。


「オボエテイロ」


次の瞬間、牢からブレインの姿が消えた。




アトルシャンの廊下にワープしたブレインは、倒れ込んだまま動けなかった。

どうやら足もダメになっているようだ。

プラヴァシの腕で自分を抱えて、研究室へ向かう。


(……生体ユニットの研究をしていて、本当に良かった)


大きなガラスケースの中で、今よりも強力にアップデートされた新しい体が、眠るようにして目覚めの時を待っている。


「ブレインさま。一体何が……」


ホスロウが液晶の中から話しかける。

ゼオルに体を破壊された彼は、今やインターフェイスとなって、アトルシャンの制御を行っている。

ブレインは手振りで体を移すことをホスロウに伝えた。


「かしこまりました。生体ユニットΩ、移植のち起動いたします」


部屋中の機械が動き出し、何本もの長細いアームがブレインへ伸びて、速やかに手術が始まった。


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