おはようございます
「これでいいのか?」
ゼオルたちが手分けして作ったイカダはお世辞にも良い出来とは言えない。
技術力がないため、なんとか千切れないように繋ぎ止めるので精一杯だ。
それでもブレインの計算では簡単に崩れることはないらしい。
「はい、大丈夫だと思います」
ラメールはイカダを少し触ってそう言った。
そして、もじもじとしながら続けた。
「あの、島を守ってもらって、こんなこと言いづらいのですが……」
「なんだ?」
「私も連れて行ってもらえないでしょうか!」
ラメールは頭を下げた。
「昨晩の戦いのブラドさま、格好良かったです! 私もブラドさまのようになりたいのです! お願いします!」
「は?」
ブラドは全く理解できないという顔をして、小さく声を出す。
「えっ、だって、卵は?」
「卵は、この島が適しているというだけで、どこでだって産めるはずです! たぶん、ですけど……。それよりも、お願いします!」
アークは言葉を失った。
いったい何のために島を守ったのか。
そして、アークはゼオルたち三人の視線が自分に向いていることに気がつかないふりをしていた。
また、天空の剣を使わせるつもりだ。
恐らく、天空の剣で弱体化と変化を行えばラメールは人型になれるだろう。
しかし、あの力はそう簡単に何度も使ってもいいものなのだろうか。
「アーク」
ゼオルが声をかける。
どうやら屋敷に人が増えることに対しては特に何も思っていないらしい。
ブラドに心酔しているのなら、家事手伝いがひとり増えるくらいに思っているのだろう。
「でも、本当にいいんですか?」
「決定権はお前にある。我は提案しているだけだ」
「うーん……」
ラメールはじっと首を下げて決定を待っている。
彼がここでの生活のルールに噛み合わない性格をしているのであろうことは何となく分かる。
しかし、これがまかり通るようであるなら、かなりお手軽に性転換できるということではないか。
倫理的にいいのか、とそれだけがアークの頭の中でぐるぐると回る。
「……わかりました。ラメールさん、少し我慢してくださいね」
観念したアークが、天空の剣の真っ白な刃を、彼に突き刺す。
そして、白い煙がもうもうと立ち上がり、その巨大な体を包んだ。
屋敷に帰り着いたのは、それから十日経ってからのことだった。
ラメールの泳ぐスピードは陸を走る馬よりも断然早かった。
風を切って波を切って海を渡り、港へ激突するようにして到着したあと、アークたちはぼろぼろの体でフェルガウまで戻ったのだ。
そして、帰り着いてから数日経った朝、アークは聞きなれない声に目を覚ました。
「おはようございます」
青白く、テカテカとした表皮をしたラメールが、大きな黒い瞳でアークを覗き込んでいた。
アークの反応を待っているのか、まばたきをしながら、じっと顔を見つめている。
「ち、近くないですか……」
「近いですか。すみません」
ラメールは少し離れる。
外を見ると、いつも起きる時間よりも少し早いように感じた。
ブラドであっても、何の用もなければこんな時間に起こしたりしない。
だから、これは彼女の独断なのだろう。
「いったいどうしたんですか?」
「あの、えっと、その……」
もじもじと身じろぎする。
透明感のある肌が、日光できらきらと輝く。
「私、あの海からずっと出たかったんです。こうして、陸で暮らせる体をくれただけじゃなくて、住む場所も、仕事もくれて、とても感謝してるんです。でもなかなか伝える機会がなくて、こんな朝早くに、すみません」
「構いませんよ。ここの生活は楽しいですか?」
彼女の顔がパアッと明るくなる。
「とっても楽しいです! では! そろそろ行かなければブラドさまに怒られるので! ありがとうございました!」
彼女はそう言うと、おもむろに立ち上がって駆けて行こうとした。
しかし、高い身長のせいで出入り口に頭を派手にぶつけ、うずくまる。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です!」
彼女は涙目になりながらも笑顔を浮かべてアークへ言った。
人間の体になって、こうして屋敷で暮らすことが、彼女は楽しくて仕方がない様子であった。
それ故か、少し忙しないところがあり、よくぶつかったり転んだりしている。
アークは少し微笑んで、さて、と立ち上がった。
せっかく起きたのだから、朝食でもとろう。
部屋を出て、階段を降りていると、下から食器の割れる音が響いた。
「すみませんすみませんすみませんすみません!」
そう謝る声の合間に、また、食器の割れる音が響く。
ブラドの胃に穴が開く日も近そうだ、とアークは思った。