すごいですね
その日の夜、猛烈な雪がフェルガウを襲った。
外に出ることが困難に思えるほどに大粒の雪が吹き荒れ、窓をがたがたと揺らしている。
「雪ですね」
ブレインは外をじっと見ながらつぶやいた。
部屋の中では暖炉の火がぱちぱちと燃えて、たくさんの本が並ぶ本棚を橙色に照らしている。
丸い絨毯の上では、ゴートがくつろいでいた。
この天候では庭にいることもできず、屋敷の中に入れてもらえたのだ。
「雪なんか珍しくねえだろ」
ゴートは寝転がって天井を見上げたまま言った。
「ボクの世界では雪と言えば人体を溶かす有害物質を含んだ猛毒だったので、普通のものは初めて見ます」
「なんだそりゃ。怖えよ」
暖炉の薪が、小さく爆ぜて、ゴートは顔を向けた。
「雪、積もるんでしょうか」
「……積もるといいな」
ゴートは適当に答えると、丸くなって眠りについた。
ブレインは夜がすっかり更けるまで、ゴートの寝息が聞こえる部屋の中から、吹きすさぶ吹雪をじっと眺めていた。
翌日、顔に朝日が当たって、ブレインは目を覚ました。
どうやら窓の外を見る姿勢のまま眠ってしまったらしく、眩しさに目を細めながら、体を伸ばす。
「やけに眩しいですね。なんだか外が白く光って――――」
その光景に、寝ぼけていた頭がさえて、目が大きく開く。
どこまでも続く真っ白な平原が、窓の外に広がっていた。
雪は夜の間に降り続けたのか、一階の半分くらいまで積もっている。
「わーっ! すごい! すごいですよ、ゴートさん!」
「うるせえ……」
無理矢理起こされたゴートは目をこすりながら外を見る。
「なんだこれ。ここってそんなに北の方じゃないだろ……」
「すごい! すごいですね!」
「語彙少ないな。つーか、何やってんだ?」
ブレインはいそいそと分厚いコートを着込み、もこもことしたブーツも履く。
「出てみましょう!」
「つったって、これだけ積もってたら玄関も開かないんじゃ……」
「ここから行けばいいじゃないですかー! とうっ!」
窓を開けて、ブレインが飛び出した。
「あっ、おい! せめてかんじき履かねえと沈むぞ、って遅かったか……」
雪の中に沈んだブレインの両手だけが、どこまでも白い景色の中に浮いていた。
ゴートがブレインを雪の中から引っ張り上げていると、アークとゼオルが部屋に来た。
「ずいぶん積もってますね。これじゃ、玄関も開かないわけです」
「うむ。日が昇って暖かくなる前に雪を片づけねば、この一帯が水に沈むぞ」
「今日は雲もありませんし、昼までにはどけないと危ないですね」
「リンたちは町の方に朝から出ているから、ここは我だけでなんとかするしかない」
「ゼオルさんだけですか?」
「アークたちには別の用事がある。この異常気象、おそらくは竜の仕業だ」
ふたりの会話を聞いて、ブレインが目を輝かせて窓から覗きこむ。
「竜って、もしかして天候を操る竜ですか!?」
天候の竜『ストームライダー』。
温厚な性格で、自然の実りを守るために天候の秩序を司っている竜だ、と本で学んだ。
「知っているのか。ここら辺の天候はやつが操っている。何か異常があったに違いない。そこで、お前たち三人で様子を見に行ってくれないか」
それを聞いてゴートが不満そうな顔をする。
「このふたりはともかくなんでおれまで……」
「我とふたりでこの雪を片づけるのと、どっちがいい?」
「うっ……。仕方ねえな……」
面倒くさがるゴートの手を握って、ブレインが満面の笑みを浮かべる。
「ゴートさん、行きましょう!」
「こいつはこいつで、なんで乗り気なんだ……」
「そいつは面倒を面倒と感じない異常者だ。せいぜい振り回されるがいい」
「なんてこと言うんですか! ボクは普通ですよ!」
ブレインはむくれて言った。




