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one's again

短編その1です

トリアムは小さな村だった。

村民のほとんどが農夫で、その他には王都から派遣された駐在兵がふたりいるだけで、平和な村だった。

金髪の少女、サナはその村で生まれた。

あまり会話が得意ではなく、友達と遊ぶ時も後ろからついてまわるばかりの、内気な少女だった。

それでも、仲間はずれにされるようなことはなかった。

みんな、先に行ってもサナが来るまで待っていてくれたし、サナが混ざれないような遊びはサナがいる時にしないように気をつけていた。


ある日、収穫祭の夜、サナたちは大人たちが飲み食いする場を離れて、ひっそりと納屋の中で秘密の話をしていた。

子供のする話など、それほど内容のあることでもなく、ただその雰囲気が特別で楽しくて、興奮のあまり会話が止まらなくなってしまったのだ。


彼女たちは将来の夢を語り合っていた。

大人になったらこの村を出て町へ出たい。

家の農業を継ぎたい。

この村を大きな町まで育てたい。


「サナの夢は?」


友達の少女が聞く。


「わ、私は、みんなが、いつまでも楽しく暮らせていけたら、いい……」

「なんだよ、それ。でも、サナっぽいな」


そう言って、少年が笑う。

油を浸したランプがてらてらと室内を照らす。


「そうだ。俺たちの紋章作ろうぜ」

「男ってこれだから……」

「なんだよ。テンション上がるだろ。サナ、笑ってないでこの分からず屋女に言ってやれ」

「サナがいつあんたの仲間って言ったの!?」


そんな言い合いをしながら、みんなで一晩考えて歯車を抱いた竜の絵柄を作った。

何に使うのか、と言われたら、男の子たちは大人になったらこの刺青を入れるのだそうだ。


サナも、いつまでもこんな生活が続くと思っていた。

みんななんとなくこのまま成長して、大人になって、それぞれの道を歩むものだと思っていた。


その日は秋も深まって少し肌寒かった。

祭りが終わってみんなが寝静まっても、サナは寝付けず家から抜け出して、あぜ道に座って空を眺めていた。

サナは、星空が好きだった。

空がどこまでも透き通っていて、冷たい空気が顔を刺す。

家々は真っ暗で、人の声は聞こえない。


ずっと、空を見ていて、ふと、静寂を壊す音に気がついた。


(足音……?)


この時期、シカが畑を荒らしに来ることがある。

しかし、どうもシカにしては軽快な足音だ。

それが馬だと気がついた時、村の入り口に灯りを持った男たちがいることに気がついた。


サナはなかなか入ってこず、門の外で話し合っているその様子がなんだか怖くなり、畑の近くにある納屋に隠れた。

壁の板には隙間があり、村の様子が見える。


――サナは見なかった。

怖くて、見られなかった。

目と耳を塞いで、納屋の奥に丸まり、じっと時間が過ぎるのを待った。

どれくらい時間が経ったころだろうか、暖かい空気が隙間から流れ込み始めた。


(そんな……)


