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女になった魔王さま  作者: 樹(いつき)
第一話 魔王さまと異世界からの来訪者
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何もなければそれで良い

人間と魔族の戦いから、千年近い時が過ぎた。

両種族もいつしか確執を忘れ、今ではすっかり共に暮らす良き隣人となっていた。


魔族という支配者のいなくなった世界では、大きな争いもなくなり、勇者の逸話も昔話のなかに残るだけになってしまった。

しかし、その血筋が絶えたわけではなく、その子孫はフェルガウという大きな町で代々首長をしている。


元魔王で、元男のゼオルは、勇者の子孫であるアークや、以前から使用人だった魔族とともに、フェルガウにある屋敷で共に暮らしていた。

魔王としての立場と能力を奪われ、放心しているところを勇者に連れられ、ぼーっと暮らしているうちに、数百年が経っていたのだ。


去勢された動物は見違えるように温厚になると言うが、ゼオルもその例にもれず、まずは性別の変化を受け入れることから始めなければならなかった。

見た目は魔族一の美女と言っても差し支えないと自負している。

その反面、力は全盛期の十分の一程度まで落ち、反抗心や野心も完全になくなり、こうして人間と仲良く暮らしていくのも悪くないものだと感じていた。


「ゼオルさん、おはようございます」

「うむ。おはよう、アーク」


大きな窓から朝日の入る部屋で、ゼオルが朝食代わりの果物を食べながら外を眺めていると、勇者の子孫である現当主のアークが通りかかった。

勇者ゆずりの金髪と綺麗に澄んだ碧の瞳をしており、十五歳にしてはずいぶんと大人びている。

幼いころに両親が病で死んでしまい、その後はゼオルに育てられて生きてきた。

ゼオルも長い間勇者の家系と接しているが、親代わりをするのは初めてで、彼がこれほど立派に成長できたのは、奇跡的でもあった。


「今日も勉強か?」

「はい、どうしても明日までにここまでやっておきたくて。ゼオルさん、何食べてるんですか?」

「ん? これか? ここに置いてあった果物だ。美味だぞ」


誰が置いたかは知らないが貢物とは殊勝なことをしてくれるものだ、とありがたくいただいていたところである。


「しかし、勉強ばかりする稀有なやつだな。そういうものは学者やらに任せておけばいいだろうに」

「ははは。僕もその学者になりたいんですよ」


アークが困ったように笑う。

それもまた、なんとも言えない愛らしい表情だ。

その可愛さにニヤけながら、ゼオルは果実を口に運んだ。


「あっ、いたいた」


また、人が通りかかる。

水色の長髪を束ね、湖のように澄んだ瞳をしている女性であり、背はアークよりも高く、華奢な上腕にはしっかりと筋肉が浮かんで見える。


この屋敷で護衛隊長をしているリンは、ゼオルの拾ってきた孤児だ。

ひょんなことから近接戦闘の才能があることに気がつき、ゼオルは格闘術を仕込むことに決めた。

そしてそのゼオルの目論見通り、彼女はみるみるうちに拳や蹴りを用いた格闘術を習得し、今では人間で敵う者も数人と言えるほどに強くなっていた。


「おはようアーくん。ねえ、今日近隣の探索じゃなかった? ブラドさん待ってたよ」

「あっ! そうでした!」


慌てて駆け出そうとするアークよりも早くゼオルは動き、リンの背中にぴたりと張りついた。


「リンよ、我に挨拶がないではないか?」

「ぴぎい!」


リンがまるで大きな虫にでもくっつかれたように大きく身震いをする。


「いつもいつも、いい加減にしろ! くっつくな! 離れろ!」

「ぶふぉ!」


リンの渾身の裏拳が、ゼオルの頬に叩きこまれる。


「いったあ……。何も殴ることはないだろう。なあ?」


頬をさすりながらアークに訴える。


「いや、ゼオルさんが悪いですよ……」

「アーくん、急いだ方がいいよー」

「ああっ、すみません。すぐ行きます!」


部屋を飛び出していくアークの背を見送る。


「お前はついていかないのか?」

「近くだしね。それにずっとついてまわったらうっとうしいでしょ」

「そういうことに気がつけるようになったのか」

「私を何だと思って……」


リンはそこでゼオルが手にもっていた果物に気がついたようで、声をあげた。


「まってそれ私の!」


とり返そうと迫るリンの腕を躱し、ゼオルは順調に腹の中へおさめていく。


「ちょっと、買ってきてよ! それ私がわざわざ注文したものなの!」

「ふん、果物くらいで大げさな。どこで売っているやつだ?」

「カルディナ」


カルディナと言えば、ここから五百キロ以上離れている。


「またまた、冗談を……」

「買ってきてよね。わかった?」


リンが凄んで言う。


「あんなに遠いところへ、我が?」

「当たり前でしょ」

「我は魔王なのだが」

「それが?」

「ぬう……」


本来ならそのようなことはしないのだが、リンがあまりにも真剣な顔で詰め寄って来るため、ゼオルは折れてしまった。


「いやに美味な果物だと思っていたが、罠だったか……」

「あんたが人のもの勝手に食べるからでしょ」


リンが椅子に腰かけながら言う。

