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女になった魔王さま  作者: 樹(いつき)
第一話 魔王さまと異世界からの来訪者
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お前がまさか人を殺すなんてな

プラヴァシが完全に倒されたところで、ブレインはようやく異変に気がついたようで、焦った表情を見せた。


「な、なんだと!? ありえん!」


アークはブレインの背後に回ると、『空割り』を使って狭間から出る。

彼にもこちらの動きは読めていないようで、対処が追いついていない。


「プラヴァシは倒したので、もう未来予測はできませんよ」

「狭間に潜り込んだのか!? 馬鹿な……!」

「ほう、懐かしい技だ。我もそれには手を焼かされた」


前後を挟まれ、ブレインは苦い顔を浮かべる。


「君たちは何者なんだ! こんな文明のない土地に住んでいるとは思えん!」

「長らく平和だったからな。お前たちのように人を殺す兵器は必要なかった」

「……ゼオルさんの言う通りです。この世界では、人を殺すための兵器はいらないんですよ」

「それは君たちの理屈だ!」


ブレインは空中に浮かぶ腕を振り回して攻撃を仕掛けるも、未来予測を失った状態では、ふたりにかすめることもできない。


「目に見えて弱くなったな」

「うるさい!」

「ブレインさん、倒させてもらいます!」


アークの剣は正面から、プラヴァシの拳を打ち上げる。

すかさず腕部に剣を突き刺し、床に叩きつけて砕いた。


「まだ片方ある!」


残った手を振り上げ、アークを襲った。

避けることが間に合わず、剣で受けてしまい、アークは重みでひざをつく。


「ここで潰してやる! そうすれば、僕の勝ちだ!」


ぎりぎりとプラヴァシの腕は重くなっていく。

純粋な力では、ブレインの方が上のようだ。


「ははははは! 潰れろ!」

「おい、いい加減にしろ」

「痛っ!?」


ゼオルがブレインの頭を軽く小突く。

その隙に、アークは脱出して、ブレインへと迫った。


「うおおおおおお!」


天空の剣が、ブレインの腹部へと突き刺さった。


「がっ……」


ブレインは血を吐き出し、弱々しく剣を掴んだ。

腹からは血が溢れ出し、白い刃を濡らしていく。


「ブレインさん、僕の勝ちです。すみませんでした」

「なぜ、謝る……。負けたものが死ぬのは、当然のこと、だ」

「いいえ、この世界では、それは当然ではありません。死なない人の方が、圧倒的に多いです」

「ふっ、また『この世界では』か。そんなに違うのなら、僕も、この世界に生まれたかったものだ……」


そう言って、ブレインは目を閉じ、動かなくなった。






「アーク、お前がまさか人を殺すなんてな」


ゼオルが驚いてそう言った。

あの気弱で動物を殺すこともできない少年が、きちんと決断をできたのだ。

その成長が少し寂しい気もするが、男とはこういうものなのだろう。


「ゼオルさん、それは違いますよ」

「何がだ?」


アークはふらふらと床へ座り込んで、ゼオルへ言う。


「殺してはいません。今、天空の剣が力を使っているところなんです」

「は?」


ゼオルが嫌な予感に眉をひそめると、ブレインの周囲を白い霧が覆い始めた。


「天空の剣には、破邪の力があります。それは、邪な心を払うだけでなく、絶望などの黒い感情も吹き飛ばすことのできるものです。僕は、彼のそういう心を祓いました」


霧が晴れると、白衣を着た、可愛らしい少女が床に座り込んでいた。


「あ、え、なに、これ」


ブレインも戸惑っているようで、恐る恐る自分の手足や体を見ている。

それを見て、ゼオルはわなわなと震えた。


「……血か? 血筋なのか!? 変態め!」

「ちょ、ちょっと、待ってください! 僕もまさか性別が変わるなんて!」


ブレインはきょとんとした顔で大騒ぎするふたりを見ていた。


「あの、ブレインさん? 大丈夫ですか?」

「少し驚きましたが、なぜだか、すごく心がすっきりしています。執着や怨恨のようなものが取り払われたような――――」

「あ、立たない方が……」


ブレインが立つと、サイズの合わなくなった白衣がずり落ち、床へぱさりと落ちる。

下はまだ履物があるが、上半身は白い肌があらわになり、ブレインは困った顔をして、ゆっくりと手で胸を覆った。


「恥ずかしいって気持ちはありませんが、なんだか丸出しはいけないような気がして……」


