おれのこと嫌いだろ?
街道を馬車が進んでいた。
前にひとり、後ろに三人の武装した兵士が、馬に乗って共に歩いている。
馬車の手綱を握っているのは、アシュレイという若い兵士だ。
馬を操る才能を買われ、兵士としてよりも、馬番として重宝されている。
彼がゴートの移送を任されたのは、必然だったのだろう。
馬車の荷台は鉄の檻があり、その中では、黒い髪とヒゲをした大男が縛られていた。
彼こそが山賊王と呼ばれ、恐れられていたゴートである。
「なー」
ゴートはアシュレイに話しかけた。
囚人と口を利いてはいけないと言われているため、アシュレイは当然それを無視した。
「なー、聞いてくれよ」
「黙れ」
アシュレイは厳しく言って、彼を睨んだ。
ゴートはこれから最も安全なところ、無法の町へ移される。
衛兵を束ねる上層部の人間がくれぐれも失礼のないように、と言うくらいだから、とてつもなくすごい人物がいるのだろう。
アシュレイは緊張していた。
ゴートは慕う者が多く、どこで襲われるかわからない。
そのため四人も精鋭の護衛をつけているのだが、不安はある。
アシュレイはなぜ彼がすぐに吊るされなかったのか、上官に聞いた。
まずは裏切り者をすべて洗い出してしまわないと危険だと言うのだ。
彼の影響力が強すぎて、死んだ時にどれだけの数の組織が損害を受けるかわからない。
それに、内部にいる裏切り者が暴れる可能性なども考慮しなければならないのだ。
だからすぐに殺すことができない、厄介な男であった。
「背中が痒いんだよ。掻いてくれよ」
「ふざけるな。黙っていろ」
「なー、どうせ長い付き合いになるんだろ? 仲良くしようぜ」
ゴートはへらへらと笑っている。
アシュレイはとなりに置いていた剣で、鉄格子を叩いて彼を威嚇した。
「おう、怖い怖い。君、おれのこと嫌いだろ?」
「好きな人間などいるものか」
「そうか? 案外近くにいるかもしれないぜ? そうだな、たとえば、君の家族とか!」
「冗談でも許さんぞ」
「そう怒るなよ、アシュレイくん」
「……なんで、僕の名前を」
「不思議でもないさ。父親は病気で死んだんだっけ? ひとりで母親と妹養うなんて、立派じゃないか。感動したよ」
一気に、背筋の凍る思いがした。
この檻の中にいる限り、何もできないはずの彼が、たまらなく恐ろしくなった。
不意に、周囲の視線が気になった。
(何か、変だ。なんでみんなこっちを見て……)
冷や汗が頬を伝う。
彼らは、ゴートの手下だったのか。
「これはお願いなんてだいそれたものじゃなくて、本当にただのひとりごとなんだけど、馬を暴れさせてくれないかな。事故で鉄格子が歪んで、その隙間から逃げられた方が、君も都合がいいだろ?」
お願いではなく、命令だ。
彼には家族のことも知られてしまっている。
彼と戦うよりも、ここで逃がすことの方が恐ろしい。
アシュレイは少し怯んだが、毅然とした態度で言った。
「……ふざけるな。お前のような悪党を逃がすわけがないだろ!」
「じゃ、いいよ」
次の瞬間、アシュレイの胸元に、一本の短剣が刺さる。
「え、あ、なん、で、刃物は、持っていない、はず……」
「ああ、悪い。おれ、こう見えて魔法使えるんだわ。むしろメイン?」
ゴートの周囲を、三本の剣が舞っている。
それはバラバラに動いて、ゴートを縛っている縄を切っていた。
「くっ……」
アシュレイは薄れゆく意識の中、限界まで張った糸を握るようにして、声を絞り出した。
「奴の行く道を、追う、光、照らせ……」
アシュレイの指先から伸びた光の筋が、ゆっくりとゴートに刺さる。
「追尾の魔法か。お前バカか。死ぬやつがかけても意味ないだろ」
ゴートは魔法を払うこともなく、無視して鉄格子を切り破った。
アシュレイはその様子を睨みながら、馬車の振動で道へ落ち、完全に意識を失った。
 




