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フェルガウの町は、大陸の東側に位置している。
海にも近く、山の中の都市へ魚を運ぶ行商人も通るため、新鮮な魚が手に入る町でもある。
そして、そこそこに人通りも多いため、この町は飲食店が多い。
そのため商業区画は激戦区であり、日夜賑わいを見せている。
ブレインは活気に惹かれるようにして、ほとんど毎日のようにこれらの店に立ち寄っていた。
「久しぶりですね。ここでの生活には慣れましたか?」
ブレインはとなりを歩くハルワタートに聞く。
今日はたまたま非番であったために、彼を食事に誘ったのだ。
彼はすっかりこの世界に馴染んでおり、今も町の人間が着ているものと同じ簡素な服を着ている。
一方、ブレインはアトルシャンから持ってきたフード付きのパーカーのままだ。
「慣れなど考える暇もない忙しさです」
「護衛隊は仕事が多そうですね」
「兵士と警備員を足したようなものですからね。僕も体力がある方だと思っていたのですが、彼らに比べるとまるで子供です」
ハルワタートは微かに笑う。
そんな表情を見られただけでも、ブレインはこの世界に残るという自分の選択が間違っていなかったと思えた。
「この辺りのお店に来たことは?」
「ありません。警備以外で町を出歩くことは初めてです」
「ふっふーん、でしたら、ボクがご案内しましょう!」
ブレインは上機嫌で大通りを歩いた。
ハルワタートの食べ物の好みは知らない。
前の世界では、食べ物といえば栄養素を固めたブロック状のもののことを言った。
食物というものに、真の意味で触れたのはここ最近の話だ。
ひとまず、ブレインは自分が一番気にいっている店に彼を連れて来た。
『エルパーレ』という小料理屋だ。
いつも昼時には行列ができている、大人気の店である。
しかし、今日はいつもと様子が違った。
「開いてませんね……」
「んー? なんでだろ」
ブレインは首をかしげながら、休業の看板をよく読む。
『料理人が急病のため、今日はお休みします』
「作る人がいないのでは、仕方がありませんね」
「いや、待って。少しおかしいですよ。この看板、今日立てられたものにしては、汚れ過ぎてる。見てここ、泥がついてる。雨降ったのって、いつでしたか?」
「一昨日だったと記憶しています」
「だとすれば、それより前からこの看板は立っているってことになる……」
「重い病気なのでしょうか?」
「それなら、『今日は』なんて書き方しますか? たぶん、何日も連続して店を閉めることになるなんて予想していなかったのではないかと」
そう考えると、真実が少し気になってくる。
ブレインは閉まっている店の戸を軽く叩いて、ドアノブに手をかけた。
「開いてる……」
そっと開くと、薄暗い店内には酒の空き瓶が転がっていた。
「すみませーん! 誰かいますか!?」
ブレインが大声をあげると、店の奥から、機嫌の悪そうな店主が顔を出した。
「なんだよ、うるせえな。こっちは忙しいんだ……って、お嬢ちゃんか。見ての通り、うちはやってないよ。悪いけどね」
そう言って、彼は手にした酒をあおる。
「何があったんですか?」
「看板見たろ? 料理人が病気なんだよ」
「本当ですか?」
間髪いれず聞き返すブレインに、店主は頭を掻いた。
「……いなくなっちまったんだよ。数日前に突然な」
「家出ですか?」
「さあな。とにかく、前触れも置手紙もなく姿を消しちまったんだよ。おれも最初は事故や事件かと思ったが、そんな雰囲気でもないらしい」
「へえ、では、喧嘩などもしていないと? 私生活はどうでした?」
「……なんだい、お嬢ちゃん、あいつを探してくれるのか?」
ブレインは満面の笑みを浮かべる。
「お任せください! ボクは彼にここの料理を食べさせなければならないのです! さあさあ、詳しいお話をお聞きしましょう!」