それでもやれ
「ヨハン、準備を手伝ってくれ」
「……はい」
意気消沈した様子のヨハンに手伝わせながら、ゼオルはせっせとカバンに必要な道具を詰め込んでいく。
すべて終えるころに、アークがブレインを連れて戻ってきた。
「ブレイン?」
「はい! この世界でも珍しい寄生虫だということで、ボクも来ました!」
ブレインは胸を張って言う。
事態をきちんと把握しているのかも怪しい様子だ。
「人手が足りないので僕がお願いしたんです。ブレインさんも興味があるでしょうし」
「そうか。余計なことはするなよ?」
「しませんよ! それで、患者さんは奥の部屋ですか?」
「はい。ブレインさん、親方さんを馬車へ運んでください」
「了解です!」
緊張感のないブレインにベルトガルを任せ、アークは荷物を持ちあげて馬車へと持っていく。
「ゼオルさん、僕たちは十日ほど戻れませんので、その間のことをお願いしますね」
「我がついていかなくて大丈夫か? 危ない目にあったりとか……」
「ブレインさんもいますし心配ありませんよ」
「むう……」
心配いらないと言われると少し寂しいが、ついていっても特別役には立てないこともわかっているため、ゼオルはおとなしく居残りすることにした。
アークたちを乗せた馬車が見えなくなるまで見送り、ゼオルは店に戻った。
「さて、ヨハンよ、できるのか?」
「…………」
椅子に座り、うつむいたまま床を見つめるヨハンにゼオルは問うた。
「できないなら、やつが目覚めるまで店を閉めればいい。病気だと報せておけば評判が下がることもあるまい」
「それは……」
「なんだ? やるのか、やらないのか、はっきりしろ」
「やります、やりますよ……。でも、できるのかわからないんです」
彼は力なく言う。
ゼオルはため息をついた。
「我のクツを作れ」
「え?」
「聞こえなかったか? 我のクツを作れと言っている。元々この店に頼みに来たのだ。お前がやっても構わないはずだ」
「ぼ、僕がゼオルさんのクツを……」
またうつむいてしまった彼と、目線を合わせるようにしてゼオルは屈んだ。
「自信がないのなら、つくまでやるしかないだろう」
「でも、もし失敗したら、どうしたら……」
「それでもやれ」
「そんな……」
「いいか? 自信というのは経験だ。成功する経験や、褒められる経験も大事だが、どうすれば失敗しないかというのも経験だ。注意する場面を想定でき、対応できることが自信につながる。
お前は今までたくさんのクツを作ってきたんだろう。あの魔力合皮のクツを見ればすぐにわかる。だが、人のために作ったクツではない。それはお前もわかっているだろう? だから、自信がない」
「……その通りです。作ってほしい人の好みにあったクツが作れるかどうかが、わからないんです」
彼の悩みは技術の問題ではなかった。
しかしやらなければ解決しないことでもあり、彼にその気になってもらわなければならない。
「ひとつ、昔話をしてやろう。もう何十年も前の話になるが、この町のとあるクツ屋の話だ。
お前と同じように、徒弟制度を行っているクツ屋があってな。その弟子がまた粗暴なやつで、クツを作るよりも衛兵の世話になっている方が多かった。だが、クツを作る腕前だけはあった。
親方は頭を抱えて、どうしたら彼が更生するか悩んだ。そこで、客ひとりひとりの注文を受けて、その相手にあったクツを作るように言った。
当時でも効率が悪く、なぜこんな面倒なことをする必要があるのか、と弟子は怒った。客の好みにあったクツを作るには、相手のことをよく知らなければならない。ひとつ作るのに、かなり長い時間が必要になった。
だが、そのおかげで弟子は人のことを考えられるようになった。そして、真面目に取り組んだおかげで、たくさんの常連を生み出した」
ヨハンは何も言わず、ただ話を聞いている。
「結局のところ、その弟子の暴力的だった部分は、自信のなさの裏返しだった。彼は嫌々でも続けることで自信を得た。お前はどうする?」
ゼオルはヨハンのとなりの椅子に腰かけると、ブーツを脱いだ。
裸足になり、小さな作業台の上に乗せる。
艶やかなな素肌に窓から入った日差しが反射して、淡い光の衣を作っている。
「……ゼオルさん、クツを作らせてください。今の僕にできる精一杯を、ゼオルさんにぶつけてみようと思います」
ヨハンは決意したように、強い目をしてゼオルを見た。
ようやく店を背負って仕事をする覚悟ができたのだろう。
「その意気だ。さて、採寸をしてもらおうか」
ゼオルは微笑んでそう言った。