家屋に火がつけられ、煌々と燃えている。

無事な家は一軒もない。

大通りには倒れている人もいる。


「あ……」


思わず、声が漏れた。

馬に乗った男が、友達を、槍で刺した。

みんな、みんな死んでいく。

なぜ、こんなひどいことをするのだろう。

彼らはなぜ、笑いながら殺すのだろう。

夢だと思いたかったが、いつの間にか握った拳に爪が食い込んで血が出て、刺すような痛みが襲ってきた。


夢じゃない。

これは夢じゃない。

そう思いたくなくても、現実は続いていく。


見なければよかったのに、と何度も思った。

見なければ、何も知らないうちに全てが終わっていれば、こんなに怖い思いをすることもなかったのに。


また、元のように丸まって納屋の奥へと逃げる。

やがて、納屋の前で男の声が聞こえた。


「なんだ、この小屋は」

「農具でも置いてるんだろ。もう行くぞ、ボスがイライラしてる。どうやら金目のものはあんまりなかったらしい」

「クソガキどもの引き渡しが上手くいっていないらしいな。アレが損害になるとしたら、おれたちまで八つ当たりされるんじゃねえか?」

「何か手土産でもあればな……」


サナは口を両手で抑えて、声を出さないように必死にこらえた。

このまま隠れていれば、立ち去ってくれそうだった。


「チッ、号令だ。帰るぞ」

「ああ、そうだな」


その会話に、サナの気が少し緩む。


――カタン。

足の先が、クワの柄に当たり、壁に当たって小さな物音を立てた。


男たちの会話が止まり、納屋の扉が開いた。






「よ、よろしくお願いします……」

「とうとう礼儀を覚えたか。これだから田舎のガキは! いいか、お前を使ってやっているのはあのクソガキどもが全部オスだからだ! まあ、混血のメスなんぞいても、誰も使わんだろうがな!」


