表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女になった魔王さま  作者: 樹(いつき)
第二話 魔王さまと履物屋
13/103

これくらいで折れるなら折れちまえばいい

町へ出て、アークと共に通いなれた道を歩く。

いつも同じ店を使うというわけではないが、ここ最近贔屓にしている店がある。


『コックロワ』という履物屋で、六十年続く老舗である。

店構えも六十年前から変わっておらず、年代を感じる木目が美しい店だ。

いつもなら物静かなその店の前で、今日は座り込む青年がいた。

この店で働いている、ヨハンという若い男だ。


「久しぶりだな」


ゼオルが声をかけると、ヨハンはハッとして慌てて立ち上がった。


「す、すみません。変なところを見せてしまって」

「こっぴどく叱られたようだな。中に入ってもいいか?」

「どうぞ、いらっしゃいませ」


店の扉を開けると、ほこりっぽい匂いが鼻をついた。

中はカウンターがあり、その奥にクツが並べられている。

ここは客にあったクツをひとつひとつ作る店であり、飾ってあるのは、こういう意匠もできる、と説明するときのためのものであって売り物ではない。


そのため店の中は広く、採寸するための椅子や小さな台が置かれている。

値もそれなりに張るが、良いものを作る店としてゼオルは気にいっていた。


「親方、お客さんです!」

「ああ? あんたか……」

「我で悪かったな」


親方のベルトガルとは長い付き合いになる。

彼が面倒くさそうな顔を浮かべたのは、ゼオルの注文がいつも厄介だからに他ならない。


「おい、てめえいつまで突っ立ってんだ。失敗した分の材料買って来いって言っただろ!」


ベルトガルが怒鳴ると、弟子のヨハンは店から飛び出した。


「いつもこんなに怒る人なんですか?」


アークがおそるおそるゼオルに耳打ちした。


「いや、今日は激しいな。よほど機嫌が悪いんだろう」


元々温厚とは言い難いが、ここまで乱暴な物言いをする理由があるのだろう。


「ベルトガル、あいつは何をしたんだ?」

「どうもこうもねえ。いつまで経っても腕前が上がりやがらねえんで、気合入れてやってるところだ」

「ほどほどにしておかないと、折れるぞ」

「これくらいで折れるなら折れちまえばいい」


ベルトガルはそう言いながら、見たことのないブーツをゼオルの前に取り出した。

こげ茶色の革のようだが、うっすらと青い魔力の粒子が見える。


「最近開発された合皮だ。これまでの魔力合皮は八層だったが、これは九層になっている。溶岩の上だって歩けるぜ」


ゼオルは手に取って眺めた。

表面がまるで生き物のように暖かい。

魔力光粒子の放出にもムラがなく、均等な厚さで満遍なく出ている。

間違いなく、良いものだ。


「これは親方さんの作ったものですか?」


アークが後ろから眺めながら聞く。


「いや、これはあいつの作ったクツだ」

「立派にできてるじゃないですか。これが売られていたらみんな買うと思いますよ」


ベルトガルは肩をすくめた。


「そういうわけにもいかないんだ。この店を継ぐかもしれないやつが、二十そこそこで技術的なアガリを迎えるなんてことは、あっちゃいけねえ。超えられるところまで超えていって、常に高みを目指し続けて初めて時代にあったものを作れる。ここで満足して止まるようなやつには任せられねえんだ」

「でもさすがに少しは褒めないと作ることをやめてしまうのでは?」

「身内で褒めあうなんてもん、意味ねえんだよ。とことん自分は無価値だと追い込んで、評価は客に一任するのが職人ってもんだ」


それを聞いたアークは難しい顔をして黙ってしまった。

ゼオルも彼らのやっていることに口を挟むつもりはなかったが、それでも彼の不器用すぎるやり方に考えさせられるところはある。


「……で、どうするんだ? 作るんだろ?」

「ああ。じゃあ、この九層の魔力合皮で作ってみてくれ。それと、これは修理する分のクツだ」


ゼオルが木箱いっぱいのクツをカウンターに置く。

ベルトガルは首から下げていた眼鏡をつけ、ひとつひとつ簡単に見ていく。


「いつも思うが、綺麗だな。これくらいなら修理に出さないやつの方が多いと思うぞ」

「我は出す。それだけの話だ」

「金は取りに来たときでいい。金額はいつもの屋敷に送っておけばいいんだろ?」

「うむ。任せたぞ」


ゼオルはそれだけ言うと、踵を返した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