怒ってはいるが、それほどあとを引くものでもなかったようだ。


「……あのさ、今日なんかあった?」

「ん?」


リンの質問に、ゼオルは答えあぐねる。

思い当たるふしがなかった。


「いや、なんか、空気が違うような気がして」

「そうか?」


ゼオルも己の直感に自信はあるが、絶対的なものではない。

だから、彼女が何か感じたのなら、それを無碍にすることはできない。


「我は何も感じなかったが、調べておくか」

「ううん、いいよ。私の勘違いかもしれないし」

「直感を侮るな。ブラドたちに調べさせる。何もなければそれで良いではないか」


ゼオルの言葉に、リンは納得したような表情を浮かべる。


「しかしまあ、お前が母を頼ってくれて嬉しいぞ」

「……は!? 誰が母だ! あんた男だろ!」

「お前をここまで立派に育てたのだから、賢母と言っても相違あるまい」

「賢母は言い過ぎ! あとそのドヤ顔やめて!」


朝食を終えたゼオルは、アークと共に出かけたブラドへ魔法を使って連絡を送った。






「すみません、遅れました」


アークは屋敷の玄関口で待つ、血色の悪い青白い肌をした男に言った。

彼はコウモリ型の魔族であるブラドだ。

この屋敷で執事もやっているため、アークにとって乳母のような存在である。


「アーク坊ちゃん、遅刻です」


ブラドは赤い瞳をアークに向ける。

怒りと言うよりは、遅れたことを諫めるための鋭い視線だ。

アークがもう一度謝ると、ブラドは気持ちを切り替えるように、目を閉じた。


「坊ちゃんは、南の山へ向かう予定でしたね」

「この時期だと、ヤマバショウが綺麗に咲いているでしょうね」

「その通り。さあ、参りましょう」


外で用意させた馬車にふたりは乗り込み、町の外へと向かった。

フェルガウは山の中にある町だが、大きな街道が東西に伸びており、交通の便もいい。


アークたちの向かう南の山へは、途中で街道を外れて森の中へ入る必要がある。

馬車はそこで降りて、あとは草木を分け入りながら進むしかない。


馬車に揺られて町の外へ向かっているところで、ブラドがふと声を漏らした。


「どうしました?」

「ゼオルさまから連絡がきました。何かよくないものが来るかもしれません」

「……危ない人ですか?」

「何かはわかりませんが、念のため、今日は中止にしましょう。馬車はこのまま屋敷へ帰します。坊ちゃんはゼオルさまの指示を仰いでください」

「僕も行っちゃダメですか?」


ついていったところで足手まといになることは百も承知だが、なにかできることがあるかもしれない。

しかし、その思いを察しているかのように、ブラドは静かに首を振る。


「これが私の本来の仕事ですよ、坊ちゃん」


そう言うと、ブラドの体が端から徐々に無数のコウモリとなり、窓から飛び出した。

アークはその様子を目で追って、飛び出していきたい衝動を抑えながら、おとなしく椅子に座り直した。






夜の帳が降りて、星が空を覆うころ、フェルガウの南西の森に、大きな影が生まれた。

闇夜に慣れたコウモリ型の魔族であるブラドとその眷属たちは、突如現れたそれに、最大限の警戒を行った。

今まではただ針葉樹が広がっているだけの森であり、定期的に行っている巡回でも、このような建造物は見たことがない。

一夜で建てられたにしては、あまりに巨大で、建材もどこかこの世界のものではないような気がした。


「様子を見てきてください」


ブラドの眷属はみな、影から生まれた存在であるため、夜目が利く。

加えて、全身が黒いため、相手からも見えにくい。

はるか昔、人間と争っていたころから変わらない、隠密の魔法だ。


眷属がその建造物の近くまで行くと、突如、その体が弾け飛んだ。

何が起きたのかまったくわからず、ブラドの全身の毛が逆立つ。


「ゼオルさまに知らせ――――」


走り出した眷属たちが、軒並み崩れ落ちた。

近くでみると、その体が凍りついて砕かれたものであるとわかる。


「ッ!」


背後に殺気を感じて飛び退くと、ブラドの立っていたあたりに、つぶてのような銀色の小さな弾が刺さっていた。

地面が一瞬で凍りついているところを見るに、部下たちはこれにやられたのだ。


(見たことのない魔法だ……! 早く、ゼオルさまへ……)


立ち去ろうとしたブラドの右肩を、銀の弾が射抜いた。

その瞬間、ブラドは体が凍る前に、無数のコウモリへと変化させる。

半数は地に落ち、砕けてしまったが、これならば撃たれることもないはずだ。


そう思った時、小さな銀の丸いかたまりが、放物線を描いてブラドの前に落ちてきた。

形は違えども、直感的にそれがどういうものかわかった。


「クソが!」


逃げる間もなく、銀の爆弾は轟音と共に炸裂した。

周囲の空気ごと凍らされ、動けないブラドは無数のコウモリのまま地面へと落ちていく。


落ちながら、ブラドははっきりと、建造物の中に敵の姿を見た。

月光が反射する銀色の髪と、特徴的な眼帯をしており、手には見たことのない細長い筒を持っている。

その敵は筒をこちらに向けると、銀のつぶてを撃ち出す。

ブラドの意識は、その一撃で完全に消滅した。




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