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女になった魔王さま  作者: 樹(いつき)
第九話 魔王さまたちと七つの大罪 前編
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何かご用ですか?

太陽が真上を通過するころ、ブレインはタンクトップにショートパンツというだらしのない格好で起き出して、リビングへ向かった。


今日、この屋敷には誰もいない。

以前、カーレッジが関わった、次々に人を殺していく魔法を使用した人間の居所が分かったということで、みんなで水上都市カルディナへ行ってしまった。


どうやら観光気分らしい。

ブレインはワープ装置での失敗の罰として、ひとり留守番をさせられていた。


「しかし、こうも静かだと寂しく感じますねえ……」


いつもは必ず誰かいるこの屋敷に、自分ひとりしかいないと思うと、途端に屋敷が広くなったように感じる。

日の光が窓からさして、人気のないリビングには細かい埃が舞っている。


ブレインはのそのそと炊事場に向かった。

この屋敷では、普段は火を起こすにも魔法を使っている。

この世界の人間ではないブレインには魔法が使えないため、火種は自分で用意しなくてはならない。


「こういうところはちょっと不便ですよねー」


そんな独り言を呟きながら、自作のオイルライターを使って火を起こす。

湯を沸かし、棚から紅茶の葉を出して、ティーポットへ入れる。


紅茶も、この世界で知った嗜好品だ。

色のついた水とは言わないが、味のする液体にそれほど価値を感じなかったものの、今ではすっかりこれ無しではいられなくなってしまった。


「そのうち上手になりたいものですけど、さてさて」


良い香りのする紅茶をカップに注ぐ。

リビングに戻って、紅茶を置いて、何か軽食でもないかと棚を漁っていると、玄関の扉がノックされた。


「んー? どなたでしょう?」


来客の予定はなかったはずだが、郵便だろうか。


ブレインがパタパタと駆け足で玄関へ向かい、扉を開く。

すると、そこには緑のローブに身を包んだ男たちが五人並んでいた。


「はい、何かご用ですか?」


ブレインが聞くと、先頭に立っていた男が朗らかに笑う。


「突然申し訳ございません。我々はとある宗教団体でございまして、ただいまこの街でお話を聞いてもらっているのです。もしよろしければ、いかがでしょうか」

「宗教ですか。すみません、ボクあまり興味がなくて」

「いえいえ、そう言われる方も少なくありません。この街の方々は大変満たされているようですね」

「みんな幸せなんだと思いますよ」


ブレインは喋りながら外へ出て扉を閉めた。


「ところで、みなさん、ローブに血がついているようですが、怪我でもされているのですか?」


男たちの表情が固まる。


「よく洗ったんでしょうね。でも血液の成分って、そう簡単に落ちないんですよ。ローブ自体を変えるべきでしたね。あなたたちが強盗にしろ、逃げてきた殺人犯にしろ、ボクのいるところに来たのは間違いですよ」


そう迫っても、男たちが攻撃の姿勢をとる様子はない。

不思議に思い、ブレインは少し離れて様子を伺った。


「我々はあなたに用があって参りました」

「ボクに、ですか?」

「あの空飛ぶ鋼鉄の城塞の主、ブレインさま。我々はあなたの技術を必要としています」


彼らはブレインのもつ技術を提供してほしいというお願いをしにきたようだ。

いずれはこういうこともあるだろうと思ってはいたし、この世界に来て初めてのことだったこともあって悪い気はしないが、ブレインの答えは決まっていた。


「できません。お引き取りください」

「そんな、なぜですか」

「ボクの技術はこの世界のものではありません。誰かに教えると、余計な混乱を招きます。なので、今は誰にもあげる気はありません。それはこの屋敷の人でも同じことです。なので、お引き取りください」

