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女になった魔王さま  作者: 樹(いつき)
第六話 勇者と呪いと最古の魔女
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すぐに治せば死なないはずだ

馬車に乗ってフェルガウを出て、数日が経った。

いよいよキテラの住む場所が近くなってくると、カーレッジの脳内にひとつのひらめきが浮かんだ。


「お前ら、オレさまはカーレッジじゃない。サナだ。それで頼む」

「なんでだよ? 奥さんなんだろ?」


ゴートが聞くと、カーレッジは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「だからだろ。それに、オレさまが記憶を持ったまま生まれ直したなんて知られたら、何されるかわかったものじゃない」

「お前みたいなやつでもそこまで怖いのか?」


意外そうにゴートが言う。

死ぬより面倒なことになるはずだ、とカーレッジには確信めいたものがあった。


「とにかく! オレさまがオレさまだとバレないように、うまくやってくれ」


誰も同意しないが、同意したとみなすことにした。


「ゼオルさんは会っても大丈夫なんですか?」

「まあ、我はそれほど親しくなかったからな。あのころはこの体にされてすぐだったこともあるし、同じ屋敷に住んでいてもほとんど顔も合わせなかった。それよりも、アークはどこでやつと知り合った?」

「僕は偶然ですよ。足をくじいて歩けなくなっているキテラさんを見かけて、それから仲良くなりました」

「な、何をやっている! 我の知らないところで変な女に手を出すな!」


母性をこじらせた様子のゼオルがそう言って、アークは困ったように笑った。

森の中を進み、一軒のボロボロの納屋が見え始めたところでアークは御者に声をかけて馬車を止めた。


「あんな小さいところに住んでるのか?」


ゴートが何の気もなしに聞く。


「見た目だけですよ。入り口で自動的に相手を調べて繋ぐか繋がないか選別しているらしいです」

「へー、ダメだとどうなるんだ?」

「見たことありませんけど、たぶん見た目通りの納屋になるんじゃないですか?」

「おーい、今そんなことどうだっていいだろー。早く開けてくれ」


待ちかねたカーレッジが納屋の前で口を尖らせた。


「クソ自己中だなお前」

「ああ、僕が開けないとダメですね。ちょっと待ってください」


アークが懐から古びた銀色の鍵を取り出して納屋の鍵穴に刺す。

すると、扉の隙間から白い光が溢れ出した。


「……その鍵、どうしたんだ?」


カーレッジは鍵に見覚えがあるような気がして聞いた。

どこで見たのかは思い出せないが、知っているような気がする。


「これはキテラさんからいただいたものです。直接部屋に繋がる鍵らしいですよ。さあ、行きましょう」


アークが扉を開くと、背よりもずいぶんと高い本棚が整然と立ち並ぶ図書館に出た。

窓はないが、白い光が天井からさしており、明るさは充分にある。


「待っていたよ、アーク」


本棚の奥にある二階部分から、片目を閉じた怪しげな女性が顔をのぞかせた。

年齢は三十代といったところだろうか、それよりも目を引くのは、ガラスのような長い髪だろう。

中で光が反射し、角度によっては虹のように様々な色が見える。


「おや、今日は大所帯だね。前のマガ虫の時はふたりだったけど」

「その説はありがとうございました」


礼をするアークの後ろから、ゼオルがずいっと一歩前に出た。


「久しぶりだな」

「お、おお! 君は……誰だったかな」


キテラは喉元まで出かかっている、という仕草を見せる。


「……ゼオルだ。貴様は相変わらずだな」

「人のことを覚えるのは苦手でね。後ろの人たちは?」

「オレさまはゴートだ。ついてきただけだから覚えなくていい」

「それは助かるよ。もしかして、君はゼオルと同じなのかい? 剣の力で性別を変えられた?」

「分かるのか?」

「分かるよ。私には君の本当の姿が見えている。剣の力で失った形というものは、この世から消滅するわけじゃないんだ。ただ少し、手の届かないところへ行ってしまうだけさ」

「……元に戻れるのか?」

「いくつか条件が整えばね。今は無理だよ」


キテラは喋りながらカーレッジへと視線を移す。


「君は……」


目がカーレッジの肩へと向く。


「ほう! これは珍しい! どこでこれを手に入れた?」

「あの、私の町にやってきた商人さんが、目の前で死んで、それで私に……」

「そうそう! この魔法は人から人へと移るのだよ! 『家貧孝子ロストチャイルド』という呪いの魔法でね、媒体には胎児を宿した母体を使って……」

「治るんですか!?」


遮るようにして、カーレッジが大きめの声を出す。

彼女は一度語り始めると、止まらない。

だから無理矢理にでも流れを止めないといけない。


「できるとも。私は根源に触れた魔女だ。造作もないさ。どれ、とってしまおう」


キテラが閉じていた右目を開くと、黒い眼球と三つに別れた金色の瞳が現れた。


「その目……」

「目が気になるかい? これは代償さ。魔法の根源から不滅の肉体を手に入れて、私は人間ではなくなった。その、代償だ」


キテラは左目を閉じると、カーレッジの肩に触れて、詠唱を始めた。


「遍く全ての生命よ。彼の者を守り給え。銀の月、金の太陽、永久の闇。身を焦がす炎は凍てつく氷河となり、怨嗟の声は華となれ。汝はすでに救われた」


唱え終えると同時に、カーレッジの肩が軽くなった。


「外したよ」

「ありがとうございます! 助かりました!」

「私はたいしたことはしていない。それに、まだ終わってはいない」


キテラの指さす方、床の上にあの赤ん坊がいた。


「注意した方がいい。魔法はまだ生きている」

「早く倒してください!」

「待ちたまえよ。あまり見られるものではないし、もっと観察したいのだ」


キテラの悪い癖が出ていた。

好奇心を人命よりも優先することに何のためらいも持たないのは、人間でも彼女くらいのものだろう。

そのせいで本当に死んだ者もカーレッジは見たことがある。


「そ、そんなこと言ってないで!」

「首が折れてもすぐに治せば死なないはずだ。試したことはないが……」


笑みを浮かべながら赤ん坊を見るキテラの目の前で、蒼い炎が弾ける。


「あっ!」


キテラが声をあげて、ゼオルを見た。

その瞬間に、赤ん坊は蒼い炎に包まれて、消し炭となった。


「用が済んだなら帰るぞ」

「何ということをするんだ! 悪魔!」

「魔王だ。あんな危険な魔法を放置する方がどうかしている」

「ゼオルさん、助かりました!」


カーレッジが猫なで声で言うと、ゼオルはそちらにも鋭い目を向けたあと、大きなため息をついた。


「……くだらん、帰るぞ」


そう言って、ひとりで踵を返して扉へ向かう。

それについていくようにして、カーレッジやゴートも背を向けてキテラの元から去っていく。


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