あのババア
「お前はうちに問題を持ちこまないと気が済まないのか?」
ゼオルが呆れた顔で言う。
「仕方ねえだろ! 他に頼れるやついねえんだから」
勇者の屋敷のリビングで、カーレッジはソファに腰をおろして、腕を組んだ。
「それと、股を開いて座るな。アークの教育に悪い」
下着が見えているのか、目をそらしているアークがゼオルのとなりに座っている。
「なーにが教育だ。その歳にもなったら見飽きてるだろ」
「お前と一緒にするな。アークはお前のような薄汚いやつとは違う」
「誰が薄汚いだと!? だいたいオレさまはな――――」
そう叫んだところでまた首をねじ切られる。
ここに来て五回目の死だ。
「もうずっとそのままでよくないか?」
窓際に立って遠巻きに様子を見ていたゴートが、棒のついたアメを口の中で転がしながら言う。
「我もそう思う」
「薄情なやつらめ!」
「情を持ってもらえるような人間でもあるまい」
ゼオルとゴートはそう淡々と、カーレッジの頼みを断る方へ持っていこうとしていた。
「ふたりとも、さすがに可哀想ですよ。それに、この魔法が周囲の人を巻き込まない保証だって、ないのでしょう?」
「そう、そうだぞ! 小僧の言う通りだ!」
アークがふたりを説得している間、カーレッジの肩に乗っている不気味な赤ん坊を、ブレインがつついている。
「魔法なのに、みんなには見えないなんて、不思議ですね」
「お前はなんで見えるんだよ……」
「はっはー、ボクは感覚をいじってますからね! 見えないものはだいたい見えます!」
ブレインが自慢げに言う。
「頼ってくれて悪いが、そんな魔法は我も見たことがない。どうにもできないぞ」
「知ってそうなやつを教えてくれ」
「心当たりがない」
ゼオルは即答する。
「……言おうか迷ったんですけど、僕はひとり心当たりがあります」
「小僧! お前はやればできるやつだ! 誰なんだ!?」
アークはゼオルとカーレッジを交互に見て、しばらく考える素振りを見せた。
「なんだよ、もったいぶるな」
「……いえ、おふたりもよくご存知の方なので、すごく言いづらいのです。本人からは好きにしてくれと言われているんですけど……」
「オレさまとゼオルが知ってるやつ? 魔族か?」
聞きながらゼオルの顔を見るも、首をかしげている。
「最古の魔女、キテラさんです」
その名前を聞いて、カーレッジは全身が粟立つ感覚がして、思わず立ち上がった。
知らないはずはない。
キテラは、勇者だったころのカーレッジが結婚した女性の名だ。
「待て、待て待て待て! キテラ!?」
「はい……」
「どうなってんだよ! キテラはオレさまが死んだときにはすでにババアだったんだぞ!?」
慌てるカーレッジとは対称的に、ゼオルは口元に手を当てて考えていたようで、静かに口を開いた。
「もしや、キテラはたどりついたのか」
「そのようです。僕も少し聞いただけですけど、キテラさんが今も確かに生きていることが、その証拠と言えるでしょう」
「何だよ。何にたどりついたってんだ?」
「魔術の根幹、根源、混沌へ至り、知識を得たのであれば、すでにキテラは人間とも魔族とも違う存在となっているはず……」
「あのババア、何やってんだ……」
「お前の死後、キテラは旅に出るとだけ言い残してこの地を去った。死に場所を探すためのものだと思っていたが、まさか今も生きていようとは。しかし、キテラならお前のその不可解な魔法のこともわかるだろう」
「とにかく、他に案もありませんし、さっそく支度をしましょう。馬車の手配をしてきますね」
アークがてきぱきと準備を始める様子を見ながら、カーレッジは頭を抱えた。
この厄介事を解決するためには彼女に会わないといけないことが、わかっているにも関わらず、まったく会いたくないのだ。




