なんだこれ!?
「勇者よ、やるではないか」
腹に刺さった白刃の剣を見て、魔王ゼオルは笑った。
力の差はほとんどなく、ゼオルから見ても五分の勝負だった。
最後に勝敗を分けたのは、勇者の放った命がけの一撃。
ゼオルの魔剣を潜り抜け、彼の持つ天空の剣が正面から腹部を貫き、体を壁面へと張りつけにした。
本来ならば、この程度たいした傷ではない。
魔族の王であるゼオルの再生能力は、半身を消し飛ばされても数秒で完治する。
しかし、幾度も刃を交えた勇者はそのことを知り尽くしている。
これで終わるはずはなかった。
「天を統べる神々の名の下に、一切を灰燼へと還さん! 白き稲妻よ、闇を切り裂け! 『天雷召喚』!」
「――――ッ!!」
今までに放った勇者の魔法とは違う、凄まじい衝撃だった。
上空から落ちた雷が、城の天井を突き破り、身動きの取れないゼオルへと到達した。
周囲の景色と共に、視界のすべてが白い光に包まれる。
(反魔力天撃魔法!? これは、まずい。体の再生が追いつかん……)
焼けつく魔力と脳は思考力を奪う。
それでも死ぬことはないだろうが、ここから勝つ方法も思いつかない。
(オレの負けか。まあ、魔族も散々やられたあとだ。いい引き際だろう)
最後に一騎打ちを行ったのは、ほとんど自己満足のようなものだ。
ここで勇者を負かしても、軍を立て直せるだけの人手や物資はない。
人間と和睦を結ぶしか、魔族の生き残る道はなかった。
共に暮らせずとも、不干渉という立場くらいなら認めさせることはできるはずだ。
勇者の魔法がやみ、体の焼ける臭いが鼻をつく。
剣を抜く力もなく、ゼオルは膝をついた。
「……勇者よ、オレの負けを認め――――」
「おい、どんな気分だ?」
「は?」
勇者は、口元を歪ませて笑みを浮かべていた。
まるで、奸臣の企みが上手くいったときのような、下品な表情だ。
「苦労したぜ。お前の化け物じみた戦闘力と再生能力、どうやって攻略したもんかってな」
勇者の意図がつかめず、ゼオルは眉をひそめた。
「さっきの魔法は、お前を倒すためのもんじゃねえ。元気なままじゃ天空の剣の破邪の力が使えないからな。一度ひん死に追い込む必要があった」
ゼオルの体の再生が終わり、朽ちた表皮がぱりぱりと剥がれ落ちる。
「力の一部を飛ばしたんだよ。……って、なんだその姿! あっはっはっはっは! 自分の体を見てみな、魔王さまよ!」
ゼオルは言われた通り、目線を胸元に落とす。
魔族一の剛腕と呼ばれた腕は、細く華奢になっていた。
分厚く硬かった胸板には、大きなふたつの乳房がぶら下がっている。
肩幅と身長も縮み、心なしか、顔も小さくふっくらとしているような気がする。
短かった髪も伸び、まるで白い絹が頭に被せられているかのように、体を這っている。
「は、は、はあああああ!? なんだこれ!?」
ゼオルの絶叫が、勇者の笑い声と重なって、古城の中に響き渡る。
魔族の王ゼオルは、極悪な勇者の手により、美しい女になってしまった。