その見た目で魔法使いかよ
山中の洞窟には、山賊の手下たちが作った隠し砦がいくつもある。
この近辺にあるこの砦は、その隠し砦の中でも、とりわけ大きなところだ。
ゴートが帰って来ると、手下たちは総出で出迎えた。
「お頭、おかえりなさい!」
「腹が減った。飯の支度してくれ」
「着替えと一緒に用意してあります!」
「おー、気が利くやつだな」
ゴートは自室へ帰ると、準備してあった服に着替える。
ボロボロの囚人服とはこれでお別れだ。
薄い麻の服を着て、上にシカの毛皮を羽織る。
オオカミの牙の首飾りをつけて、ゴートは鏡で自分の姿を見た。
捕まってからの二十日間、着慣れた囚人服だったが、やはりいつもの服は着心地が違う。
「鋼の刃よ、我が元に集え」
何もない空間から、短剣が飛び出す。
伸びきったヒゲを整えて、うっとうしくない程度に髪を切る。
「ふん、こんなものか」
ひとまず、これで恥ずかしくない格好にはなった。
広間へ出ると、手下たちが食事の用意をして待っていた。
鶏の丸焼きやパンや果物の盛り合わせたものが、テーブルの上に並んでいる。
「ん? これなんだ?」
ゴートが果物のひとつを指さして手下に聞く。
「それはカルディナでこの時期にとれる果物で、メランダというものです。この前襲った商人が積んでいました」
「へー、カルディナのね。どれ……」
メランダを口に運ぼうとした時、手下のひとりが、大慌てで広間に入ってきた。
「お頭! 妙なふたり組がこちらに向かってきています!」
「あー、あの小僧生きてたか。追跡魔法辿ってきた追手だろ。ぶっ殺してやれ」
「そ、それが、女のふたり組なんです」
「女ぁ?」
それは確かに妙なふたり組だ。
ゴートは食べようとした果物を置いて、砦の窓から外を覗いた。
「何だお前ら!」
「うわ!」
外で見張りをしていた手下たちが、怪しい女たちから、まるで子供の相手でもするように、軽くいなされている。
「門を閉めろ! あいつらを中に入れるな!」
ゴートの指示に、手下たちは慌てて木でできた門を閉める。
しかし、次の瞬間、門が青い炎で燃え上がった。
「この程度で我々を止めようなどと」
白い髪の女が、微笑を浮かべてそう言う。
「相手が悪かったな!」
不相応なほど大きな斧を背負った少女も、笑って言った。
「お前ら、総出でかかれ。あいつらただもんじゃねーぞ」
ゴートは手下をけしかけて、敵の手の内を探ることにした。
たったふたりで乗り込んでくるくらいだ。
青い炎と斧だけではないはずである。
「ザコが群れてやがるぜ」
「よくその体でそこまでイキがれる」
「あっはっはっは! この体でもこんなやつらに後れはとらねえよ」
金髪の女は、素早く手下に近づき、アゴを掌底で打ち抜く。
白い方の女は、剣で切りかかった腕を掴んで、力に任せてへし折る。
対称的な戦い方をするふたりだ、とゴートは思った。
(相手にするなら、金髪のガキからか。挟まれたら厄介だな)
敵の実力は少し高めに見積もるくらいでなければ、山賊は長く生き残れない。
ゴートは、金髪の少女は自分より弱いと、白い女は自分よりも強いと判断した。
まずは数を減らして、逃げる算段を整えておく。
命をかけて戦うなんてバカな真似はしない。
生きて逃げのびれば、それだけで勝ちだ。
「そろそろ限界か……」
手下たちは完全に戦意喪失して、逃げ出す者まで現れている。
彼女たちもそれを分かったのか、相手をやめて、まっすぐゴートのいる砦へ向かって進み始めていた。
ゴートはこの大広間でふたりを迎え撃つため、出入り口から最も遠いところに陣取った。
「中は誰もいないのか」
「あれで全員なんて、人望ないのな」
「お前が頭だったら全員守りもせず秒で逃げ出している」
「バカ言え。大人気だぞ、オレさま」
まるで普段通りの会話をするような様子で、そのふたり組はゴートの待つ大広間へ来た。
「お前が山賊王か?」
少女が言う。
「そうだ。自分で名乗っているわけではないけどな」
それを確認して、少女は肩を回した。
「よーし、じゃあ、やるか」
「待て、我にやらせろ」
「あー? これはオレさまの案件だろ」
「あいつ強そうだし、我にもやらせろ」
「ふざけんな。遊んでんじゃねえんだぞ」
「じゃんけんで決めるか」
「負けたらおとなしくその辺で指咥えてろよ」
どうやら、ひとりずつで来てくれるらしい。
ゴートにとって、舐められていることが逆に勝機を感じさせた。
「へ、オレさまの勝ちだ。邪魔すんじゃねえぞ」
「くう! 我がやりたかったのに……」
「つーわけで、よろしくな」
少女は、不敵に笑う。
「戦う前に、君たちの名前を教えてくれ」
ゴートは焦っているふうを装って、そう聞いた。
「オレさまはサ……いや、カーレッジでいいや。こっちはゼオル」
どちらも聞き覚えのある名前だ。
会話している隙に攻撃を仕掛けるつもりが、予想していなかった返答で目を丸くした。
「カーレッジに、ゼオル……? 勇者カーレッジと、魔王ゼオルのことか……?」
「ほー、名前知ってるだけでたいしたもんだ。ほんもんだぜ。どれくらい知ってるか知らねえけどよ」
語りに違いないとは思うが、そう判断できるだけの材料がない。
「さあ、かかってこい。勇者カーレッジとやり合う機会なんて貴重だぜ」
ゴートは舌打ちをして、詠唱を始めた。
「鋼鉄一閃、我が元に集え、雄々しき剣たちよ。『鋼の戦神』!」
ゴートの周囲に、十本の様々な短剣や長剣が浮かぶ。
ひとつとして同じものはなく、そのどれもが長さの違う剣だ。
「その見た目で魔法使いかよ」
カーレッジは武器を構える様子もなく、そう言う。
ひと泡吹かせてやる、とゴートは駆けた。
剣は飛ばしても使えるが、近くならばもっと高度な攻撃ができる。
どれほどの手練れでも、前後上下左右から自在に襲いくる刃を無傷では潜り抜けられない。
攻撃が始まった途端、カーレッジの目つきが、少女から戦士のものへと変わった。