お前の選択は正しかった
「む、ここで大通りと合流するのだな」
ゼオルは朝から旧道を歩いて、昼前にようやく森を抜けた。
ここからはまた、綺麗に整備された大きな街道を進むことになるだろう。
いまだ景色の中にカルディナの姿はなく、果てしない山脈の影が連なっている。
ふと、山のふもとに停まっている馬車が見えた。
(あれが、山賊王とやらか?)
護衛の兵がいないことや、馬の手綱を引く御者の姿が見えないことが気にかかるが、それらしいものは他にない。
「血の匂いがする……」
風に乗って漂う生臭さにゼオルは眉をひそめ、馬車に駆け寄った。
そこには誰もおらず、鉄格子が鋭い刃物で壊されている。
(襲撃されたにしては、馬車が綺麗すぎる……。それに、普通なら興奮して暴れるはずの馬も繋がれたままだ)
ゼオルは未だ感じる血の匂いを辿って、道から外れて草原の中を進んだ。
草をかき分けると、無造作に転がされた青年がいた。
「おい、しっかりしろ」
どうやらつい先程怪我をしたらしく、心音は弱いが、まだ生きているようだ。
ゼオルが回復魔法をかけると、しばらくして意識を取り戻した。
「ここは……」
「何があった? 馬車はあるが、中は空だ」
「……ああ! ゴートが逃げ、ぐう……」
起き上がろうとした彼は、苦しそうに胸の傷を抑えた。
「ゴートが逃げたのだな? 待て、今助けを呼んでやる」
ゼオルはカーレッジに通信魔法でこの場所と状況のことを送った。
すぐにでも駆けつけてくるだろう。
待っている間、ゼオルは事の顛末を彼から聞いた。
「家族が、心配で……」
「おそらくは家族のことは心配いらん」
「なんでそんなことわかるんですか?」
「お前を殺したと思っているなら、もう人質としての価値がない。お前の選択は正しかったということだ。下手に協力していれば、家族のことを盾にして永遠に搾取され続けていただろう」
「でも、やつを捕まえないと、不安です……」
「それも任せておけ。乗りかかった船だ。我が捕まえてやろう」
「あなたはいったい……」
「我はただの、通りすがりの魔王だ」
そんな会話をしていると、馬に乗って来る集団が見えた。
その先頭は、金髪の長い髪を揺らすカーレッジだ。
「おう、お前がゴートを移送してたやつか」
「はい、あの、申し訳ございません! ゴートを逃がしてしまいました!」
「今はいい。予想できたことだったしな。どっちに逃げたかわかるか?」
「あの、追跡の魔法をかけたはずなんですけど、どうやら詠唱が不十分だったようで……」
彼の指先から細い糸のような魔力線が出ている。
しかし、釣り糸のように見えづらく、山の方へ向かって伸びていた。
「おい、ゼオル。追えるか?」
「我を誰だと思っている。楽勝だわ」
事実、ゼオルの目には魔力の糸は景色に同化することなく見えている。
「よし、じゃあ、追うぞ。お前らはこいつを連れて帰って手当てしてやれ」
「ボスはどうするので?」
「オレさまがゴートを捕まえてやるからよ」
「承知しました。どうかご無事で!」
近くにいた部下のひとりが、背負っていた巨大な斧をカーレッジに手渡す。
そして、青年を馬に乗せると、引き上げていった。
追跡の魔法は地面に刺さっており、ここからたどっていけば、ゴートの元へ行けるだろう。
「連れてこなくてよかったのか?」
「お前とオレさまがいれば充分だろ。つーか、あいつら邪魔だ」
「それは本心のようだな。しかし、その大きな武器は何だ」
カーレッジは、その少女の体と同じほどに大きな斧を、革のベルトで体に装着している。
「『無垢なる雄牛』って名前だ。この体は火力でねえからよ、こういう武器じゃねえと戦えねえ」
「振れるのか?」
「一、二回ならな。それでも肩抜けちまうけど」
「無茶をする……」
「無茶こそ勇者の本分だぜ。さあ、追え」
「我を犬みたいに言うな。先導してやる。ついてこい」
細い糸をたどり、ふたりは山の中へ入っていった。




