これくらいで折れるなら折れちまえばいい
町へ出て、アークと共に通いなれた道を歩く。
いつも同じ店を使うというわけではないが、ここ最近贔屓にしている店がある。
『コックロワ』という履物屋で、六十年続く老舗である。
店構えも六十年前から変わっておらず、年代を感じる木目が美しい店だ。
いつもなら物静かなその店の前で、今日は座り込む青年がいた。
この店で働いている、ヨハンという若い男だ。
「久しぶりだな」
ゼオルが声をかけると、ヨハンはハッとして慌てて立ち上がった。
「す、すみません。変なところを見せてしまって」
「こっぴどく叱られたようだな。中に入ってもいいか?」
「どうぞ、いらっしゃいませ」
店の扉を開けると、ほこりっぽい匂いが鼻をついた。
中はカウンターがあり、その奥にクツが並べられている。
ここは客にあったクツをひとつひとつ作る店であり、飾ってあるのは、こういう意匠もできる、と説明するときのためのものであって売り物ではない。
そのため店の中は広く、採寸するための椅子や小さな台が置かれている。
値もそれなりに張るが、良いものを作る店としてゼオルは気にいっていた。
「親方、お客さんです!」
「ああ? あんたか……」
「我で悪かったな」
親方のベルトガルとは長い付き合いになる。
彼が面倒くさそうな顔を浮かべたのは、ゼオルの注文がいつも厄介だからに他ならない。
「おい、てめえいつまで突っ立ってんだ。失敗した分の材料買って来いって言っただろ!」
ベルトガルが怒鳴ると、弟子のヨハンは店から飛び出した。
「いつもこんなに怒る人なんですか?」
アークがおそるおそるゼオルに耳打ちした。
「いや、今日は激しいな。よほど機嫌が悪いんだろう」
元々温厚とは言い難いが、ここまで乱暴な物言いをする理由があるのだろう。
「ベルトガル、あいつは何をしたんだ?」
「どうもこうもねえ。いつまで経っても腕前が上がりやがらねえんで、気合入れてやってるところだ」
「ほどほどにしておかないと、折れるぞ」
「これくらいで折れるなら折れちまえばいい」
ベルトガルはそう言いながら、見たことのないブーツをゼオルの前に取り出した。
こげ茶色の革のようだが、うっすらと青い魔力の粒子が見える。
「最近開発された合皮だ。これまでの魔力合皮は八層だったが、これは九層になっている。溶岩の上だって歩けるぜ」
ゼオルは手に取って眺めた。
表面がまるで生き物のように暖かい。
魔力光粒子の放出にもムラがなく、均等な厚さで満遍なく出ている。
間違いなく、良いものだ。
「これは親方さんの作ったものですか?」
アークが後ろから眺めながら聞く。
「いや、これはあいつの作ったクツだ」
「立派にできてるじゃないですか。これが売られていたらみんな買うと思いますよ」
ベルトガルは肩をすくめた。
「そういうわけにもいかないんだ。この店を継ぐかもしれないやつが、二十そこそこで技術的なアガリを迎えるなんてことは、あっちゃいけねえ。超えられるところまで超えていって、常に高みを目指し続けて初めて時代にあったものを作れる。ここで満足して止まるようなやつには任せられねえんだ」
「でもさすがに少しは褒めないと作ることをやめてしまうのでは?」
「身内で褒めあうなんてもん、意味ねえんだよ。とことん自分は無価値だと追い込んで、評価は客に一任するのが職人ってもんだ」
それを聞いたアークは難しい顔をして黙ってしまった。
ゼオルも彼らのやっていることに口を挟むつもりはなかったが、それでも彼の不器用すぎるやり方に考えさせられるところはある。
「……で、どうするんだ? 作るんだろ?」
「ああ。じゃあ、この九層の魔力合皮で作ってみてくれ。それと、これは修理する分のクツだ」
ゼオルが木箱いっぱいのクツをカウンターに置く。
ベルトガルは首から下げていた眼鏡をつけ、ひとつひとつ簡単に見ていく。
「いつも思うが、綺麗だな。これくらいなら修理に出さないやつの方が多いと思うぞ」
「我は出す。それだけの話だ」
「金は取りに来たときでいい。金額はいつもの屋敷に送っておけばいいんだろ?」
「うむ。任せたぞ」
ゼオルはそれだけ言うと、踵を返した。