「ならば、仕方ない……」


男たちはようやく剣を抜く。

こちらの方がわかりやすくていい。

どこか諦めている様子なのは、すでにブレインのことを調べていたからだろう。


ブレインは、特にその場から動くこともせず、および腰で向かってくる彼らを、両隣に浮く鋼鉄の腕でのしていく。

一分も経たないうちに全員を気絶させ、彼らの乗っていた馬車の荷台に積み上げた。


「さて、とりあえずハルワタートにでも連絡しておきますか」


無線を取りに行こうと屋敷へ向かおうとすると、杖をついた老人がこちらへ向かって歩いて来ていることに気がついた。

顔の上半分、両目を覆う大きな布の包帯を見るに、目が見えていないのだろう。

このまま進めば馬車の荷台にぶつかってしまう。


「おじいさん、危ないですよ」


ブレインは老人の方へ向かって言う。

彼もその声に気がついたようで、朗らかに顔を上げた。


「すまないねえ。まだこの街に来たばかりで道もよくわからないで……」

「こっちは先に進んでも行き止まりですよ。市場は坂を下りた先です」

「おお、そうだったかい。こっちはやけに静かだから何があるのか気になってね」

「よければ案内しましょうか?」

「いや、それには及ばないよ」


老人の笑みが、快活なものから粘り気のある陰気なものへと変わる。

そしてその瞬間、光の反射のような白刃が、ブレインの喉元に刺さりかけた。

ギリギリで反応が間に合い、ギィン、と甲高い音を立てて弾く。


「ほう、よく止めた」

「何ですかあなたは!」


老人は仕込み杖を構え、笑みを浮かべた。

先程までの弱々しさはどこにもない。

まるで、獲物を狙う獰猛な獣のようだ。


「七つの大罪がひとり、『暴食』のグーラと申す。お前の噂は聞いている。かなりの強者だ。俺が喰らうにふさわしい」


言うや否や、また白刃が飛ぶ。

凄まじく速く、ブレインの強化された反射神経であっても、防御するのがやっとだ。


「二太刀目も躱したか」


彼は嬉しそうに笑う。

攻撃を避けられたことがそんなに嬉しいのか、とブレインは苦々しい顔をした。


「こんな可愛らしい小娘に刃物振り回して、情けなくないんですか!?」

「何を言う。俺は一度もお前を小娘だとは思っていない。鋼鉄の戦士よ、俺の剣の糧となれ」


プラヴァシの未来予知を使いたいところだが、脳への負担が大きく、あれは現在薬無しで使えるものではない。

薬は部屋に置いてあるが、彼をいなして走れるかどうかわからない。

見るからに、彼はまだ本気ではないのだから。


「さあ、やろうぞ。お前は生きてさえいれば良いのだからな」

「…………」


冷や汗が頬を伝う。

助けを呼べれば、と思うが、それすらできそうにない。


「あーあ、もう。本当はボクってこういうことするの嫌いなんですよ。命をかけた戦い、みたいなのは」

「殺し合い以上に甘美なものがあろうか」

「あなたがそういう感じの人だから困ってるんじゃないですか」


ブレインは鋼鉄の腕を前に出し、手のひらを彼に向ける。


「面白い。何をするつもりだ?」

「この世界の人の反応速度の試験、一度やっておきたかったんですよね」


ブレインは言いながら照準を合わせる。

狙うは彼の足元の地面だ。


「死んでも文句言わないでくださいね。……荷電粒子砲、発射」


プラヴァシの腕は一気にエネルギー量を上げ、爆音と共に、直線の光を放出した。

発射の反動で、ブレインは吹き飛び、地面を転がる。

着弾の凄まじい衝撃で、辺りは土煙に覆われる。


「どう、ですか?」


ふらふらと立ち上がりながらブレインは彼の姿を探す。


粒子を亜光速で打ち出す、荷電粒子砲を目視で避けるのは不可能。

それに相手は盲目の老人。

一瞬で肉塊になっていてもおかしくない。


目を凝らしていると、突然ブレインは背後から首を掴まれ、地面に押し倒された。


「驚いたぞ。詠唱もなしにこの威力……。こんなものがあるのか」


なんとなく、予想はしていたものの、やはり回避する魔法のようなものがあるのだ。


「やはり、俺の見立ては間違っていなかった。躊躇なく殺意を出し、遂行するための力もある。お前は立派な戦士だ」

「う、うるさいです! 離して!」

「おっと、暴れられては困る。気絶していてもらおう」


グーラの仕込み杖で頭を殴られる直前、ブレインは自分で感覚系の機能を遮断した。

気絶にも似た状態になるが、この方法なら自然に目を覚ますこともなければ、薬の影響も受けない。

次に意識が戻るのは、六十時間経過、もしくは外部からの刺激が弱くなって三十分後、と条件をつけた。


これからこの体がどうなるのか、考えたくもなかった。


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