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女になった魔王さま  作者: 樹(いつき)
第三話 来訪者と事件
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最適な材料があります

料理人、タロコ。

年齢三十五歳、南から来た色黒の男性だ。

彼は料理に誠実な男で、酒やタバコも舌が狂うからやらないと頑固に店主の誘いを断り続けていた。


店主とはこの店ができる前からの知り合いで、二十年ほど一緒にいる。

店主が結婚する時など、泣いて喜ぶほど仲が良かったらしい。


喧嘩をしたことは一度もなく、互いが互いを尊敬しており、家族のようなものだったようだ。


彼は友人が多い方ではなく、夜に遊ぶこともないため、トラブルに巻き込まれたとは考えづらい。

連日店と家を行き来するだけの生活では、遊びをする暇もなかったのだろう。

しかし、彼がそれに不満を持っている様子はなかったと言う。

料理を作ることだけが生きがいで、無理矢理休みを与えても、店に来てしまうそうだ。


「ふむふむ。ちなみに、いなくなった当日、何をしていたか知りませんか?」

「大雨が降っていたこと以外、いつもと同じだ。店を閉めて家に帰って、それから次の日突然来なかった。思い当たることもない」

「家に帰ったのは、確認したのですか?」

「……いや、していないな」

「わかりました。そこから調べてみましょう。彼の家の住所を教えてください」


ブレインは椅子から立ち上がり、メモ帳をしまった。

店主にお礼を言って、店を出る。


「ブレインさま、本当に探せるのですか?」

「ハルワタートの言いたいこともわかりますよ。失踪後数日経過してるのは、やばいってことですよね?」

「……はい。僕は生きていると思えません」

「生きていなくても、探すのです」


そんな会話をしていると、すぐにタロコの家へ着いた。

家は町から提供された画一的な外見をしており、玄関のとなりに備え付けられた花壇は雑草まみれになっていた。

店主から借りた鍵で扉を開くと、埃っぽい匂いがして顔をしかめる。


ブレインは中へ入る前に、玄関の様子を見た。

クツはなく、誰もいないのだろうということは伺えるが、それ以上に気になることがあった。


「ブレインさま?」


無言で立ち止まったブレインに、ハルワタートが声をかける。


「泥がないのはおかしいですね」

「え?」

「最後に彼を見かけたのは、大雨の日だと言っていました。だとすると、彼は家へ帰っていないことになります。まあ、帰ってきて玄関を綺麗に掃除するようなマメな人間なら、話は少し違いますが、そんな人は外の花壇をあんな状態で放置しないでしょう」


ブレインはクツを脱いで廊下を進んだ。

一番奥には暖炉のあるリビングがあるが、使っている様子はない。


「どうやら、彼は本当に寝るためだけにしか帰ってきていないようですね。普段もこのソファで睡眠をとっていたのでしょう」

「なぜわかるんですか?」

「他の場所にはほこりが溜まっているからですよ。それに、このソファの周辺だけ、床がきしみます。長い間体重をかけられ続けていたからでしょうね」


食事も店で済ませているため、彼は食器類を持っていないようであった。


「調味料の類もないようですね……」


ブレインが彼の生活を少しでも知ろうと戸棚を漁っていると、ハルワタートがぽつりと漏らす。


「料理人って、家では料理しないのでしょうか?」

「人によるんじゃないですかね……。よいしょっと」


ブレインは懐から『サーチャー』を取り出した。

ガラスのレンズに透明の羽が生えた手の平サイズの小型カメラだ。

虫のように飛び、上から室内を撮影する。


自分の眼球と視覚情報を同期させ、ブレインは部屋の様子を俯瞰して調べた。

物の少ないこの部屋で、ひときわ目を引いたのは、木彫りの人形だ。

暗い色の木材で作られており、ニスが塗られているのかてらてらとしている。


「これ、どこかで見ましたね……。ええと……」


記憶の中を探ると、エルパーレのはす向かいにある民族料理の店が浮かんだ。

たしか、南の方のヘルネという土地の民族料理で、タロコの出身地だったはずだ。


「ヘルネの人形ですね。ヘルネと言えば、おいしい料理がありましてね――――」

「あの、ブレインさま。これは何でしょうか」


言葉を遮られたことに少し不満を覚えながらも、ハルワタートの見つけた紙片を手に取る。


「封筒の切れ端みたいですね」


ブレインは切れ端を手に取って眺めていたが、やがて微かな匂いを感じた。


「この匂い、わかりますか?」


ハルワタートは匂いがわからないようで、首をかしげる。


「申し訳ございません。どんな匂いですか?」

「これは、魚醤ですね」

「ぎょしょう?」

「魚を塩漬けして発酵させた調味料です。ヘルネの料理にはかかせないものですね。強い香りがするので、こういう切れ端でも匂いが残ります」


さらに、ブレインは続ける。


「この町に、魚醤を使うお店は二軒あります。しかし、素材の魚の種類が違うので、この匂いがするのは、エルパーレの前にあるお店だけです」

「では、その店が犯人だと言うことですね」

「犯人と言うには少し早計ですが、無関係ではないと思います。元からあの店は、ボクの中では真っ黒なのです」

「真っ黒?」

「ええ。詰めるには最適な材料があります」


ブレインはウインクすると、切れ端を懐にしまった。


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