見ての通りだ
月が夜空に昇っている。
今日は雲もなく、月明かりだけでも充分ものが見える。
散らかった店の中を片づけなければならないため、ゼオルたちは邪魔にならないよう外へ出た。
夜風が気持ちよく、酔いで火照った体が冷めていく。
「説明しろ、カーレッジ」
ゼオルは少しいらつきながら言った。
「なんで隠していた」
「別に。面白かったから」
「貴様!」
ゼオルは感情のままに掴みかかった。
カーレッジは昔からそうだ。
自分のことしか考えていないから、仲間は誰もついてこなかった。
「離せよ、魔王」
「……ひとつ教えろ。生きているならなぜ連絡をよこさなかった」
「……オレさまも生まれたばっかりなんだよ。転生ってやつだ」
「転生……」
ゼオルは手を離して、その言葉の意味を確かめた。
「だいたい、連絡なんて必要あるか? オレさまはもう他人なんだぜ。この体は勇者の家系でもなんでもない、ただの町娘だ。筋力も魔力も平均以下。あれだけ苦労して習得した魔法や技術も残っていない。残ったのは、ただ性格の悪いオレさまだけ」
「嘘を言うな。何の能力もないやつが、この町を作れるものか」
「……ん? この町をオレさまが作ったって、なんでわかった?」
「古いからだ。今は家を魔法で作る時代だ。木造の家屋なんて骨董品があるのは古くからある集落だけだ」
「……なるほど、やるなお前」
「やかましい。さっさと何をやっていたか話せ」
「見ての通りだ。混血どもを人買いから助けたら懐かれた」
それを聞いて、ゼオルは眉をひそめた。
「さっき全部失ったと言っていたではないか」
「オレさまがオレさまである以上、あの特殊能力だけはそのままだ。お前を倒した時と同じだ。勝てるまで戦っただけだ」
「……貴様のようなやつを勇者と呼ぶのは、やはりおかしい。我から見れば狂人以外の何者でもない」
「死の恐怖を克服したから、勇者と呼ばれるんだ」
「貴様は恐怖を克服したわけではなく、死が価値をもたなかっただけだろう」
「あっはっはっは! お前はやっぱり、オレさまのことをよくわかっている」
「嬉しくないわ」
本心からの言葉を吐く。
カーレッジはひとしきり笑うと、ゼオルに言った。
「それはさておき、ここはオレさまの町だ。せいぜいしっかり楽しんでいけ」
「うるさい。もう寝る。お前の相手は疲れる」
「さっきまで楽しんでいたのにか? ……お姉さん、私と飲み直しませんか?」
「声色を変えるな、気持ち悪い」
まったく、酒を飲む気分ではなくなった。
「あっ、そうだ。そう言えばお前カルディナに行くんだろ? 今、カルディナからある囚人を移送してきているんだが、道中ですれ違ったかどうか通信魔法で教えてほしい」
「囚人? 誰だ?」
「山賊王ゴート。数十件の強盗を繰り返した罪人だ。手下が多くてな、どこの組織にも潜り込んでるってんで、死刑の期日までうちで預かることになってる」
「ここにはいないのか?」
「とっくに始末した。オレさまが生かしておくとでも?」
「……ああ、そうだな。お前はそういうやつだ」
「まあ、そのゴートが逃げ出すとすれば移送中だ。だから、すれ違ったかどうかだけ、オレさまに送ってくれ」
「わかった。要件はそれだけか」
「おう。また来いよ」
「機会があればな」
ゼオルはそう言って宿へ帰っていく。
カーレッジは、満足気にその後ろ姿を眺めていた。