お前の腕を信じている
「――――と、いうことで、親方さんの容態は問題ありませんでした。手術も無事に済み、近辺の病院で入院しています。体力が回復したらお見舞いに行きましょう」
アークは持ちかえった診断書をヨハンへ渡した。
あれから十日経ち、ベルトガルの無事を聞いて、ようやく緊張していた表情が少しほぐれた。
彼の心配ごとがひとつ減ったのだろう。
「色々とありがとうございました」
「いえ、当然のことをしたまでですから」
「そうだな。それに、大変なのはこれからだろう」
ゼオルの言葉に、ヨハンは頷いた。
「がんばってみます。親方が帰ってきたときに、悔しがるくらいになってみせます」
「あまり気負いすぎるなよ。何か困ったことがあったらいつでも言うがいい」
「ありがとうございます。ふたりには助けられてばっかりですね」
「まだこれから立派なクツを作ってもらわなければならないからな。店をたたまれては困る」
ゼオルがヨハンの背を叩くと、衝撃で少しつんのめった。
そのまま肩に手をまわし、ゼオルはささやくように言った。
「ところで、ヨハン。我のクツに関してだが、魔力合皮九層を使うと言ったな?」
「ええ、そのように注文を受けていましたから」
「十層にしてくれ」
「はい!?」
彼は驚いてゼオルの顔を見る。
「できるだろう? なに、九層からひとつ増やすだけでいい」
「いや、無理ですよ! 魔力合皮の製造って、専門の職人さんがやっているんですよ? 材料を組み立てるだけのクツ屋にはいじれません」
「空を飛べるクツを作れと言っているわけでもないだろう。表面を少し透明にして、内側の魔力光が透けるようにするのはどうだ? 色はシアン色でな――――」
聞く耳をもたず、ゼオルはヨハンにたくさんの注文をつけていく。
彼女が無理難題を押しつける職人泣かせと呼ばれていることを彼が知るのは、まだ先のことだろう。
「無理ですって!」
「できる! 我はお前の腕を信じている!」
ふたりの根競べをする声は、静かな町にいつまでも響き渡っていた。