わかる、とゼオルが頷く。


「こちらも目のやりどころに困るので助かります。……ブレインさん、まだ戦う意思はありますか?」

「いいえ、ボクの完敗です。敗者として、そちらの規則に従います」


意外にも、ブレインはすんなりとそう認めた。


「でも、これだけは間違えないでください。ボクはあなたになら負けてもいいと思った。相手が誰でもよかったなら、そんなことは思わなかったでしょう」


それを聞いて、ゼオルは鼻をならした。

要するに、アークに惚れたということではないか。


「ありがとうございます。ええと、それじゃあ、ブレインさん、一緒に暮らしましょう。僕らはまだ互いを知り合う必要があります」

「相互理解が必要だということは理解できます。しかし、ボクもここの主ですから、離れる前に部下たちのことを考えなければなりません。とくに、ホスロウは、そこの彼女に、炭にされてしまいましたから」


アークがゼオルを見ると、目を逸らして頬を掻いた。


「ゼオルさん! 殺すのはダメですってば!」

「いや、わかっている。わかっているが、つい、な」


ふたりの空気を察してか、ブレインが慌てて割って入る。


「あの、心配しないでください。彼は全身がサイボーグで、人格はクラウドに保存してあるので、新しく体を作れば戻ってこられます。まあ、作ることを許可してもらえれば、ですけど」


ブレインは困った顔でそう言った。


「その辺はとりあえず保留だな。アーク、ひとまずこいつは服を着せた方がいいと思うが」

「僕もそう思います。なので、ブレインさん、服を着たら一度町へ行きましょう。でも、この城はさすがに目立つのでこのまま飛んで行くのは控えたいです。どうにかなりませんか?」

「アトルシャンはオートで飛ぶので、このまま浮かせておいても大丈夫です」


知らない単語がいくつか飛び出すが、どうやら放っておいても大丈夫らしい。

ブレインはどこかからフード付きの上着を持ってきて羽織った。

大きな姿鏡で自分の姿を見ているうちに、少し乗り気になったのか、何度も念入りに似合っているか確認している。


「この外見もいいですね。見た目が変わると、まるで別人みたいで昂ります」


くるくると回りながら、嬉しそうに振る舞うブレインを見て、ゼオルは呆れたようにアークへ言う。


「おい、良いのか。これで」

「……あとは帰って考えましょう」


ゼオルのあけた大穴から夕日がさしこみ、部屋を橙に染めていた。






服の着替えに一時間もかけたブレインを連れて屋敷へ帰ると、リンが待っていた。


「その後ろの誰?」


開口一番、リンは聞く。

彼女に事情を説明すると、アークを見る目が険しくなる。


「アーくん? どういうことなのかな?」

「わざとじゃないんです! 剣が勝手に!」

「ふーん、剣が勝手にねえ……」


疑うようなまなざしから目を逸らし、リンのとなりで寝転がったままの男に声をかけた。


「あの、大丈夫ですか?」

「……僕は敵だぞ。気安く話かけるな」


そっぽを向く彼へアークが声をかけようとしたところを、ブレインに止められた。


「ハルワタート、僕らの負けだ」

「その喋り方、まさか、ブレインさま……! なぜ、そんなお姿に……」


ブレインがこんな姿になったことを知らなかった彼は、目を丸くして驚いていた。


「負けたんだよ。正面から戦って、プラヴァシも壊された。許してくれ、僕の見通しが甘かった。異世界ならば、科学力で蹂躙できると思っていたのは、驕りが過ぎていた」

「謝らないでください。僕も同じことを思っていました。でも、勝てなかった。彼女に言わせれば、武器に頼りすぎだと。おかしいですよね。僕らはずっと、敵に武器の差で負けたと信じていたのですから」

「……これから僕は彼らの元で生活をしてみようと思う。僕らの世界にはなかったものが、この世界には溢れている。殺しあわなくても生きていける道を、僕は探していきたい。ついてきて、くれるかい?」


ハルワタートは即答しなかった。

しばらく空を見上げ、それから答えた。


「僕の命は、今もブレインさまに捧げたままです。ブレインさまがこの世界で生きていくことに決めたのであれば、それに従うのが従者としての務め。この体が朽ちる時まで、ついていきます」

「……ありがとう、ハルワタート」


ブレインは彼の手を握って、呟くようにそう言った。


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