サナは靴を履いたままの足で後頭部を踏みつけられる。

連れて行かれた先の古い砦は、強盗団のアジトになっていた。

そこでボスと呼ばれていた太った男――グロボグは、サナが大層好みだったようで、連れて来られた最初の日から、ずっと相手をさせられていた。


最初は、彼の気に入らないことをするたびに、何度も殴られた。

顔が腫れあがると興奮できないという理由で、腹部や背中、手足を執拗に殴られた。


サナは、どうしても死にたくなかった。

目の前でたくさんの人が死んで、その光景が目に焼きついて、死ぬのが怖かった。


だから、すぐに彼に対して従順になった。

言いつけを守っていれば殴られない。

せいぜい、顎が疲れて、股がひりひりするくらいだ。


用が済むと、子供たちがたくさん入れられている地下牢に入れられた。

彼らは見た目が普通の人間とは少し違い、どこかしら動物的な要素がある。


助けを求めても、彼らとて同じ境遇なのだ。

何もできはしない。


耐えていれば、いつか助かる日が来るかもしれない。

信じていたわけではない。

きっと、これも諦観だったのだ。

自分の力ではどうしようもない出来事が立て続けに起こって、その中でできることをやっているだけだ。

事態をどうにかしようという気は、まったくない。


何日が経ったころだろう。

日に日に弱っていたサナの体に、ボスは腹の虫の居所が悪かったのか、しつけではない純粋な暴力をぶつけた。

殴り、蹴り、骨がいくら折れようとも構わず、ボスの気が済むまで、サナは無気力に暴力を受け続けた。


この苦しい生活もようやく終われる。

母と父、仲間たちの元へと向かえる。

そう思うと、自然と笑みがこぼれた。


「なに笑っていやがる!!」

「うっ……ひ、ひひひ、ひひ」


笑えば笑うほど、痛めつけられた。

早く殺してくれ、早く、もっと、殴ってくれ。

気を失い、牢に戻されたサナの体は、同じ牢にいた子たちでさえ直視できないものであった。


――サナは夢を見ていた。

石造りの城、魔法で作られた村、白い剣。

血の匂い、死体、煙、雨。

動かない体を動かして、朦朧とする意識を繋ぎ止めて。

戦う、戦う、戦う。

強い気持ちが五体に満ちる。


死にたくない。

死にたくない。

死なない。

絶対に死なない。


――死なねえ。


ドクン、と心が跳ねる。

一度消えた命の火が、再び燃え盛る。


体が一度溶け、再び形を取り戻す感覚。

目を開くと、腫れあがったまぶたが嘘のように治っており、折れた骨も破れた皮膚も元通りになっていて、おもむろに体を起こした。


「……どういうことだ?」


視界に写った、怯えて近づこうとしない子供たちに顔を向ける。

記憶の混濁はあるが、状況はきちんと把握できている。

意識を混乱させている様々な理由は後で考えることに決めた。


「おい、こんなとこ出るぞ」


声をかけても、誰も返事をしない。


「お前ら、オレさまが生き返ったところ見たんだろ」


頷く者はいないが、その怯えるような瞳が見たことを伝えていた。


「まったく、全部思い出したぜ。もうすぐ見回りの来る時間だ。あんまり説明してる時間はねえ。お前ら奴隷だろ。オレさまに乗るかどうか選べ」

「……勝算はあるのか?」


子供たちの中でひときわ大きな体を持つ少年が聞く。


「ある。皆殺しにして財産奪うことは可能だ」

「全員無事でか?」

「それはお前ら次第だ」

「……あんた、誰なんだ?」

「オレさまはカーレッジ。今はサナって名前だ。どっちでも好きな方で呼べ」


カーレッジは壁に背を預けて座った。


「二分やる。決めろ」


カーレッジが牢の外へ目をやっていると、少しのざわつきがあり、すぐに結果を告げられた。


「あんたについていけば、生きて出られるのだな」

「ああ」

「おれたちは全員乗る。このままここにいても死ぬだけだ」

「思ったより肝が座ってるな。約束してやる。装備品、肉体の状況、圧倒的に不利なこの状況でも、八割は生きて出られる」

「残りはどうなる?」

「運が良ければ生き残れる。恐怖や怒りに抗って命令を守っていればな」






見回りに来た男の舌打ちが聞こえた。

横たわったカーレッジを見て、とうとう死んだかと思ったのだろう。


「俺が死体の処理かよ、ついてねえ……。おら、ガキども。壁の方に寄れ」


手で払うようにして牢屋の中の子供たちを奥へと寄せると、男はカーレッジへと手を伸ばした。

次の瞬間、カーレッジが喉に絡みつき、男は息ができなくなる。


綺麗に決まった三角絞めは、そう簡単には解けない。

程なくして、男は気絶した。


カーレッジは素早く彼の腰から短剣を抜きとると、頸動脈を切って殺した。


「おい、ビビってんじゃねえぞ。立って歩けるか? 歩けるやつは歩けねえやつに肩を貸してやれ」


言いながら、ひとりでカーレッジは進んでいく。

地下から階段を上がり、一階の居間へ続いている扉を開く。

驚いた顔の盗賊たちが慌ただしく立ち上がる。

カーレッジは落ち着いて確実に一撃で急所を切り飛ばし、ひとりずつ殺していく。


