その程度では魔王軍にも入れんぞ
「南西に現れた鋼鉄の城か……」
ゼオルは森に潜んでいた魔族の部下からの報告を聞き、頭にそれを思い浮かべようとしたが、あまりにも突飛なことに想像が追いつかない。
部下は報告を続けた。
「城の周辺には無数の人影を確認しました。しかし、少し様子がおかしく、魔力は検知されませんでした」
「魔力は全ての生き物に流れているはず……。やはり、別種か?」
「確認した限りでは、そのようでした。森をうろついていましたが、感知能力は低く、我々に攻撃を仕掛けてきた者はおりません」
「敵の戦力に個体差があるということだな……。ご苦労。引き続き動きがあれば報せてくれ」
魔族が引きさがり、ゼオルは屋敷の窓から誰もいなくなった町を眺める。
リンの護衛部隊は手際よく住人を避難させた。
多少の混乱が起こることも予測していたが、そこは普段から信頼の厚い護衛部隊である。
当のリンは護衛部隊と共に避難の最終確認をしに行くと言って数時間前に出て行った。
もうじき戻ってくるだろう。
「あの、僕はここにいていいんでしょうか」
アークは不安そうな顔をして聞く。
町のいち少年と変わらない能力しかないのだから、みんなと一緒に避難した方がよかったのではないか、と彼は聞きたいのだろう。
「ああ、言っただろう。我のとなりにいればいい」
もし、避難先が襲われたら、他の民と同じく死ぬことになる。
人間にしろ、魔族にしろ、どれだけ死のうと特別何も思わないが、アークだけは死なれては困る。
一番大切なものは人に預けるのではなく、自分で持っておくべきなのだ。
そうしていると、突然町の外れで爆発音が響き、リンが慌てて戻ってきた。
「騒がしくなってきたな。どうした?」
「町の南西から、多数の、ええと、正体不明の人型の敵が出てきて、この町へ進んできているわ! 今魔族の人たちが食い止めてるけど、数が多すぎてすでに何匹かは町へ入り込んだみたい!」
荒い呼吸をしながら、リンは一気に喋った。
「おちつけ、リン。我はアークと共に町へ入った輩を潰してまわる。もしかすると、この屋敷を狙っているかもしれん。お前は玄関で侵入者を止めておけ」
「なんで屋敷を?」
「その辺のやつを捕まえて聞けば、この屋敷がこの町の象徴であることはすぐわかるだろう。まず心の支えから潰しておくのは基本だ。我が敵ならそうする」
昔、そうやって反乱軍を滅ぼしたことを思い出しながら言う。
「しかし、敵も運が悪い。ここに我がいる限り、その作戦はご破算確定なのだからな」
普段は脱いだままの上着を着ながら、ゼオルは笑った。
「ゆくぞ、アーク」
「あ、はい、よろしくお願いします」
マントをひるがえし、ゼオルは屋敷を出る。
するとすぐに、町のあちこちから声や音が聞こえてきた。
「ふむ。随分とバラけているようだな。アーク、探知を。一番近いやつから叩いていくぞ」
「わかりました。精錬なる地の流れよ、我に息吹の在処を示せ――――」
アークが地面に触れると、すぐに顔が青ざめた。
「なんだ、この数……。町全体で少なくとも千人は入り込んでる……」
「リンのやつ、話が違うではないか。それでは探知してもキリがない。むう、撃ち漏らしはリンに任せて我らは目視で敵を潰していくか」
ゼオルはアークがついてこられるくらいの速さで走り始めた。
まずは、屋敷の周辺から見回る。
敵の姿はすぐに確認出来た。
土を固めたような容姿で、剣のような棒きれを持っている。
彼らは焦点のあっていない目で、時折仲間とぶつかり合いながら、街道を歩いていた。
「意識がないみたいですね……」
障害物をただ壊しながら前へ進んでいく彼らを見て、アークがつぶやく。
「薄気味悪いやつらだ。まずは小手調べに……」
ゼオルは走りながら手に蒼い炎をゆらめかせた。
「我が忠実なる蒼き炎よ、生あるものを焼き尽くせ! 『冥界の蒼炎』!」
ゼオルの右手から放たれた蒼い炎の弾は、着弾と同時に膨れ上がり、広範囲を巻き込んで天へと昇る。
一瞬で炭と化した敵は、ばらばらと崩れ落ちた。
「この魔法でこれだけあっさりやられるなら、魔法を使うまでもない。アークは探知を続けてくれ」
ゼオルが、頭上に手を掲げる。
すると、空の果てから、一振りの白い剣がゼオルの前に突き刺さった。
それはアークの身長と同じほどの大きさもある、巨大な純白の剣である。
「これが、天空の剣……」
「初めて見るか。我にとっては因縁の剣だが、重さを気にいっている。それに、センスもいい」
