ダイテヨ
無法の町トリアムの冬は、木枯らしの吹きすさぶ、凍えるような冬だ。
曇天の下、カーレッジは毛皮のマントを着て、焚き火の前に座っていた。
金色の長い髪もマントの中に仕舞い込んで、木の椅子の上で丸まっている。
今日は仕事相手との商談があり、その到着を待っていたのだが、予定よりかなり遅れており、苛立ちながら外で待っていた。
「もう昼過ぎてんぞ! どうなってんだよ」
後ろに立っている部下に向かってカーレッジは言った。
「迎えを行かせたのですが、まだ連絡がありませんね」
「クソ、これだから商会連合のやつらは……! 小さい集落だからって見下してやがる」
そうやって愚痴を言っていると、使いに出した部下が慌てて帰ってきた。
顔面は蒼白で、足取りもふらふらとしており、馬から崩れ落ちるようにして倒れた。
「ボ、ボス……」
「どうした!?」
ただならぬ様子に、カーレッジは思わず駆け寄った。
「商会の馬車が、全滅しました……!」
「はあ!?」
「わけが、わからないんです。突然、みんな死んでしまって……」
「落ち着け。野盗じゃないんだな?」
彼の話を聞きながら、カーレッジは手振りで部下たちに調査へ向かうよう指示を出す。
「何かの魔法か? 様子を詳しく教えろ」
「それが……。僕の目の前で、商人、護衛、御者の頭が、次々に、捻れて、落ちて……」
「それは、同時に? ひとりずつ?」
「ひとりずつ、でした」
同時でないのなら、一回の魔法ではなく、その都度かけたことになるはずだ。
「犯人の姿はなかったのか?」
「見えませんでした……」
「妙だな。なんでお前は平気なんだ」
カーレッジがそう言葉に出した瞬間、彼は急に振り返って後ろを見た。
「う、うわああああ!」
彼の目は、誰もいない地面へ向けられている。
「来るな! 来るな来るな!」
「おい、何してんだよ!?」
彼は暴れてカーレッジの手を払いのけて、逃げ出そうとした。
そして次の瞬間、彼の頭部が回転し、首がねじ切れて地面へ転がった。
「……は?」
血を吹き出しながら倒れた彼を見て、カーレッジはぽかんと開けていた。
翌日、カーレッジは昼過ぎに目を覚ました。
早朝まで事件の原因を調べていたが、何の手がかりも得られず、諦めて眠りについたのは明け方である。
「……ん」
寝不足だからか、体の重さを感じて、寝返りをうつ。
「あー、ちくしょう。やっぱ夜更かしなんてするもんじゃねー……」
目をこすりながら起き上がると、膝の上に何か乗っている感覚がして、カーレッジは顔を向けた。
「……あ?」
それは、赤ん坊であった。
普通の赤ん坊ではなく、朽ちた人形のように髪の毛はまばらで、眼球がない。
黒く深いふたつの穴は、カーレッジを見つめている。
「……イテ……」
「何だって?」
赤ん坊は小さな口を動かして、ぼそぼそと言う。
「……ダイテヨ」
赤ん坊が手を伸ばすと、不意にカーレッジの首が嫌な音を立てて回った。
しかしすぐに光の粒子となって、カーレッジは生き返る。
警戒しながら、部屋の中で距離をとった。
「なんだお前!?」
「ダイテヨ……ダイテ」
赤ん坊が手を伸ばす。
カーレッジは赤ん坊の視線から外れるようにして飛び退いたが、関係なく首がねじ切れた。
その様子を見て、赤ん坊はご機嫌に笑っている。
カーレッジは立てかけてあった巨大な斧『無垢なる雄牛』を手にして、間髪入れずに赤ん坊へ振り下ろした。
しかし、斧は赤ん坊に触れることなく、ベッドだけを真っ二つにする。
「触れねえってことは……魔法か、お前」
とはいえ、召喚や精霊の類であっても、このように自動で敵を追尾して殺害できるものは知らない。
商人たちもこいつに殺されたのだろう。
赤ん坊と睨み合っていると、寝室の扉が勢いよく開かれた。
「ボス! 何かありましたか!?」
ベッドを叩き割った音を聞きつけてやってきたであろう階下の部下たちが、血相を変えてそこに立っていた。
昨日あんなことがあったあとだから、気が張っているのはわかるが、カーレッジは眉をひそめた。
「ノックくらいしろよ。うら若き乙女の寝室だぞ」
「も、申し訳ございません!」
「お前ら、これ、見えるか?」
「なんですか?」
どうやら彼らにはこの赤ん坊は見えていないようだ。
「……事件の原因がここにいる。捜索はもういい。たぶん、こいつを消せば解決だ。仕事は打ち切って休んでろ」
カーレッジは壁にかけてあるマントを手に取りながら言う。
「ボスはどうするのですか?」
「悪いがオレさまにもこいつはどうすることもできん。少し出てく――――」
赤ん坊の笑い声と共に、カーレッジの首がまた、音を立ててねじれた。