いくら記憶が技を覚えているとしても、訓練されていない小娘の体ではすぐに限界が来る。

体力切れと同時に、短弓の矢が体に突き刺さる。

カーレッジは自分の喉を短剣で掻き切ると、すぐに復活して、射手へ向かって走った。


「こいつ、化け物か!?」

「おうよ。一級の化け物だぜ」


放たれた矢を屈んで躱し、顎の下から剣を突き刺す。

一階を素早く制圧し終えたころ、地下から子供たちが上がってきた。


「戦えるやつは死体から武器と防具を取ってつけとけ。それ以外の奴らはこの階の出入口を見張って篭城しろ。まだ外にいるはずだ」


二階へ行くと、酒を飲んでいびきを立てて寝ているグロボグがいた。

他に手下もいないようで、カーレッジは散々自分が使われた鉄枷や縄を戸棚から取り出して、彼を拘束し始めた。






グロボグは一抹の寝苦しさを感じて、目を覚ました。

普段から寝つきは良い方だが、昨晩飲み過ぎたのだろうか。


「――な、なんだこれは!」


手足がベッドの足と繋がれて、全く身動きがとれない。


「よーう。お目覚めか。良い夢は見られたか?」


顔を動かすと、自分の専用テーブルで酒を飲んでいる金髪の奴隷がいた。


「き、貴様! これを解け!」

「解いてもらえると思っているのか?」

「殺すぞ!」

「やってみろよ。もうこの砦は終わりだ。お前の仲間は全員殺させてもらった。この酒は勝利の美酒ってわけだ」

「……なんだと?」


言われてみれば、彼女がここにいること自体、おかしいことなのだ。

牢からどうやって出たのか、下の階にいる手下はどうなったのか。

額に冷や汗が伝う。


「……さて、オレさまに拷問の趣味はねえし、せいぜいサクッと死んでくれって思っているだけだが」

「ま、待て。そうだ、分け前をやろう。もうすぐ商人があの奴隷たちを引き取りに来る。そしたら――」

「来ねえよ」

「え?」

「黙っててやるから帰れつったら、大人しく帰っちまったよ」


女は酒瓶を空にすると、それを手に立ち上がった。


「悪いけど、刃物が見つかんなくてよ。こんなもんで頭蓋骨割って殺すわけだから、たぶんめちゃくちゃ痛いだろうが、我慢してくれ」

「や、やめろ、やめてくれ!」


必死に懇願すると、彼女はニヤリと笑って歩みを止めた。

そして、問うた。


「――オレさまの名前、言ってみな?」

「は、はい?」

「名前だよ。お前が散々嬲った相手の、名前。当てられたら命は助けてやるよ」


奴隷の名前など、興味がなかった。

一度も聞き出したことはない。

脳裏に浮かんだ名前が正解である可能性は限りなく低い。

親戚の子供が、たしかそんな名前だった。

それくらいしか、女児の名前に関する選択肢がない。


「あ、あ……」

「どうした、早くしろよ」


グロボグは大きく息を吸って言った。


「サナ……?」


彼女の表情が大きく変わった。

目が大きく開き、スッと細くなる。

まさか、当たったのか。


そう思った次の瞬間、酒瓶が顔面に振り下ろされる。


「――はずれだ」






不幸なことに、カーレッジの腕力で大人の男を撲殺するのは大変だった。

グロボグは気絶と覚醒を繰り返し、カーレッジは息が上がり、嗚咽を漏らしながら彼を殴った。


トリアムの村の人間の顔が次々に浮かんでは消える。

サナの持つ感受性が、カーレッジの体験したことのないような空虚な気持ちを、胸中に浮かばせている。


グロボグがすっかり動かなくなって、元の頭の形が分からなくなるほど殴って、カーレッジの手はようやく止まった。

彼を殺せば爽やかに終えられるかと思ったが、それは甘かったようだ。


「クソ、すっきりしねえな……」


どうやら、復讐心よりも、身近な人間の死を慈しむ心の方が強い人間だったようだ。

これからどうするか考えるために、カーレッジは下の階へと降りていく。


たくさんの子供たちが、希望に満ちた顔で、カーレッジを見ている。

かつて、勇者として人間を魔族から救っていた時と、同じ顔だ。


「お前ら、帰るところはあんのか?」

「ない。俺達は捨てられた化け物だ。どこにも、帰る場所なんて……」


カーレッジは後頭部を掻く。

自分だって帰る場所なんてないのだから、まずは住処の確保をしなければならない。


「だったら、まずは町を作るぞ。ここにいる全員が生き続けるには、町と金がいる。幸い、弱味を握った商人もいる。金を稼ぐことはそう難しいことじゃない」

「……おれたちにできるのか?」

「お前たちじゃ無理だ。だが、オレさまがいればできる」


こういう役回りは慣れている。

彼らの希望として、もう一度だけ道を切り開いてやろう。


カーレッジは空気を変えるために手を叩いた。


「よし! お前ら、オレさまのことはボスと呼べ。今は頭のことをそう呼ぶらしいからな!」


カーレッジを称える鬨の声が上がる。

久方ぶりに感じる熱量に、カーレッジの頬がほころんだ。


――半年後、トリアムの町ができあがった。

カーレッジが彼ら魔族との混血と純粋な人間の確執を知るのは、それからのことだった。


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