剣の刀身を拳で叩くと、コン、と甲高い音が鳴った。
ゼオルの髪と同じような白い剣を肩に担ぎ、土人形へ切りかかる。
彼らも本能があるのか、剣を横にして防御の姿勢をとるも、ゼオルの力を止めることができず、その剣ごと両断されてしまう。
「弱い弱い! その程度では魔王軍にも入れんぞ!」
町の中を駆けながら、土人形を破壊していく。
どれも形や大きさが均一で、ゼオルの動きに反応できず、土くれに戻っていく。
戦っている護衛隊を何人か助けたあと、アークが言った。
「ゼオルさん、やっぱりこの人形たち、屋敷を目指しているみたいです」
「ほら、我の言った通りだ」
ゼオルは今日一番のドヤ顔を見せた。
リンは屋敷の前に立ち、精神を集中させた。
全身を青と黒の装飾のついた滑らかな防具で覆っている。
これは、本来なら魔族の使う強化外骨格で、ゼオルからもらったものだ。
屋敷へ迫る土人形たちの群れを視認し、リンは呟いた。
「氷結戦闘衣、安全装置解除。…… 第一段階 !」
全身をちくちくとした痛みが走り、関節から冷気の煙が噴き出す。
魔力と血液を強力な冷気属性へと変化させる能力があり、常時発動するため詠唱の必要がない。
「フーッ! いくぞ!」
リンは眼前に迫った土人形の攻撃を避け、その胴に拳を叩きこむ。
氷結戦闘衣の拳は、衝撃と共に内部を凍らせる。
傍目には見えなくても、一発でももらえば、満足な行動は起こせなくなるはずだった。
「こいつら凍らない!?」
正確には凍っているのだが、それを無視して攻撃を続けられるようであった。
「だったら、壊す!」
一度凍らせた部分にもう一度拳を叩きこむことで、土人形は簡単に割れた。
中に内臓はなく、血も出ない。
本当に、全身が土でできているようだ。
リンは集中して、次々に土人形を壊していく。
報告で聞いていた数よりも随分と多く、感覚では百体を超えていただろう。
「これで、終わり!」
最後のひとりの転がった頭部を踏み潰し、大きく息を吐く。
戦闘が長引けばそれだけ血を失う。
そのせいもあり、数の多い敵はあまり得意ではない。
「リン、大丈夫だったか?」
遠くから、剣を持って歩いてくるゼオルとアークの姿が見え、リンはひざをついた。
ゼオルたちを見て気が緩んだのだ。
「町の中に入り込んだ土人形は、ここにいたので最後ですね」
「しかしまあ、派手に散らかしたもんだな」
辺りに散乱する土人形の残骸を見て、ゼオルが言った。
「はあ、はあ、う、うるさい! 何だったの、こいつら……」
「正体はまだつかめていない。……少し攻めてみるか。我はアークと共に南西の城へ向かう。我の近くにいるのが一番安全だからな」
「……私はどうしたら?」
「ここで敵を引きつけてくれ」
「はーっ! しんどい! いやわかってたけど!? 私、囮に使われるって! 知ってた!」
リンはやけくそ気味に手足を投げ出して地面に寝転がった。
「まあ、そう言うな。終わったら褒美をやろう」
「何?」
「鳥の丸焼きだ」
「あんたの好物じゃない!」
「うまいぞ」
馬鹿馬鹿しくなり、リンは起き上がった。
口では不満を言っているが、リンも自分がそのために育てられたことをわかっている。
ゼオルがアークをどれだけ大切にしているかも、よく知っている。
「アーくん、ちゃんとそいつについていくのよ」
「……はい。リンさん、どうか無事で」
リンはアークを抱きしめた。
それだけで、魔族百人は倒せる気がする。
アークがリンを助けるよう言わないのは、ゼオルも考え無しに言っているのではないと知っているからだろうか。
心優しく賢いアークだから、リンの立場に気がついていないはずはない。
そうだとすれば、今とてもつらい気持ちに違いない。
リンはよし、と気合を入れて拳をパキパキと鳴らした。
「見てなさいよ。全部終わったら絶対ねぎらってもらうからね! 最高級のビールとソーセージを準備してもらおうかしら!」
「生き延びたら好きなだけ食べるが良い。お前が死ぬとアークが悲しむし、ソーセージとビールは我がいただく」
「あんたも少しは悲しみなさいよ」
「まあ、そんなことにならないよう、我らが今から殴り込みをかけるのだがな! ゆくぞ、アーク!」
「はい! あの、すぐ帰ってきますから!」
敵の出て来た南西へと向かうアークとゼオルを見送って、門のとなりに座り込んだ。
当然、死ぬつもりはない。
生きてまたふたりに会うまでは、死ねない。
会敵に備えて、少しでも体力を回復させておくため、リンは軽い眠りに入った。